選びたいけど、選べない。そんな私たちに贈るお話

荒川馳夫

目覚めと出会い、そして提案

 「ワタシ」は突如目覚めた。真っ暗闇の空間にいた。

いや、この表現は適切ではないのかもしれない。正確には目は覚めているが、周りの状況が分からない状態であったからだ。

まぶたがとても重たく感じる。目がしっかりと開けられないようだ。そのため、身の周りがどうなっているか、把握できないでいた。

このままではいけない。どこにいて、何があるのか調べてみることにした。

そうだ、声をだしてみよう。誰かが気付いてくれるかもしれない。

「おーい。誰か……すかー」あれ、声も上手に出せないぞ。どうしたものか。

つまり、口も助けを呼ぶためには使えないことになる。

今度は手足を動かしてみよう。何かをつかめるかもしれない。えい、えい。

ジタバタ、ジタバタを続けてみた。


 どれほどの時が過ぎたのだろう?

視界不良の状態で、ひたすらにもがいてみた。クタクタになっていた。もう動きたくない。心の底からそう思った。

得られた情報は何一つなかった。無駄なことを繰り返していただけであった。

疲れがどっと襲い掛かってくるのを感じた。


 ワタシの心には恐怖や不安といったマイナスの感情が芽生えてきた。だって、自分の置かれた環境が分からないのだから。

その感情に負けたくない。ワタシはひたすらに抵抗し続けた。だが、無駄であった。

マイナスの感情を打ち消せるだけのプラスの情報が存在しないのだ。

抗えるはずもなかった。

目から涙がこぼれ落ちていた。こわい、こわいよ。誰か助けて。真っ暗な場所に独りぼっちにしないで。

流した涙で池ができるのではないかと思えるぐらいには泣いた。

実際には、涙の方が先に枯れてしまったのだが。


 何も分からないという現実が、「ワタシ」に恐怖という名の殻を創らせた。

暗闇が心を完全に飲み込もうとしていた。同時に寒さも感じるようになっていた。

怖い、怖いよ。誰でもいいから、手を差し伸べてください。

殻から一刻も早く抜け出したい。その一心であった。

願いがどこかに届いたのだろうか。「ワタシ」の周りにまばゆい光が差し込んだ。

それは「ワタシ」を包む恐怖の殻を打ち破るには十分な力があった。

光にあたたかさが込められていたからだと思う。


 「ワタシ」の周りには明るさとあたたかさ、安全があった。

マイナスの感情ははるか昔のものであったように思えてきた。心地よいぬくもり、ずっとこの場所にいたいなぁ。どこにもいきたくない。ここに居続けたい。

今が理想的な環境だとおもっていると、どこからか声が聞こえてきた。

「もしもし、聞こえているのなら返事をしてください」

返事をしないと気付いてもらえない。「ワタシ」は声を出そうとした。

しかし、先ほど口を動かしてみた時の繰り返しであった。

声が上手く出せなかった。これでは相手も困惑させてしまう。

どうしよう、何とかして気付いてもらえないとまずい。

心中を察してくれたのか、相手がこう言ってきた。

「心配しないでください。声が聞こえているのは、あなたの様子を見ればわかります。安心してください」

その言葉は「ワタシ」を再び安心させた。

それと同時に、不安の感情は「ワタシ」のもとを立ち去った。


 「実はあなたにお話をしに来ました。聞いていただけませんか?」

声の主(と勝手に名付けた)はそう告げてきた。うーむ、どんな話だろう。

安心感で満たされていた「ワタシ」の心に、またも不安が忍び寄ってきた。

良い話かな。それとも、悪い話かな。うむむ。

どうしようか、と迷っている「ワタシ」がいた。聞くべきか、断るべきか。

「お話を聞いていただけないのなら、ここから去ることにしましょう。そうなれば、あなたはまた独りぼっちに戻ることになりますよ」

こう言われてしまえば、悩んでいる時間は必要ない。だって、もう独りぼっちは嫌だから。「ワタシ」は決心した。

言葉では返事ができないので、首を縦に振ることで聞くという意思表示をした。


 「ありがとうございます。では、本題に入りますね。これから3つの映像を見てもらいます。その後、一つの質問に答えてもらいます。これだけ。簡単でしょ」

身構えるほどの難しい内容でないことには安堵した。しかし、新たな問題が「ワタシ」を悩ませる。

「ワタシ」は目が見えない。さらに、言葉も上手く発することができない。

どうすれば、映像を見て、感想を述べることができるのだ?

「何を心配しているのかが私には分かっています。安心してください。そこは何とかしてみせますので」

そう言い終わると、声の主が持つ力のおかげなのか。まもなく「ワタシ」の脳裏に映像が映し出されていた。驚きはまだあった。口を細かく動かすこともできていた。

一体、何者なんだろう……。

悟られないように、声の主の不気味さを感じつつ「ワタシ」は鑑賞タイムに入った。


 














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