第2話

 どれくらい立ち尽くしただろうか。呆然とするのにも飽きたところで僕は世界の果てを歩き出した。通学路があった道をぼんやりと歩いてみたが、そこにはやはり何もない。遠くから見ても近づいて見てもそれは変わらなかった。


 たった十メートルほど歩いて、辺りを調べるのをやめた。こんな世界で何をしようと無駄なことだ。僕は家に帰り、手洗いとうがいをして自分の席に着いた。


 目の前に広がる誕生日会のために用意された料理が美味しそうに見えた。先ほどまではそう感じなかったのはなぜだろうか。それはきっとこの料理が僕のためではなく、来るはずのない僕の友達のために用意されたものだからだ。


 今は違う。この世界には僕しかいない。この料理は僕だけの料理だ。


 世界が終わってはじめて僕はこの料理を楽しむことができる。


「いただきます」


 手を合わせて声を出した。誰もいないはずなのに、誰に見られているわけでもないのに僕はそう言ってから食べ始めた。


 ハンバーグ、エビフライ、から揚げ、フライドポテト、ミートボール。好きなものを好きなだけ、好きな順番で食べた。ミニトマトもレタスも今日は食べる必要はない。ただ無邪気に目の前の料理を楽しんだ。


 お腹も膨れてきて、やっとケーキに辿り着いた。イチゴの乗った大きなショートケーキ。台所にナイフを取りに行き、どう切ろうかケーキの前で悩んだが、切り分ける必要がないことに気付いて、ナイフを戻した。


 ホールケーキを一人で食べるなんて初めてだから、どこから食べるのかわからなかった。真ん中にフォークを突き刺してみたが、やっぱりやめて端から食べることにした。半分も食べ切る前にフォークを置いてゲップをした。


 食事中にゲップをしようと、だらしなく椅子に寄りかかろうと、注意する人はここにはいなかった。フォークが皿に当たる音が無くなると、たちまち家の中は静かになった。


 しばらく頭上の電球を眺めてから、テーブルの上に残された大量の料理に目をやる。電球の残像が目に残って料理と重なって見えた。もし世界が終わっていなかったら僕は今どうしているだろうか。


 やはり考えるはやめておこう。どうせ終わったことなんだから。僕はオードブルの容器に蓋をして、それを冷蔵庫に戻すことにした。


 自分で用意した料理をまた自分で片付けて、僕は誕生日に何をしているんだろうと不意に思ったが、誕生日だから何もしなくていいなんてルールがないことも知っていた。


 冷蔵庫の扉を閉じて、ため息をついた。これからどうしようか。そんなこと今まで考えたこともなかったから、どう考えればいいのかも分からない。きっと今まで通り、なるようになるだろう。そう思った。


「ごちそうさま、は言わないのかい?」


 冷蔵庫が静かに唸る台所で誰かの声が響いた。あまりに突然のことに心臓が止まるかと思い、体が強張った。


 ゆっくりと振り返ると、そこには僕がいた。

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