第6話 家族の在り方




「えっとここの数式は……」

「そこは――」

 私が退学する羽目になったあの日の翌日以降、ディランさんは仕事がない時間勉強を教えてくれるようになった。

 学校の先生よりも丁寧だし、いじめにあう事もないので安心して勉強する事ができた。


「少し休憩しよう、お茶を持ってくる」

「はい」


 最初は怖いと思ったディランさんだったが、とても優しかった。

 穏やかで、知的で私の事を第一に考えてくれているのが嬉しかった。


 紅茶の良い香りがする。

「はい、どうぞ。砂糖を」

「ありがとうございます」

 紅茶好きなのか、良く紅茶を作ってくれる。

 オレンジペコという種類が好きらしくそれの紅茶をよく淹れる。



 大人っぽい顔をして、甘党で、苦い物が嫌いらしい。

 なんかちょっと可愛い。



「どうした、優月?」

「いえ、何でもないです。今日もお茶とクッキー美味しいなぁって」

「そうか。私が気に入っているものだったのだが、君も気に入ってくれてよかった」

 嬉しそうに笑う。

 初日の無表情な所が嘘みたいに。


「やっほー優月ちゃん、ディラン元気ー!」

「帰れ」


 ただ、アシェルさんが来ると、非常に嫌そうな顔をする。


「何だよ、クロードも連れてきたのに」

「クロードもか?」

「し、失礼します。ディランさんと、お、奥様」

 私よりも少しだけ年上っぽい金髪碧眼の男性が顔を出した。

「お、俺はクロード・インフェと申します。クロードで構いません」

「あ、えっと。初めましてクロードさん。私は優月と申します、優月で結構です」

「そ、そんな呼び捨てなんて……!! ディランさんの奥様を……!!」

 慌てふためくクロードさん。

 どうしてそんなに慌てふためいているのだろう。

「クロードはディランに助けられた事をきっかけにWDCAのハンターになったんだ。つまり憧れの存在ってこと」

「な、なるほど」

 アシェルさんに耳打ちされて漸く理解する。

「クロード、君なら妻に失礼な行為はしないから気にしないからそんなに畏まらないでくれ」

「あ、でも……」

「クロードさん、そんなに畏まらないで。そうだ、ディランさんお茶をお願いしてもいいですか?」

「ああ、分かった」

 ディランさんは、お茶の用意をしにいってくれた。

 ディランさんは本当に、私を家族としてみているというのが過ごしてきて分かっていた。


『君はまだ子どもだから、私から何かしようとはしないし、君が大人になっても君が望まなければ何もしない』


 という所が他の夫婦と違うところかなぁと思う。

 私第一であって、他は二の次という感じが良く分かる。


 だから気になるのが、もし私が子どもを欲しがった場合、ディランさんは一体どうするのだろうという事が気になった。


 しかし、今聞くのも何か変だし、きっかけがない。


「うげ!! 俺のだけめっちゃ濃いコーヒー!! お願い優月ちゃん砂糖とミルクちょうだい!!」

「あ、は、はい!!」

「優月、こいつにはこれで十分だ」

「そんな訳にはいきません!」

 そう言って台所に向かいコーヒー用のミルクを探します。

「えっと確か……」

 すると話し声が聞こえてきました。


「なぁ、ディラン。優月ちゃんが成人扱いになったとするじゃないか?」

「なったら? 何が言いたい?」

「お前優月ちゃんとの子ども欲しいの? もしくは優月ちゃんが子ども欲しがった時はどうするつもりだ?」


 とても小さな声でしたが、耳に届きました。

 どくん、と心臓が高鳴りました。


「……欲しくないと言ったらウソになる。だが私の子どもだ『普通の人間』ではないのが確定している」


 言っている意味が良く分からなくても耳をそばだてて集中します。


「……その時が来たらだ」

「それでいいんじゃねぇの? お前のおふくろさん――ドクターはお前の母親を公言してないが、お前が家庭を持つのを喜んでいた、普通の幸せを得れて良かってさ」

「……」

「あのドクターがそう言ってるんだ、お前の事気にかけてるのはお前も分かってるだろう?」

「分かっている、分かっているからこそ、もし子どもが生まれたら、優月が良いと言ったのなら、母にも、私の子をその手で抱き上げて欲しいのだ。一つの祝福された命として」


「……」

 言っていることは何処か複雑。

 でも、分かるのはディランさんとお母様の関係は良好ではない。

 正確には「親子」を公言できない状態にある特別な理由があると。

 ディランさんはそれを知っているからこそ、お母様を何処か哀れんでいる。

 そんな風に聞こえました。


 そして気になるのは「普通の人間じゃない」という箇所。

 確かに悪魔と渡り合えるなんて普通の人間じゃありえませんが――

 どういう事なのでしょうか?



「――遅くなってすみません、コーヒー用のミルクようやく見つけました……」

「お、有難う優月ちゃん」

「いいえ」

「ついでに氷もぶち込んでやろうか?」

「止めろディラン!! 俺をいじめて楽しいか!!」

「しょっちゅう夫婦の時間を邪魔する奴をいじめるのは楽しいな、覚えたぞ」

「止めろー!!」

 黒い笑みを浮かべるディランさんを見て、私はクロードさんと顔を見合わせて苦笑しました。

「俺、驚きました。ディランさんにこんな一面があるんだなって」

「私もです」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う、普段は何処か冷静クールなディランさんがこんな風になるとは私も、クロードさんも予想外だったようです。





「……案外早くバレたな」

 待機所でアシェルはディランに言う。

「それはお前の所為だろう?」

「……すません」

 アシェルの言葉にディランは息を吐く。


 優月と生活を始めて二ヶ月が経過した。

 ディランは優月を生活するまで、ほぼ悪魔狩りに没頭する日々を送っていたが、優月という「家族」が出来たことで、そちらにも時間を割くようになった。


 結果、今までと違う生活をするディランの事を、悪く言われたアシェルがつい言ってしまったのだ。


『うるせーな!! ディランの奴はアイツが人らしくなれた恩人の娘さん嫁に貰って暮らしてんだ!! テメェら黙れ』


 と。

 慌てて口を塞ぐアシェルだが時すでに遅し。

 ディランが結婚した事がWDCAの中で公にさらされてしまったのだ。


 ただ、救いなのは、ディランが結婚した相手が優月だと知られていないことにある。

 知られるとまた面倒なことになるので、優月の事を知っているクロードとアシェルは、彼女の事を閉ざしている。

 特にアシェル。


 もちろんディランも閉ざしている。

 悪く言われた場合殺気立つので誰も問いかけようとしない。


 ただ、やたらと優月の情報を引き出そうとする輩がいるので、ディラン達は気が気ではなかった。


「あ、ディランにアシェルいたのか」

「げ、何だよ。ディランの奥さんの話ならしねぇからなこれ以上」

 赤毛に碧眼の美青年、WDCAのハンターの一人、テルセロ・アポストロだった。


「なんでだよ、同僚だろ? 教えてくれたっていいじゃないか」

「断る」


 ディランはそう言って、その場を後にした。





「……おい、テルセロ。お前なんかおかしいぞ?」

「……俺はおかしくない」


 アシェルの言葉をテルセロは否定するが、アシェルの目からは明らかにテルセロは今までと違い「おかしかった」のだ。






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