フォトンブレードです!

 002部隊は狂い鬼をトップとした命令系統だ。


 そして狂い鬼の統率方法は過剰訓練と無茶ぶりによる思考はく奪と恐怖政治である。権限を使って部下に疲弊するまで訓練を強いて、その結果を罵ることで反抗心を奪う。


「クズが! そんな程度で何ができる!」

「貴様のような奴は役立たずだ! 『イザナミ』の恥さらしだ!」

「ここをやめたところで無価値なゼロクレジットクローンには変わりないんだよ!」「お前に何ができるか言ってみろ! ああ? そんなものが何の役に立つっていうんだ!」


 逆らう牙を削り、思考する余裕を奪い、ただシゴいてイジめていく。その中で使えそうなやつがいたらピックアップし、部下をイジメることができるといく権限を与えて活用していく。


 狂い鬼こそ至上。狂い鬼の考えこそ正しい。洗脳に近いスパルタ。それにより鍛えられる部分も多いが、それは無理をさせて暴走させているようなモノだ。正しく使えば数十年持つ機械を無理やり酷使して数年で壊すようなモノだ。


 002部隊は狂い鬼に逆らえない。逆らおうとしない。それは群れとしては一つの完成系だ。絶対的なリーダーによる支配。リーダーさえしくじらなければ滅びることはない。最悪でもリーダーが生き残れば再起も可能だ。実際、狂い鬼の式能力と判断能力は高く、『イザナミ』の治安維持部隊でもかなりの経歴を刻んでいる。


<ボイルを安易に攻めるな! 近くに相棒が潜んでいる可能性もあるぞ! 攻勢を止めて周辺を警戒しろ!>


 そんな部隊に、狂い鬼と同じIDと声が命令を下したのだ。正確に言えば、狂い鬼に変装したナナコなのだが。


<はっ! 索敵モードに移行します!>

<マニュアル8ー2に従って、探査グループと警戒グループに区分け!>


 002部隊のクローン達は疑うことなくその命令を受諾し、マニュアルに従い行動する。狂い鬼の言う事は正しい。逆らうことなど許されない。疑う事すらしないまま、本物の狂い鬼の意に反するように動き出す。


<チームGEM、反企業思想者を視認しました! 狙撃に移ります!>

<馬鹿モノ! 『金属蒸発』が守っていた反企業思想者は相棒ではないことはわかっている! 放置して構わん! それより相棒の姿を探せ! 2m近くのデカスコヴィル男性型だ!>


 無理やり骨格を変化させた痛みに耐えながらナナコは通信を飛ばす。ボイルの相棒――ペッパーXはここにはいないことは知っている。いもしない存在を探して時間を稼いでいるのだ。そしてトモエへの狙いも逸らす。


<す、すこびる? ど、どういうことで――>

<考えて動けボケぇ! 貴様のような無能がこの狂い鬼の足を引っ張っているんだ、クズ!>

<ひぃ、了解!>


 狂い鬼の性格は理解している。少なくともその悪評は色々な方向から聞いている。その性格で言いそうな罵詈雑言を並べ立て、反論できないように押さえ込んだ。


「……うーん、気分悪いっすねぇ。あとで優しく慰めてやるっすか? メンタルヤバそうだし結構あっさりオトせそうっすね」


 謝罪7割、お楽しみ3割でなじった相手に同情するナナコ。弱った精神に付け込んでコネを作る。002部隊とのコネは優先度は低いけど、ないよりはあったほうがいいだろう。相手にもよるけど――


<何やってやがるテメェら! 変な声に騙されてるんじゃねぇ!>


 聞こえてくる通信。これはの狂い鬼だ。自分が下した命令に反する動き。そして自分のニセモノに対する怒り。それが入り混じっている。


<そうだ、騙されるな! 狂い鬼の命令は絶対だ! 怪我人を収容して再起を計るんだ! 死ぬまでこき使うから覚悟しろ!>

<貴様何者だ! このオレの声とIDを真似てこんなことをするなど、万死に値するぞ! 姿を現せ!>

<貴様こそ何者だ! 俺が鍛え上げた002部隊に命令するとはなぁ! 俺の恐ろしさを解くと教えてやる! お前ら、ニセモノを探せ! おそらくハッカーだ! 通信ネットワークを逆探知しろ!>

<ニセモノが命令するんじゃねぇ! 近くに潜んで通信に割り込んでいるに違いない! 周辺を探れ!>


 同じ声。同じID。『NNチップ』による通信では同一人物としか思えない二者が口論しているのだ。しかも002部隊はその命令に逆らうことができない。


(え? これ、どっちに従えばいいんだ?)

(え、え、え? 逆らえば、シゴかれる……! 80キロの鉄板運搬とかもう嫌だ!)

(どっち、どっちがニセモノ? どっちが、ホンモノ? ああああああああ)


 困惑する002部隊。少しでも理性を残しているのなら、普段の狂い鬼の口調の違いを察することもできたかもしれない。或いは一旦司令部に戻り対策を練ることもできたかもしれない。確認方法はないわけではない。


 しかし、それができない。


(狂い鬼に逆らえば死ぬ寸前まで『訓練』される……!)

(失敗すればおしまい。失敗すればおしまい。失敗すればお終い……!)

(命令実行命令実行命令実行命令実行命令実行命令実行)


 心の底にまで染みついた狂い鬼への恐怖。逆らうことを考える事さえできない疲弊した精神。畳みかけられるような命令のタスクが思考を奪う。皮肉なことに、そのような部下を作ってしまったのは他ならない狂い鬼本人なのだ。


 困惑する002部隊。そこに――銃声が響く。索敵に使っていたドローンが狙撃され、地面に落ちたのだ。


「命中確認」


 現場から1キロ近く離れた地点のビル。そこにスナイパーライフルの形状に変化したドローンを構えたゴクウが、静かに告げる。命中を確認すると同時にゴクウは身を起こし、ライフルをドローン形態に変化させる


「行くぜ」


 飛行バイク『バショウセン』で待機していたギュウマオウはゴクウを乗せて移動を開始する。移動先は数ブロック離れたビルの上。そこのオーナーには交渉して話をつけてある。数秒だけなら企業規定違反も見逃してくれる。


 時速80キロの飛行バイクにとって、2キロの移動など数秒程度だ。飛び降りるようにバイクから降りたゴクウは、ドローンを素早く展開して再びスナイパーライフルの形状に変化させる。同時にサイバーアイを起動させて遠距離を見る。


(目標確認)

(500m先の風速、気圧、湿度、確認。演算開始。弾丸形状による偏差修正)

(再演算。再演算。補正。再演算、補正)


 狙撃。それもキロ単位の狙撃。銃口が1度ズレれれば1キロ先では17m近く離れた場所に弾丸は着弾する。空気の影響を受ける弾丸は風や湿度の影響を受けて揺れ動く。狙撃は勘や経験で行うのではない。計算で行うのだ。


(補正。再演算。命中率98.24%。1.76%の要因――銃身の固定補正。呼吸の乱れ、ノルアドレナリン投与により除去)


 計算に計算を重ね、不安要素を取り除き、完璧を目指す。100%の成功などないと知りながら、100%を目指す。その弾丸に全神経をつぎ込み――引き金を引いた。弾丸は空気を裂き、気流でわずかに浮き、002部隊の飛行車両のエンジンを穿った。狙い通りに。


「命中確認。移動するぞ」

「おうよ」


 命中を確認し、移動するゴクウとギュウマオウ。


<狙撃です! ドローンと移動車両をやられました!>

<狙撃先を特定しろ! すぐに応援を呼んでそこにいるスナイパーを仕留めろ!>

<い、いません! 狙撃ポイントは特定できましたが……そこにはもう誰もいません!>

<また狙撃です! ポイントは……は? さっきのポイントから数キロ離れた地点です!>


 002部隊はその狙撃に翻弄されていた。スナイパーが撃った場所はわかるが、そこには誰もいない。そして十秒も経たないうちに別のポイントから狙撃されるのだ。狙撃ポイントが特定できればその方向に防壁を張れるのだが、それもできない。


<どういうことだ! 複数の狙撃手がいるという事か!?>

<わかりません! 銃弾とライフリングは酷似しているので、同一狙撃手であると推測されますが……?>

<そんなわけあるか! それもこちらを惑わすトリックだ! ニセモノの狂い鬼に騙される貴様らの目が腐っているんだ!>

<ひぃ!? すみません!>


 撃った瞬間に高速飛行バイクで数キロ移動し、そこから狙撃する。そんな狙撃を食らうなど思ってもない狂い鬼は怒りを部下にぶつける。しかしそれが何かの解決策になるかというと、そうでもない。むしろ部下を委縮させてしまうだけだ。


 現実問題として、命令系統は乱されて車両とカメラ関係は狙撃されて潰される。そして目標のボイルは依然健在。その超能力は止まる気配もない。二重の命令で部下は動くこともできず、ただ叱咤されるだけである。


(落ち着け。どうあれ勝利条件を会得すればこちらの勝ちだ。『金属蒸発ボイル』を倒して名声を得る。それさえ果たせば後はどうとでもなる! 部下や機材の損失など必要経費と言い張ればいい!)


 乱れる感情を押さえ込みながら、狂い鬼は状況を分析する。正体不明の介入は後回しでいい。目的を先に果たすのだ。その為に必要なのはセラミック兵装だ。非金属物質で形成されたパワードスーツで押し切れば勝てる。


<ええい! 『二天のムサシ』はどうした!? そろそろ到着時刻だろうが!>


『二天のムサシ』。正体不明の『イザナミ』の超能力者エスパーのネームバリューを利用し、その畏怖を利用させてもらう。バレれば厄介なことになるがボイル打破という実績さえ作ってしまえばごり押しできる。何なら姿を見せないニセモノに成り代わることだって可能だ。


<連絡ありました! 正体不明のクローンに襲撃されたそうです! 反企業思想者の関係者の模様!>

<襲撃だと! 規模は!?>

<さ、三名! 武装は……その……>

<三名だと!? どんなパワードスーツを着た奴らだ! 答えろ!>

<駆動兵器の類はありません! 武装は……フォ、フォトンブレードです!>

<はぁ!?>


 想像すらしていなかった武器を聞いてログを再確認した。フォトンブレード。間違いなくそう言っていた。骨董品まがいの存在。武器と言うよりは趣味の範疇の道具。


<ふざけるな! 仲間が近くに潜んでいるはずだ、探せ!>

<やってます! ドローンを飛ばして400m圏内に敵対勢力がいないことは確認済みです!>

<そんな装備なら楽勝だろうが! 1分で片付けてこっちにこい! 遅れた時間の100倍鉄板マラソンだ!>

<ひぃ!? りょ、了解し――>


 部下の悲鳴を聞き流すように狂い鬼は『二天のムサシ』側の通信を切る。勝てばいい。とにかく勝てばいい。意識をボイルの方に向け、その戦況を見定める。


<『金属蒸発ボイル』と『クダギツネ』、接触します!>


 暴走する戦闘用バイオノイドと、天蓋で最も有名な超能力者エスパーがぶつかり合う。

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