第9話 最高責任者会議

 僕は水曜日の18時半 Wベイホテルの前に立っていた。


 スーツで来たかったのだが、学校からは電車を乗り換え、着替えを持ち歩くのはかさばるし、そもそも学校までは持ち込みたく無い。

 それで制服のままの到着となった。

 しかしながら、学生服では場違いなのもわかっている。だからちゃんと考えて、準備はしている。


 まあ、自分で用意は無理だから、おねぇにホテルに連絡してもらい、レンタルスーツにホテルで買えるカッターシャツとネクタイを手配してもらっていたのだ。

 それを試着室で身に付けたのは、約束の時間の10分程度前のこと。


 受付に招待状を見せると、フロアマネージャーがいそいそとやってきて、ついてくるようにと指示があった旨をやんわりと伝えられた。

 仕方なく、フロアマネージャーの後に続くと、ある扉の前で止まり、扉の前に立つホテルマンに目配せして開けるようにと促した。

 控えめなノックに続き、両開きの扉の左側だけを開けて中に入るようにジェスチャーで教えられる。


 扉の中は明る過ぎず、それでいて暗くも無かった。

 楕円形の円卓には高級感溢れるスーツ姿の初老の方から30代半と言った面々が座っている。

 これは、食事ではないな。

 なんだ?会議か?

 右手にスクリーンがあり、パワポの資料が映し出されている。


 ……これってダメなやつじゃん。

 楕円形の円卓の中心には風祭親娘がニコニコしながら僕を見ている。

 またも、ハメやがったな!!


 怒りを覚えるより先に眩暈に襲われクラクラする。


 琴乃さんの隣の席が空いているのは偶然ではないのだろう。


 入口で直立していると、スーツ姿の妙齢の女性から案内された。

 あの、空いている席に。


「では、皆に紹介しよう。琴乃、お前が紹介しなさい」


 琴乃さんから立ち上がるように小声で促されると同時に琴乃さんも立ち上がった。

 物おじせずに一礼する姿は場馴れしているだけではない。

 かなりの度胸である。


「えー、会長からこの方のご紹介という役目を仰せつかりました。私のことはご存じと思われますが、本日は筆頭株主であるお婆さまの代理としてきております。どうぞ、よろしくお願いします。

 さて、私の隣りに来られた方は、私が専務取締役として勤務している手紙屋本舗の代表者で御座います。将来、風祭グループを率いる可能性のある方ですので、以後、お見知りおきください。あと、風祭グループの中では孫会社という位置ではありません。規模は小さいですけど皆さま方と同等の直系企業となります。しかも、お婆さまも期待している、と申し添えます」


 サラリとスゲェことを言い放った後、チラッと僕を見やり、自己紹介するように促した。


 また、ザワザワと多少の喧騒が聞こえたが、それも一時のことだった。

 この場での振舞いで将来が変わる可能性もあるからだ。

 計算高いのか、単に臆病なのか。


「えー、ただいま風祭琴乃様から紹介されました、佐藤 葵と申します。私がここにいるのは、自分でも場違いと感じていますが、会長からのお誘いでしたのでお受けしました。ご不快な方もおられるかも知れませんが、どうか一時の間、ご容赦ください」


 ……しーん。


 つ、つらい。


 なーんもリアクションないし、なんなら泣きそうだよ。


「はい、ありがとうございました」


 パチパチと拍手して声をかけてくれたのは琴乃さんと、横の琴乃パパだ。


 さすがに会長が拍手している中、無視は出来ず、まばらな拍手が始まり、一拍おいて盛大な拍手となった。


 強引がすぎる!

 心の中でそう思いながら、あたふたと頭を下げて席に座る。

 緊張して、逸した椅子に座るタイミングを察してチャンスを作ってくれた。


 その後、会長が続きを促し会議は続いた。

 琴乃さんから、この会議は最高責任者会議という経営状況の報告と課題、今後の経営方針を決めるものと教えられた。


 しかし、全てがパワポでの部下からの説明動画の投影で、初めは暗がりでわからなかったが、各人の背後に折り畳み椅子に座る部下らしき人影が見えた。

 たぶん、質問などに備えてのことだろう。

 一通り済むと、僕に出番がやって来た。


 えっ、聞いてないぞ!

 驚く僕を横目で捉え、ニコリと微笑む琴乃さん。

 映し出されたパワポの画像をレーザーポインタで示しながら自らが説明を行った。

 業績から人員確保の問題、これからの展望にはファンシー部門でのオリジナル商品の開発と別部門まで検討中というところで報告が終わった。


 他社に比べ、売上は桁数が3から4は違う。

 周りの社長連中も失笑しているのが見てとれるのだが、琴乃さんもそんな人達を見ながら一瞬だがニヤリと不敵な顔をのぞかせた。


「さて、ご質問はありますか?」


 他社では質問など無かったのだが、ポツリポツリと手があがる。


 会長が指名して、重工場の代表者から質問された。

 いや、意見と言ってもいい。


「売上の伸びは、素晴らしいですね。しかし、我らの売上とは比べるに値しない。他の風祭グループの傘下企業と比べてもね。これから、我々と肩を並べられるのでしょうか?」


 質問の内容があんまりな内容であったため、会議室の雰囲気がガラリと変わり、重い雰囲気に包まれ、話し声も無く静かになった。


 静かになった会議室の中、誰かの咳払いが聞こえ、タブレットの資料と睨めっこしていた琴乃さんが立ちあがろうとするのが見えた。


 僕も頭の中の整理ができたので、立ち上がり、彼女の華奢な肩をおさえた。

 整った顔が心配そうに僕を見つめている。


 その顔に小さく頷き、一呼吸息を吸うと落ち着いた。


「ただいまのご質問ですが、我が社としては幅広い年齢層でのユーザーの獲得、ファンシー部門の海外展開などを行うことで、国内外問わず、活躍の場が広がる可能性を秘めております。本業の手紙文の作成では、日本語のみならず、英語やフランス語、中国語での利用を今年度から開始し、他の言語も取り入れ更なるサービスの拡大及び向上を図りっております。もちろん、利用者も増加しており、現在は優良な人材確保を推進しています。なにより我が社の強みは他社に比べ過度な設備投資は必要ないことです。ネット環境さえあれば仕事が可能であり、学生や主婦など幅の広い人材確保が可能と見越しており、在宅で働いてもらうことで社屋をコンパクトにし、通勤費用やアメニティー費など様々な費用が抑えられます。また、これからは純利益率は加速度的に増加する見込みです。将来的には、ここにおられる皆さまに恥じない程度の売上に達するでしょう。しかしながら本日は急遽の招集ですので、バックデータや根拠資料をお見せ出来ないことはお詫びします」


 ふぅ。

 息を吐きながら席に着くと、隣りの琴乃さんから小さな拍手のジェスチャーがあり、満面の笑顔を向けられた。

 不覚にも少しドキりとしてしまう。


 会議室中は再び静かさが戻り、再度の質問に緊張するが、それは無かった。


 これ以上は琴乃さんが出張る可能性もあり、心象を悪くさせることにつながると思ったからだろうけど本当に良かった。


 その後の会議の中身は覚えていない。


 一時間程度でお開きとなり、僕は会長に連れられて最上階の部屋に琴乃さんともども連行された。

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