2. ひとりの少女の絶望


天職を、授かれなかったーーー。


元々、わたくしの事を邪険にしていた義母には、きっと今回の事も新たな攻撃材料にされる。

もしかしたら、とうとう家を追い出されてしまうかもしれない⋯⋯。


どうすればいいのだろうか。

【ロストスキル】持ちとなれば、嫁ぎ先だってまともには見つからないだろう··⋯·。


早くに実母を亡くし、継母やその連れ子、母が違う兄弟に囲まれ家庭環境に恵まれたとは言いがたかったが、数少ない上級貴族の正当な後継者。


平民でも、ショックを受けるだろう【ロストスキル】という現実に、ヴィリスアーズ家の姫として育てられた、生粋の貴族であるジルティアーナは耐えられなかった。



司祭様に【ロストスキル】だと告げられ、頭が真っ白になった。

あまりの結果に立ちつくす、わたくし。

涙が出そうになったが、上級貴族として人前で泣いてはならない。という教えを思い出し、どうにか堪えた。

【ロストスキル】という醜態以上に恥じる事など無いはずなのに⋯⋯。

今更、泣くことを気にして何になるんだろうか?と自嘲する。


戸惑いながらも気遣い、心配するような視線を私に向ける司祭様。

儀式の最中の為、小声ではあるが「上級貴族がロストスキルなんて⋯⋯」と口では同情するような事を言いながらも見下していると解る、他の参加者や参列者の声と視線。


何も考えられない中で、司祭様が読めもしない文字列を私のステータスへとそっと書き写すのが視界の隅に見えた。


わたくしへの神託は終わったのだ。

まだまだ続く参加者の為に、この場を空けなければならない。そう頭では解っているが身体が動かない。

立ち尽くし動けないわたくしを、リズが支えてくれどうにか祭壇から降りた。



きっとクリスティーナお祖母様のような素晴らしい天職が授かれる。そう、信じてた。


家柄・血筋以外は、見た目も冴えない私でも、天職を授かれば堂々と自信が持てるようになるはず。


きっと素晴らしい天職が貰える筈だ。

そうすればお義母様だって、わたくしの事を見直してくれてくれるはず。

もしかしたら、今も皆に愛されているお祖母様、クリスティーナ様のようになれるかもしれない。


そう思っていたのにーーー⋯⋯





「さすがはシャーロットね。先々代の当主様と同じ聖女の転職を授かるなんて!母として誇らしいわ」



ジルティアーナは成人の儀を終え、ヴィリスアーズ家に特別に与えられた控え室にいた。普通は、皆で1室の大広間にいるのだが、上級貴族の家には特別に個室が用意されていた。


目の前では義母のイザベルが歓喜し、シャーロットを抱きしめていた。その腕の中で、シャーロットも嬉しそうに頬を染め礼を言っていた。


イザベルはお父様に言う。


「由緒あるヴィリスアーズ家の者が、まさかの【ロストスキル】なんて⋯⋯ありえませんわ。

ましてや次期当主なんて⋯⋯」


「しかし⋯⋯ヴィリスアーズ家の正統な血を引く者は、今はジルティアーナしかいない」


「まぁ、何をおっしゃってるのですか!

今の当主はローガン様です。シャーロットはローガン様の娘です!!」



イザベルはお父様の手をとり、言葉を続ける。



「確かにシャーロットは本来のヴィリスアーズの血を受け継いではいません。

でも、あの当主だったクリスティーナ様と同じ聖女の天職を授かったのです!」



そんな様子を部屋の隅で見ていたわたくしを、イザベルが蔑むような目で見てきた為、思わず肩を竦めた。

そんなわたくしの様子を見て、イザベルの赤い紅をつけた唇が弧を描く。


「その証拠がこの結果です。

クリスティーナ様の唯一の孫娘ジルティアーナが⋯⋯まさかのロストスキル。

それに対し、クリスティーナ様と同じ聖女の天職をシャーロットが授かった。

これはヴィリスアーズ家の次期当主を、血統以外は何もないジルティアーナ、ではなくシャーロットにするべきだという⋯⋯きっと、聖女クリスティーナ様の願いですわ」



この人は、何を言っているんだろう。

クリスティーナお祖母様は孫娘のわたくしをとても可愛がってくれ、亡くなる少し前にはわたくしにヴィリスアーズ家を頼む。そう言って、このネックレスを下さった。

そんなお祖母様がわたくしに対してそんな事を思うわけ⋯⋯!


ちゃんと反論しないと。

そう思いつつも、上手く言葉にできず私の胸にあるお祖母様から頂いた大切なパールのネックレスを握り締めることしかできなかった。すると


パシッ!


乾いた音がすると同時に手の甲に痛みだが走った。思わずネックレスから、手を離す。



「それは、クリスティーナ様の物でしょ?当主にもなれない貴女には相応しくありません。」


「で、でも、これは⋯⋯っ!」



お祖母様が、わたくしに下さったものだ。

【聖霊の卵】という異名を持つ、虹色の光を放つ巨大なパールが使われた、とても貴重なネックレス。その価値は計り知れない。

だがそんな価値よりも、わたくしにとってはお祖母様の形見なのだ。お祖母様が亡くなってからのわたくしの心の支えだった。


いつも言いなりのわたくしが珍しく拒否する様子を見て、イザベルは乱暴にネックレスを掴んだ。



「シャーロットに渡しなさい。貴女には過ぎた物です」


「いやっ!」



力任せに引っ張られネックレスが首に食込み思わず声を上げた。でも、それよりもーー!



「だめ、やめて⋯⋯! 離してください!!」


「生意気な⋯⋯っ! 私に逆らうのですか!?」



やめて!

そんなに引っ張ったらネックレスが、壊れちゃうーーー!!


そう思うと同時に、ブチンっ!


嫌な音がして首の苦しさから解放されると、目の前に光が飛び散った。


パラパラと音をたて、ネックレスに施されていた細かい装飾が床に散らばる。強く引っ張られ壊れてしまう事が心配になり静止しようとしたがーー⋯⋯遅かった。

反射的に、散らばった飾りを集めようと床に手を着く。


ごめんなさい。ごめんなさい⋯⋯お祖母様っ。

ネックレスを大切にすると約束したのにーーこんな事になってしまった。


思わず、涙が溢れる。

視界が涙で滲む中、バチンっ!

今度は頬に痛みが走り、しゃがみこんでいた私の身体は床に倒れた。



「お前が!!

さっさと渡さないから、壊れてしまったじゃない!」



叩くだけでは気がすまないらしいイザベルが、顔を赤くしながら私を怒鳴りつけた。



「どうしてくれるの!?

ネックレスがちぎれてしまったじゃない!」


「イザベル!!」



怒鳴るイザベルに、お父様が肩を掴み制止の声をかけた。

ハンカチを取り出し、イザベルの手を包む。



「血が⋯⋯」



どうやら無理やりネックレスのヘッドを引っ張った事で、手を傷付けたようだ。

お父様が心配そうに傷口を見ている。

わたくしはそんな2人の様子を呆然と見ていた。


義母に嫌われている事は解っていた。

ロストスキルだったことで馬鹿にされる事も予想していた。


でも、お父様は⋯⋯。

血の繋がった親子だ。いつも妻であるイザベルの顔色を伺ってばかりだけど、イザベルの目を盗み優しくしてくれる事もあったから、まだ何処かで期待をしていた。


私は叩かれ、大切なネックレスを奪われて、壊されて⋯⋯。

こんな時まで、お父様はこの人の味方なんだ。

この人の怪我は自業自得なのに、心配なのはわたくしよりも、このひとなんだーーー。



イザベルの手の中に残っていた、聖霊の卵に触れてお父様がいう。



聖霊の卵この宝石が無事ならば大丈夫だ。

切れてしまったチェーンの部分には、シャーロットに似合う宝石等を追加して、もっとこの子に相応しい物へ職人に作り直させよう」


「それは素晴らしいですわ、ローガン様!

⋯⋯ジルティアーナ、お前は床に散らばった飾りを片付けておきなさい!」



ジロリと恐ろしい顔で私の事をひと睨みすると、ネックレスをシャーロットの物にする事をお父様が認めた事で上機嫌になったイザベルは、“ どんな宝石がいいかしら? ”などと先程の顔が嘘のような笑顔で、お父様に話しかけながら部屋を出ていった。



お父様とイザベルが居なくなり、緊張が切れたのか、叩かれ驚いた事によって止まっていた涙が溢れ床に散らばるネックレスーーーだった物の横に滴が落ちる。


床に散らばるネックレスの飾りのように、わたくしの心もバラバラになってしまった気がしたーー⋯⋯。


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