なんだかなぁ……
「ええと、つまり」
アーテーから口頭で事情を聴いたトモエは額に指を押さえて、ケルベロスが陥っている状況をまとめた。
――余談だが、アーテーはトモエと精神同調すれば事情を瞬間で理解できるのだがトモエはそれを断固として拒否した。絶対厄介なことにしかならないし。
「データとしてのケルベロスが、その20面サイコロっていうクローンにコピペされたのね」
「そう。そして互いの『ケルベロス』は同期しているから、お互いのことが伝わり続ける。なのでこっちのケルベロスが知ったことは20面サイコロの持つケルベロスにも伝わる可能性がある」
「で、その融合状態を解除するには20面サイコロさんのストレスを緩和する必要があるって事でいいの?」
「いえす。趣味のアイドルで満足したい。トモエ……七瀬リーザの元に向かったのもその一環」
「……あー。じゃああの犬頭アバターがそうなのか」
トモエは自分を思いっきり貶した相手を思い出し、怒りと共にため息を吐き出した。趣味に合わない存在に文句を言う厄介なヤツ。自分の理想と違うからケチつける輩。そう思っていたが……一応事情はあったのか。
「事情があってもムカつくけどね!」
いかなる事情があろうとも、人を見下していい理由にはならない。言い返せなかったのはトモエの知識不足だから仕方ないのだが。
「はっはっは。拙者は何もしゃべってないのに勝手に理解していただいて感謝ですぞ! いやぁ、アーテー氏が来てくれて助かったですなぁ!
何せこちらから自主的に行動するとあちらの方にも感知されるので、拙者としてはルーチン的な行動しかできなかったであります! 融合しているほうの拙者は反企業的行動をとっておりますので、こちらの行動にどう対応するのか読めないでありますからなぁ!」
はっはっは、と笑うケルベロス。コピペされた自分に情報を渡したくないのか、徹底して行動を控えていたようだ。ないとは思うが、オリジナルである自分を消しに来るかもしれない。その恐怖があったのかもしれない。
なおこうやって話している分には大丈夫らしい。ケルベロスが自主的に『誰かに会いに行く』ことは伝わるが、来客などの受動的な会話は届かないとか。何でもかんでも伝わると情報量がパンクするので、受動的な行動は無意識にカットするようである。
「アイドル活動をアクティブにしてたくせに」
「それだけはやめられませぬ! ちやほやされたいです! 讃えてほしいであります! フォロアー増えてほしいであります! イイネ欲しいであります! 同接数増やしたいであります! チャンネル登録者数爆上げしたいであります!」
「なにこの承認欲求の塊」
ツッコミを入れたトモエに、ケルベロスは興奮したように叫ぶ。その姿を見てトモエは呆れたようにため息をついた。
「ね? いやな気分になったでしょ」
「アーテーが性格悪いって言った理由が分かったわ。これは確かに外に出しちゃいけない
ちやほやされることに飢える
「電脳世界のアバター相手だと超能力の効果が弱まるからいいけど、現実世界で超能力を悪用されたら大問題ね。そう考えると、ダウンロードされたクローンは危険な存在じゃないの?」
「ケルベロスの元々の性格が幸いしてる。支配とか君臨とか面倒くさいと思ってるからそういう事はしていない。
でも融合している20面サイコロの精神が表立ってくれば分らない。少なくとも、超能力を活用して反企業組織を産み出す程度にはケルベロスの超能力を活用している」
「はっはっは。拙者の性格がよかったおかげですな! 引きこもり最高! もっと褒めていただいてもいいでありますよ!」
トモエとアーテーが揃って肩をすくめ、ケルベロスは胸を張って威張り散らす。正直褒めたつもりはないのだが、ケルベロスの性格が幸いしたことは事実だ。現実世界にあると厄介な超能力には違いない。
「……これ、ネメシスは知ってるの? 知らないんなら教えないと」
「ひえええええええ! やややめてくだされ! こんなことがネメシス様に知れたらそれこそアイドル活動も封じられてしまいます! そんなことになったら拙者はちやほやされたり褒められたり出来なくなってしまうであります!」
「知らないんだ……。確かにネメシスがこの状態を放置するとかないわよね」
「でも下手な刺激は禁物かも。ネメシス様に知られたら、それこそ破れかぶれで超能力を乱用しかねない」
「そそそそそうでありますよ! 拙者の性格からして安全であるなら大人しくしているであります! NO報告!」
「なんだかなぁ……」
あまりの情けなさに呆れるトモエ。アーテーの言うように下手に刺激すれば自暴自棄になりかねない。現状は大ごとになっていないのだから、このまま解決できれば一番だと必死に主張するケルベロス。
「まあいいわ。要は理想のアイドルが出てきたらいいのね。
電脳アイドルって日に何十体のペースで出てるから、運が良ければすぐに解決するんじゃないの?」
トモエの言うように、VR世界においてアイドルはかなりの数がいる。アバター作製技術の高さもあるが、AI技術の発達でコマンドを入れるだけですぐに生成できるのだ。トモエの時代で言うAI絵のような感覚である。
「それで満足できないから困っているのであります。AIで生成されるアイドルにはもう飽き飽きとか。既存のアイドルにないオリジナリティが求められるのであります。
加えて笑顔が素晴らしく、声も若くどちらかというと幼く、当然歌唱能力も高くてダンス技術もA+級。世間の汚さに塗れない透明感ある性格で、見ているだけで癒されるそんな存在がいいのであります」
「要求が多いわね! そんな都合のいいキャラがいるわけないでしょ!」
ケルベロスの要求に叫ぶトモエ。厳密に言えば要求しているのはダウンロードされて融合した方の20面サイコロの要求なのだが。ともあれそんなキャラが現実にいるわけがない。
「そう言う性格のアイドルをAIに頼めないの?」
「何度か試したのでありますが、コレジャナイ感が満載で諦めたようであります。相手のパターンが読めてくるとかそんな感じで」
「なんだかなぁ……」
AI生成のアイドルでは満たされない。だからいろんなVRアイドルをあさっているのだ。その一環でトモエの所にやってきて、あんな罵詈雑言を放っては帰っていく。それの繰り返しだという。
「アーテーにいい考えがある」
挙手のスタンプを浮かべるアーテー。そのままアバターは指を一本立てて言葉をつづけた。
「アーテーが精神同調してその精神の『思考』を操作する」
「そんなことができるの?」
「正確にはアーテーと同じ精神や思考にできる。コジロー大好きラブラブな思考にしてしまえばその20面サイコロも――」
「やめて。それだけは本気でやめて」
アーテーのアイデアを全力で却下するトモエ。確かにそうすれば理想の相手を提供はできるけど、コジローを差し出すのはトモエの選択肢にない。
「いやいや、それはいいアイデアでありますぞ!」
「何処がよ!? 言っとくけどコジローは渡さないからね!」
「ええと、そのコジロー氏は知りませんがそういう事ではなく。20面サイコロ氏にダウンロードされた拙者の思考を操作するというのはアリですぞ。
それこそ七瀬リーザ氏を好きになってもらえれば万事解決でありますぞ!」
都合のいいキャラを用意するのではなく、相手の思考を操作して推しキャラを変化させる。トモエが知る限り、天蓋で最もしょうもない超能力の使い方である。
「それが一番犠牲が少ない……少ないかなぁ? まあ速いのは確かよね」
相手の思考を操作するとかモラル面で言えば最低極まりない、と思いながらトモエは無理やり自分を納得させる。殺したり奪ったりするわけでもないし、そもそもこんなややこしい事態になったのはその20面サイコロのせいだし。いいよね、うん。
「一応聞くけど、思考を操作して人格が変わるとかないわよね?」
「大丈夫。そこは影響ないレベルに調整する。アーテーを信じて」
「…………うーん……」
確認するトモエに、アーテーは親指立てるスタンプを浮かべて答えた。その答えにトモエは難色を示す。アーテーのコジローらぶらぶな性格はトモエの精神と同調した結果だ。それ治ってないよね? 人格に影響してない? そう言いたげである。
「まあ、信じるわ。善は急げって言うし、早く始めましょ。具体的に何をすればいいの?」
「まず第一段階として、アーテーの精神を七瀬リーザしゅきしゅきらぶちゅちゅ状態にして」
「……へ?」
「相手にアーテーの精神を同調させるのだから、アーテーの精神を大好き状態にしないといけない」
「ええええええ……」
「大丈夫、アーテー、トモエのこと大好き。七瀬リーザも大好き。もっと推せ推せにすればいいだけ」
「……だけって……簡単に言うけどさあ!」
表情をそのままにトモエに迫るアーテー。その食い気味な動作に引きながら、トモエは後悔しつつある。
(全く……AIの人格を確かめたいって話がどうしてこうもこじれるのよ……)
自我のあるAIの話を聞きに来たのに、何やってるんだろうか。我ながら自分の人の好さに呆れるトモエであった。
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