12.王への謁見

 王都は私たちがいる街よりも少し距離があるらしけれど、でもその間には乗り合いの馬車が走っているらしい。街に戻ってすぐに王都へ向かおうと準備をしていたメリーさんには驚かれたけれど、道中お腹が空いたときにって小さなバスケットを頂いた。ちょこっと中を覗き見てみればふんわりと美味しそうなタマゴサンド。メリーさんお礼を言った私たちはすぐにその馬車に飛び乗った。

 そして少しの間揺らされ続け、なんとなく外の空気が変わったなと感じた。こう、田舎から都会へ移動したみたいな感じで。馬車が止まり降りてみれば、目の前にパッと広がる大きな街。私たちが住んでいたところも広いとは思っていたけれどそれ以上だった。

「サヤ、見えますか?」

「あっ、あれがもしかしてお城?」

「そうです、わかりやすくていいですよね」

 建物のずっと奥のほうにある、一つ抜きでた存在感。どこからどう見ても、誰がどう見てもあれが間違いなくこのフェネクス国のお城だ。確かにわかりやすくていいけれど、それって万が一他国に攻められたとき逆に困らないのかなと思わなかったわけでもない。

 やっぱり首都ということもあって人の多さも断然違う。人混みに埋もれそうになったときに腕を引っ張りあげられ、笑顔のリクと目が合った。ありがとう、とお礼を言う前にギョッとする。そのまま手が離されるかと思いきや、逆に私を掴んでいる大きな手は更にギュッと力を入れてきた。

「はぐれてしまいますから」

「ひゃ、ひゃい……」

 紳士すぎて心臓に悪い。これがあの離れている城まで続くとなると、私の心臓が無事でいられるんだろうか。

 でもそんな心配する必要はまったくなかった。あの黒い霧の存在が私たちの足を早くさせる。首都をあちこち見て回りたい、という気持ちよりも早く王様にという気持ちの方が大きかった。二人で手を繋ぎながら、ズンズンと首都の真ん中をよそ見することなく足を進める。

 他の建物より一つ抜きん出たように見えるということは、そこは他の場所よりも高台にあるということ。城は見えているのに迫り来る坂道に息を切らしながら、ようやく入り口にたどり着いた。前を見てみるとすでに数人人が並んでいる。

「謁見に設けられている時間がちゃんと決まっているんです」

「なるほど、だからみなさんこうして並んで待ってるんだ」

 きっとこの人たちは私たちと同じように謁見の申請をして、だからこそこうして順番を守っている。割って入る人もいなくて私たちも大人しく列の一番後ろについた。でもこうして並んで待つほどフェネクス国の人たちは王様に直接話を聞いてもらいたくて、そして王様もそう思ってもらえる人柄なのだろう。

 待っている間にいつの間にか繋がれていた手は離されてしまったけれど、それよりも少しずつ前に進む度に緊張感が高まってきた。ちらり、と隣を盗み見てみればリクはなぜか平然としている。前からちょこちょこ思っていたけれど、リクのこの肝の座りようちょっと尋常じゃない。鋼の心すぎる。

「リクに付いてきてもらってよかったかも……」

 リクはあまりその言葉を理解していないのか、キョトンとしながら首をちょこっと傾げるだけだった。

 王様は来ている人たちの話をよくよく聞いているのか、正直列の進みはそこまで早くはない。でも地道に前に前に進んでいく中、とうとう私たちの前の人が扉の奥に消えていった。さっき入った人が出てきたら次は私たちの番だ。ここまで私が緊張しないようにとリクが他愛もない会話をしてくれたけれど、流石に緊張してくる。

 手汗が気になってさり気なく服で拭いていると、目の前の扉がギィ……とゆっくりと開かれた。さっき入っていた人が私と目が合って軽く会釈をして、釣られるように私も小さく頭を下げる。

「お待たせしました、どうぞ」

「は、はい……!」

「行きましょう、サヤ」

 ゴクリと喉を鳴らして一度深呼吸。よし、と気合いを入れて顔を上げた私は一歩大きく踏み出した。

 城の中はどこも同じかと思っていたけれど、文化の違いというものがあるのかどことなく違う。サブノック国は如何にもな感じで厳かだったけれど、フェネクス国もフェネクス国で綺麗なことには変わりはないけれど爽やかさも感じる。

 廊下を歩けばもう一つ扉が現れ、そこに立っている騎士たちが扉を開けた。目の前に飛び込んできた赤絨毯に、その先に見える王座。少し怖気づいた私の背中をリクがそっと押す。

「ハハッ、そんなに緊張するな!」

 気さくにそう声をかけてくれたこの人がフェネクス国の王、カイゼルベルク・ジルコン様。黒の短髪に短い顎ヒゲを携えてフットワークもかなり軽そうに見える。これはどこからどう見ても……働き盛りのやり手の社長だ……!

 サブノック国の王が早くに世代交代をしたのかは知らないけれど、向こうは随分と若い王だった。私よりも僅かに年上と言った感じで。前の世界で言うところの「若社長」と言ったところ。同じ『王』でもこうも違うのかと当たり前のことを思ってしまった。

「あ、あの……初めまして。私はサ……」

 はたと言葉を止める。普通に『サヤ』と名乗ろうとしていたけれど、でもそれだと何も説明できない。なぜここに来たのか、私が何者であるのか。それを言わなきゃいけないとわかっていてここに来たんじゃないのと自分を奮い立たせた。

「……私は榊原紗綾と申します。隣国の、サブノック国で『聖女』として召喚されました」

「……名はどっちだ?」

「紗綾の方です」

「そうか。ならばサヤ、お前がここに来た用件を聞こうか」

 一度喉を鳴らして口を開く。聖女として召喚されたけれど他の聖女が召喚されてしまったため国を追い出されたこと。フェネクス国の民として暮らしていたけれど国境での霧の噂を聞きつけ、実際に見に行ったこと。そして……聖女として、ではなく聖女の力を持っているから何かしらできないのか王様に助言を聞きに来たこと。

 緊張のあまりに辿々しくなったにも関わらず、王様は一度も口を挟むことなく真剣に耳を傾けてくれた。

「国境のことならすでに報告で聞いてる。かなりまずい状況なわけだが……サブノック国の王は」

「把握してないでしょうね。隣国に魔物が流れ出るとなれば国際問題です。改善されている様子が見られないので国境がどのような状況か、報告も上がっていないのでしょう」

 カイゼルベルク王の隣にいる眼鏡をかけている人は側近の方だろうか、如何にも頭よさ気で切れ目美人だけれどその目で見られると思わず肩を跳ねさせてしまう。美人の鋭い眼光はなかなかに威力がある。男性に美人と堂々と言っていいものか悩むけれど。

「あの……まずは、人を避難させるとかはできないんでしょうか」

「実際数人サブノック国から国境に来ているようだが、難しい話だな」

「えっ……なぜですか……?!」

 フェネクス国の王様ならサブノック国の王とは違って、困っている人に手を貸す方だと思っていたのに。そう思えるほどこの国は温かで優しい場所だと思っていた私は王様の言葉に頭を殴られたようだった。やっぱり王という名のつく人に、違いなどあまりないのだろうか。

 つい言葉を荒げてしまったことに気付き慌てて口を塞ぐ。また一蹴されてしまうのだろうか、「それはお前の仕事」だと切り捨てられてしまうのだろうか。けれど王は蔑む目で見てくるわけでもなく、また暴言を投げつけてくるわけでもなかった。

「数人程度なら何とかなるだろうが、今のサブノック国の情勢を見てみるとそれだけじゃ終わらんだろう。誰かが受け入れてもらった、ならば次は自分もだと我も我もと国境に人が集まってしまう。国である程度の蓄えをしているとはいえそれはフェネクス国の民のための蓄えだ。大勢を受け入れてしまうとその蓄えがあっという間に底を尽き、今度は物資を奪い合う暴動が起きてしまう」

「あ……」

「何も意地悪で受け入れないわけじゃねぇのよ」

 苦笑してみせる王様に慌てて頭を下げる。目先のことしか考えていなかった。そっと眼鏡の人からの溜め息が聞こえ尚更肩を縮こまらせた。この人たちは私よりずっともっと物事を広い目で見ていて、目先のことだけではなくその先のことを常日頃から考えている。それに口出しするなんておこがましい。

「まぁ助けたいっていう気持ちが悪いわけじゃない。そんなに落ち込むことはねぇ」

「は、はい……」

「だがなぁ、ただ眺めている状況でもなくなった。実際問題サブノック国の霧は厄介だ――なぁんでああなるまで放っておいたかねぇ。バカではないが随分とずる賢くなったじゃねぇの」

「貴族の努力の賜物ですね」

「こっちはさっさと貴族制度廃止にしといてよかったな」

 二人のポンポンと繰り出される言葉の往来に思わずポカンと口を開けてしまう。これって、実はしれっと悪口言ってますよね?

 私の様子に気付いて王様が「ああ悪い悪い」と椅子の背凭れに凭れかけていた身体を起こした。

「ところで、実際はどうだ」

「かなり危険な状態だと思います。実際様子を見に国境に行きましたが、すでに国境付近で魔物が発生し門兵が対応に追われています。流れてくるのも、時間の問題かと」

 私ではなくてリクに問いかけているということに、リクが答えたことによって気付いた。淀みなく説明したリクは流石と言ったところだけれど、でもリクは私みたいに特にカイゼルベルク王に自己紹介をしたわけでもなかったような。

「なるほどな……さて、どうしようか。こっちに流れてくる前に勝手に向こうの領地に入って色々とするわけにもいかねぇよな」

「『領地に攻め入ってきた!』と派手にいちゃもんつけてこちらに攻め入る口実を与えるだけですね」

「霧が発生しない領地に移り住みたいだろうしなぁ?」

 なんだかまた喉に突っかかるような感覚を覚えたけれど、王様と側近さんのやり取りでそれも掻き消えた。二人の会話を聞いて「勝手に入らなくてよかった」と思ったけれど、でもそれが攻め入ってくる口実になるとは思わなかった。ファンタジーの世界だと思って今まで過ごしてきたけれど、いつどこで戦いが起こるかわからない、実際そんな世界なんだ。

 王様は腕を組んで考えている素振りを見せているけれど、その表情はそんなに鬼気迫ったような顔じゃない。寧ろ、悪巧みを考えているような、と失礼だけれどそんな表情に見えてしまう。

「よし――もらっちまうか、領地」

「へっ?」

 マヌケな声が出て慌てて手で口を隠した。そんな、「捨てるならもーらお」みたいなノリでいいのだろうか。

「向こうは末端までの把握ができていない。即ち、領地を取られても気付かない。そもそも濃い霧で見えないだろうしな! ハハッ!」

 いやそんな、某夢の国のネズミみたいな軽やかな「ハハッ」をこの状況で言っていいものなのか。

「サヤ、お前の力は神官よりもちょっくら力が強い、っていうことでいいんだな?」

「は、はい!」

「国境付近の村は城とどれくらい離れている。直視できるか?」

「直視はできません。距離も結構離れていますし、馬で移動したことがないのでわかりませんが馬でも数日かかるかと思います」

「ふんふん、なるほど?」

 顎に手を当てて頷いている王様の隣で側近さんがサラサラと紙に何かを書いたかと思うと人を呼び付け、そのままその紙を手渡していた。もしかして私が思っている以上に、状況は物凄い勢いで進んでいるんだろうか。次に王様が何を言うのか予想することもできなくて私はドキドキしながら待つことしかできない。

「サヤ、国境付近の村の碑石を直すことができるか? なぁに、これは別に王の命令ってわけじゃない。ただお前が一人の人間としてやりたいかどうかってことを聞いてるんだ。もしお前が断っても神官を遣わせるから気にするな」

「……! で、できます! やらせてください!」

「おう」

「サヤさん、こちらを」

 側近さんの初めて名前を呼ばれてびっくりしながらも差し出された物に目を向ける。いつの間に持ってきていたのだろう、紋章のようなものが掘られている装飾がトレーに乗せられていた。

「もしサブノック国の人間に見つかったとしても、『カイゼルベルクのお使いだ』つってこれを見せるといい。何があっても俺が責任を取る」

「忘れずに腰に付けておいてください」

「は、はい!」

「霧の対策の手伝いに行ってもらうわけだからギルドにお前の護衛依頼を出しておく。絶対に一人で行くんじゃねぇぞ?」

 危険だからな、とニカッと笑った王様はまるでいい意味での親戚のおじさんのようだった。親しみがあって、頼り甲斐のある人。ああ、だからこの国の人たちはそんな王様を慕っていてこうして相談に来る人も多いんだと納得した。そしてこの人が王だからこそ、この国は潤いがある。

 紋章装飾を腰に付けている私は王様とリクの視線が交わっていることに気付くことなく、しっかりと落ちないように確認して顔を上げたときにはリクの視線は私に向かっていた。「よかったですね」と微笑むリクの表情はいつも通り優しい。

「よし、そしたらちょっくら領地をもらいに行ってくれ!」

 度々思ったのだけれど、王様は親しみがあるけれどわりと重要なことをそんな初めてのおつかいみたいに言っていいのだろうか。王様に頭を下げて謁見の間から出た私にリクは「いつもあんな感じですよ」とフォローなのかどうなのかわからないフォローをしていた。

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