第11話 ディナーにて
会長に連れられてきたのは最上階の一室、おそらくスイートルームの一つなのだろう。
角部屋の夜景は綺麗で、宝石を散りばめた美しさに非日常を意識させられ緊張感が増す。
「着替えてきます」
琴乃さんは、そう言って部屋の奥へと消えた。その言葉でやっとルーム内に他の部屋があることに気が付いた。
すげぇ!
こんな豪華な部屋は初めてだし、2度と訪れることは無いだろうな。
お上りさんよろしく、キョロキョロと部屋の中を見回す僕を見て、会長が微笑んでいる。
年相応の行動が出たからだろか?
あまりにも年齢と立場が違っていたから、やっと本来の僕を見てもらえたように思える。
だが、素直に恥ずかしい。
「さあ、席に座ろう。どうぞ、好きなところに座りなさい。こちらなら夜景が見えるから、ここに琴乃と並んで座ってもらおう」
そう決められると、すげぇイケメンのボーイさんから椅子を引かれ、座るように促された。
席に座ると同時に今度は美少女なメイドさんから、ワイングラスみたいなグラスにお冷?が注がれたのでやっと喉が渇いていることに気づいた。
やはり会長の趣味はいい。
そこは僕も尊敬する。
すげぇイケメンと美少女のメイドさん。
この2人が超絶素晴らしい!
この部屋の調度もたぶん良いものばかりだろうな。知らんけど。
そうこうしている内に琴乃さんが横に座った。
チラリと横を見ると、艶やかな青を基調としたチャイナドレスを着ている。
珍しい!
彼女の趣味だろうか?
「お綺麗ですね」
「ありがとう」
間髪いれず、着替えた琴乃さんを褒めた。
多少は喜んでもらえたみたいだ。
平然としているようだが、少しだけ琴乃さんの口角が上がる。
僕の中で人を褒めるのは当たり前となっている。当然のマナーであり、それをしなかった時は嫌な気持ちにまでなる。
身体に染み込んだ作法なのだ。
おねぇからの躾で最も重要視されていることの一つであり、僕らが生活していく上で必要なスキルだったからだ。
着替えのあと、美容院に行ったあと、手料理を振る舞われたあと、楽器の演奏を聴いたあと、絵画を見せてもらったあと、他にも褒めるタイミングは沢山ある。
とにかく女性には、必ずことあるごとに褒めろとおねぇから躾けられている。
だが、近頃は、これを真理だと思うようになってきた。
社内には女性が多いこともあり、それがとても役に立っていると実感しているし、コミュニケーションも上手くいく。
それでいて、お互いのモチベーションも上がるから一石二鳥の効果が得られている。
「これってね、ホントは私の趣味じゃないけど葵くんが喜んでくれるなら良かったわ」
ポツリと小さな声で琴乃さんが囁いた。
「えっ、誰の趣味なんですか?」
琴乃さんに顔を向けて聞いてみると、少し顔が赤い。その顔がチラリと見た先にはメイド服の美少女がいた。
「あの子だよ。非日常にすると効果あるってね」
「何の効果ですか?」
「……さて、なんだろうね」
顔を逸らし、んふふ、っと琴乃さんが微笑むのは反則だよな。
いきなりドキっとしてしまうじゃないか。
普段から自分の感情を抑えているというのに。
鋼鉄のメンタルがアルミや木切れにまで低下してしまうよ。
チラッと美少女メイドさんを一瞥すると、優雅に微笑む。
これは知能犯だな。
きっと琴乃さんと画策していた可能性がある。
なら、イケメンさんもメイドさんも計算されたものなのかも知れない。
頭の中で罠の可能性を考えながらも次々と運ばれてくる料理に目を奪われる。
普通なら順番なはずだが?
訝しむ顔を察したのか、琴乃さんから会長の指示だと説明された。
なんでも、時間が無い時にはメインディッシュに行く前に時間となることも多いからだそうだ。
確かに前菜で食事が中断されるなら次の仕事に集中できない。
なるほど!
そうは思えど、どう指示すればいいのかわからない。
「琴乃さん、僕もあなたと同じものをお願いします」
「はい、わかりました」
琴乃さんが手を上げるとイケメンボーイさんが琴乃さんに耳を傾け、無言で頭を下げると、背後に控えている料理人に伝えている。
さまになってるよな。
ふつーにすげぇ。
非日常過ぎて食事どころでは無いのだけれどもな。
そんな卑屈な気持ちになっているところで、会長から声が掛けられた。
「佐藤くん、君の発言は見事だったよ。さすがは琴乃が推す人物と言える。このまま期待しているよ」
にこやかな言葉に他意は無いようだ。
「ありがとうございます。少し出しゃばりました」
一応、謙遜して返事をする。
日本人の美徳というヤツにならうのみ。
「では、料理を楽しみながら本題に入る」
えっ、本題ってなに?
横を向くと琴乃さんは知らんぷり。
なんか嫌な予感。
「佐藤くん、本日の会議に参加した君の感想を聞かせてほしい」
「あーっと、みなさん、さすがですね。堂々とされていて、社長然とされているし、圧倒されました」
言葉を選んで、さらりとかわす。
間違いをおかしてないか、自然と額に汗が滲む。
しかし、会長の顔から柔和な表情が消えている。
あーあ、間違えてしまったか?
おねぇ、ごめんなさい。
心の中で真香に謝り、テーブルの下で十字を切った。
いや、キリスト教ではないけどね。
しばらく、重苦しい沈黙が続き、僕も背筋を伸ばして会長からの叱責を受ける態勢となっていた。
「これはここだけの話として聞いてくれ。現在、うちのグループは経営危機の岐路にある。まだ間に合うのだが、早く対処が必要だ。だからこそ、君のような若い者の忌憚のない意見を述べてほしい」
そう言って、会長は両手をテーブルの上に置いて、僕の方に向き直り頭を下げた。
唖然としていると、横にいる琴乃さんも会長にあわせて頭を下げた。
しーんとした静けさと目の前の出来事に思わず唾を飲み込む。
風祭さん親子にここまでさせて、何も答えないとは人として…ということだよな。
「おふたりとも頭を上げてください。これは僕の個人的な意見ですが、参考になるならば」
そう言って、僕はグラスの水を一口飲んで立ち上がった。
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