3.突然の追放
ようやく城が見えてきてみんなそれとなくホッと息を付いていて、私も同様に安堵した。確かに思うところは多々あるけれど、城にはしっかりと休める場所がある。別に野宿が嫌っていうわけではないけれど、いつ魔物が出るかわからない場所にいるよりは城の方がずっとよかった。
「やっと休めますね」
「うん」
リクの言葉につい本音が出てしまって、ハッと我に返って慌てて手で口元を押さえたけれどリクはにこにこと笑顔でいるだけだった。
「外では気が休まらないので城に着いてホッとするのは当たり前ですよ」
「え、あ、えっと、リクもちゃんと休んでね……?」
「もちろんです」
にこっと笑ったリクに自分の顔が赤くなったのがわかる。何と言うか、リクは騎士ということもあってか普段から落ち着いている。いくつなのかちゃんと聞いたことはないけれど勝手に同い年ぐらいだと思っていた。けれどこういう一面を見ると私よりも年上のように感じる。今度それとなく聞いてみようかな、とか思っているときだった。
なんだか妙に門の辺りが騒がしくて、色んな人があちこちに行き交っている。何か問題があったんだろうかと真っ先に思ってしまう。不安に思いつつもリクに視線を向けてみれば、彼も少し訝しげな表情をしていた。
「何かあったんでしょうか」
異変に気付いたセシルさんもそう言いながら私たちの前に出たときに、慌ただしく門のほうから神官の格好をしている人が走ってきた。
「セ、セシル様、大変です! 王が再び聖女を召喚しました!」
「なっ……?! 私の許可なく神官を使ったというのですか?!」
「い、いいえ、王は魔導師の方を使ったようで……」
聖なる力を使う神官に対し、魔導師は攻撃系の魔法を使うのだと教わった。違いがよくわからなかった私に「扱う魔法の質が違う」と言っていたけれど。
それよりもさっきの言葉が気になる。知らせに来てくれた人は間違いなく「再び」という言葉を口にしていた。聖女ってそう何度も召喚することができるのだろうかとか、そもそも、なんで召喚したのかとか――私も聖女として召喚されたはずだとか。色んな疑問が次々に浮かんでくる。
でも単純に人手が増えれば碑石の修復作業も今よりずっと早く進められる、そう思ったけれど。そしたら最初から複数人召喚していればいいだけの話しだ。それに、セシルさんの焦りを見てみると再び召喚するということがいいこととは単純に思えなかった。
とにかく今は何が起こっているのか知りたい。王に直接聞くことができればと王のいる場所へ目指そうとする前に、再び辺りが騒ぎ始めた。そして行き交ってきた人混みの間を掻き分けることなく、無駄にキラキラとした装飾を身にまとっている人物の姿が徐々に大きくなる。
一定の距離で立ち止まった無駄にキラキラしている王は、歪めている表情を隠そうともせずに私を睨みつけた。
「新たに聖女を召喚させた」
「なぜですかアルフレッド王! 聖女を二度召喚するなど、そのような前例はっ」
「なぜ? いつまで経ってもその者が霧を完璧に消し去らないからだろうが! 何をのんびりと巡礼をしている!」
「は……?」
一方的な物言いに、咄嗟に反論の言葉が言えず唖然とする。セシルさんは私の前に立って反論しようとしてくれているけれど、それをこの王は鼻で笑った。
のんびり巡礼なんてしていない。馬も馬車も貸してくれない中、優先順位を決めて必死に碑石の修復に当たっていた。いつ魔物が出るかわからないのに付いてきてくれた騎士はリクただ一人。こうして戻ってきた私たちを見て、如何に少ない人数で巡っているのをこの王はわからないのか。
「……待ってください、報告も聞かなかったに勝手に決めつけないでください。もっと、もっと王様や他の人たちが協力してくれたら、早く碑石の修復ができるのに……!」
「お前の無能さを棚に上げ、責任転嫁するなどとんだ性根の悪さだな! こちらは召喚する聖女を選ぶことなどできないのだぞ!」
「っ……! 勝手に召喚しておいて、何ですかその言い方!」
「黙れ。こちらはお前のようなものを城に置けるほどの余裕などない。聖女が二人いるなどあり得ない」
嫌な予感がしてツッと背中に汗が伝う。勝手に召喚されて、数日この国で過ごしたとは言え私にとって未だに見知らぬ土地だ。神官やリクのサポートがあったから今までなんとか過ごしていられる。
「早々にこの国から出て行け。最低限の荷物を取りに行く余裕は持たせてやる」
腕を組んで胸を張って、鼻を鳴らした姿はまるで「俺は優しい王だろう」とでも言っているよう。
勝手に召喚しておいて仕事を押しつけ、そしてしっかりと知ることもなく決めつけて勝手に追い出す。どこまでも、この王はどこまでも勝手だ。
握り拳がふるふると震える。魔物に怯えている人たちのためにと思えば、多少の理不尽さには耐えられた。セシルさんや神官の人たちもきっと藁にもすがる思いだったに違いない。そんな人たちの気持ちも、この王は簡単に踏みにじる。
「お待ち下さいアルフレッド王、それはあんまりではございませんか」
私を庇うかのように目の前に立ってくれたリクは、真正面から王にそう言ってみせた。声色から怯えなどは一切感じない、ただ、理不尽さに対する怒りはあるように思えた。
「彼女は見知らぬ土地、慣れぬ環境でも必死に聖女としての役割を全うしようとしていました。それを知ろうとはせず一方的に突き放すのは如何なものかと思います」
「ふん、高が剣を振るだけの能しかない者が俺に物申すのか。ティグラン、お前の部下への教育はどうなっている」
「申し訳ございません。生意気な口を聞けないよう、しっかりと教育致します」
前に一度言葉を交わしたことがある騎士が、王の隣で冷たい眼差しをリクに向ける。その言っている『教育』が、穏やかなものには感じなかった。
このままじゃ、私を庇おうとしているリクも酷い目に合うかもしれない。ただ私と神官が大変だからと、命令されたわけでもないのに巡礼に付いてきてくれた優しいリクを。
「……わかりました、出ていきます」
「サヤ……!」
ギュッとスカートを握りしめて、顔を俯きながらそう口にする。これ以上、リクやセシルさんに迷惑を掛けられない。リクが振り向いてくれたのがわかって、のろのろと顔を上げ目が合い小さく口角を上げる。安心させるように笑ったつもりだったけれど、不格好になってしまったかもしれない。
「最初からそう言え。早く出て行け」
「王様!」
吐き捨てる王の言葉に可愛らしい声が続けて聞こえた。パタパタと走ってくる音も可愛らしく、いきなり私たちの前に現れた人物は声色と同じように目がくりくりっとした女の子だった。
「王様、何かあったんですか?」
「いいや何もない。それよりもこんな埃っぽいところに来るな、髪なども汚れてしまうだろう?」
「あっ、ごめんなさい……王様が見えなくなって、ちょっと不安になっちゃって」
「行こう」
――私のときとまったく態度が違う……!
走ってきた女の子は年齢は女子高生ぐらいだろうか、可愛らしくどこか庇護欲をそそられる。きっと彼女は新しく召喚された『聖女』だ。
王は柔らかな口調に、走ってきて少し息が上がってしまっている彼女の腰に手を回した。途中躓いて転けないように手も添えている。自分の好みでああもわかりやすく態度を変える人間がこの国の王だなんて、唖然としてしまう。
周りにいた人たちもぞろぞろと王の後を付いて行く。その場に残ったのは私と一緒に巡礼に行っていたセシルさんと神官の人たち、そしてリクだ。彼らは誰一人として納得している顔ではなかった。
「……荷物を取りに行ってきます」
「待ってくださいサヤ、俺がもう一度王に進言を」
「駄目っ……そしたらリクが何か酷いことをされるかもしれない! 私はそれが嫌なの……」
「サヤ……」
震える手にリクが自分の手をそっと添えてくれる。その優しさだけで十分。あんな王のせいで散々な思いをさせられて、決して泣くまいと思っていても視界がじんわりと滲んでしまう。
「……申し訳ございません、サヤ様……貴女を守ることができず……」
「いいえ、セシルさんも悪くはありません。私に色々と教えてくださって、ありがとうございました」
「申し訳ございませんッ……!」
セシルさんだけではなく神官の人たちまでも私に頭を下げて、急いで頭を上げるように言ったけれど誰も上げてはくれなかった。彼らの気持ちがひしひしと伝わってきて、痛いほどわかってしまう。やるせないのはきっと私だけじゃない。もしかしたら私以上にそんな気持ちになっているのは彼らなのかもしれない。
私もセシルさんと神官の人たち、そしてリクに一礼して急いで聖女の部屋へと荷物を取りに行く。とは言っても突然この世界に召喚させられたから持っているものは少なかった。財布に携帯、その他の小物。この世界で役に立てるとは思えないものだけれど、それでも何も持って行かないよりもマシに思えた。
門のところに戻ればすでにそこには誰もいなかった。本当に、私って追い出されるんだと乾いた笑いしか出てこない。何でこうも、理不尽な思いをさせられているんだろう。
「サヤ」
声が聞こえて振り返る。彼はいつも通り優しい表情をしていたけれど、少しだけ悲しげに歪められている。リクは私に歩み寄ると目の前に立ち止まり、私の手を取る。そこに乗せられたのは小さな紙切れだった。
「隣国であるフェネクス国に向かってください。どの国よりもそこは安全なはずです」
「リク……」
「ここに書かれている宿屋の主人を頼ってください。俺の知人です。きっとサヤの手助けをしてくれるはずです」
「……ごめんね、わざわざここまでしてくれて……」
「……この程度のことしかできなくて、申し訳ない」
リクは徐ろに自分の首の後ろに手を回すと、少し動かして何かを取り出した。そしてそれを持ったまま今度は私の首の後ろに手を回す。小さくカチリと鳴る音が聞こえた。
「これは……?」
「お守りです。サブノック国は霧が濃く、魔物に遭遇する確率も高いです。なのでそれを身につけておいてください。きっとサヤを守ってくれるはずです」
リクが身につけていたということは、それなりに大切なものなんじゃないかって慌てて顔を上げた。でもリクはいつも通り穏やかに微笑むだけ。彼の善意を無駄にしたくなくて、私は大人しくネックレスを握りしめて首を縦に振った。
「ありがとう、リク」
せめて彼には笑顔でお礼を告げたい。顔を上げて、パッと笑顔を浮かべる。リクの笑顔に見守られて、私は城から出て行った。
不安だ。不安しかない。この世界が未だにどういったものなのかわからない部分の方が多いし、リクの言っていた『フェネクス国』というものもどういうところなのか想像できない。リクは安全だと言っていたけれど、また追い出されてしまったらどうしよう。
「この世界って……理不尽なことばっかり」
いや、それは元にいた世界だってそうだ。サブノック国の王が前に務めていた会社の上司にそっくりで胃がムカムカとした。元の世界だったら「勝手に滅んでしまえ!」と叫んでいたかもしれない。
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