ヤンキーと優等生の話

蒼生

第1話

校則を破った頭髪や服装も、無理に背伸びしたメイクも、乱暴な言葉遣いも、周りにナメられないならなんでもいい。そのせいで友達ができなくても、学力が低いわけでもないのに問題児扱いされても、全く身に覚えのない噂が流れても構わない。根拠のない自信に満ちた力に声もあげられず、視線があっても助けてもらえず、知らない間に知らない人の道具になるよりずっとマシ。私は私の世界の平穏を守るためなら、ひとりぼっちにだってなる。

入学以来4度目の生徒指導室でのお説教を終えて、教室へ向かう。今日のお叱りは長かった。いつもは明るすぎる髪や短すぎるスカート丈について注意を受けるだけだというのに、今日は最近校内で起こった置引の容疑をかけられた。毎週金曜日の放課後、主に私の学年の生徒が部活動の間置きっ放しにしていた財布から、1000円抜き取られるという事件が数件起こっているという。もちろん犯人は私ではないのだが、疑われてしまうのも仕方ないだろう。疑いは晴れていないだろうが、なんとか帰してもらえてよかった。

外から運動部の声が聞こえる。校舎に残っているのは、文化部と先生と私くらいだろうか。放課後、叱られた後に歩く校舎は、静かで無機質で心地良い。

私は、置きっ放しにしていた鞄を取ろうと、教室の扉を開けた。誰もいない教室に私の鞄だけが残っていると思っていたので、そこに男子生徒が1人いたことには驚いた。

「……おっと」

彼はわざとらしくそう言うと、これまたわざとらしく両手を上げた。

清潔に切られた黒髪、入学案内のパンフレットにでも載っていそうな模範的に着られた学ラン、飾り気のない黒縁の眼鏡の奥にある切れ長の目。木村というその生徒は、入学以来学力は常にトップ、優等生として学年の誰もが知る存在だった。その木村が、誰もいない放課後の教室で何をしていたのだろうか。そして、なぜ顔の高さまであげられた彼の手には、1000円札が握られているのだろうか。

「澤口さん、まだ残ってたんだね」

木村は曇り毛のない笑顔を私に向けた。

「……」

私は木村を無視して、窓際の自分の席に真っ直ぐ向かう。そういえば、木村の席は私の前の席だったはずだが、今木村が1000円札を握って立っているのは、教室のちょうど真ん中の席だ。そう考えながら自分の鞄を取り掛け、ふと気がついた。私は急いで鞄を開き、中身を確認する。……何もなくなってはいなかった。

「澤口さんからはもらわないよ」

木村の声が聞こえ、私は彼の方を見る。何か言うべきかと迷ったが、男子と2人きりの空間にもう耐えられそうもなく、無言のまま鞄に手をかけた。

「……何も聞かないんだね」

再び木村が私に話しかける。

「澤口さん、もしかして犯人と思われて呼び出されてたんじゃない?」

私は自分の鞄を見つめたまま唾を飲み込む。軽く唇を開いてみたが、言葉は出そうにない。木村がこちらに近づいてくる気配がする。

「自分が怒られた原因が目の前にいるかもしれないのに、何も言わないの?気にならないの?」

木村が私の席の前まで来た。私はもう一度唾を飲んだ。

「……なんで、1000円、なんだ」

やっと出た途切れ途切れの言葉はそれだった。もっと入っているかもしれない財布からわざわざ1000円だけを引き抜く。その中途半端さ、いや、むしろ手が込んでいるようにも思えるやり方に、なんとなく自分と同じものを感じていた。

「ん?ああ、金額に意味はないんだけどね。まあ1000円くらいが妥当かなって」

木村はそう言うと、私の席の方を向いて自分の椅子に腰かけた。そして、ポケットからおそらく自分のものだろう財布を取り出すと、手に持ったままだった1000円札をしまいながらクスクスと笑う。

「というか、最初に気になるのそれなんだ?俺が本当に犯人かどうかは疑わないんだね」

「……優等生にもいろいろあるんだろうなって」

近くにやってきた木村は以外にも嫌な感じがしなく、私は少しずつ落ち着いて話せるようになっていた。

「俺、優等生に見える?」

「……見えるけど、思えない」

「まあね、優等生じゃないし」

木村は、なぜか嬉しそうにそう言って私を見ている。

「努力を見せないのが得意なだけ。初めから出来る子な訳じゃない」

「初めからそのままの人間なんていないよ」

目の前で自分が容疑をかけられた時間の犯人が話しているのに、なぜこんなにも嫌な気持ちがしないのか自分でも不思議だった。

「そうだね。でも多分、みんなそれを知らないんだろうね」

木村は私の机の上に置いた自分の財布に視線を落とす。

「みんな俺が優等生なのは生まれつきで、当たり前と思ってる。それから優等生は、無償で助けてくれると思ってる」

微笑みながらそう言う木村を見ていて、彼がたった1000円を財布から抜き取る理由と、私からは貰わないと言った意味がわかった気がした。

「道具じゃないのにね」

私の言葉に、木村が顔を上げた。視線がぶつかったので少し体が強張ったが、やはり彼の眼から嫌なものは感じない。

「……澤口も、本当は不良じゃないでしょ」

「……金髪にピアスなのに?」

「見えるけど思えない」

木村はそう言うと、財布を手に取りひらひらと降った。

「澤口さん、この後暇?アイス食べたくない?」

木村のその様子がなんだかおかしく思え、頬が緩む。

「口止め料?」

「そう」

そう言って少しだけ笑い合うと、私たちは2人で教室を出た。男の人と2人で歩くなんていつぶりだろうか。木村と歩く静かな校舎は、生徒指導室からの帰り道より、心地が良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤンキーと優等生の話 蒼生 @aoilist

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説