第8話 五里霧中なり。
ううっ、まずい。
あー、まずいー!
手紙屋本舗の筆頭株主は、風祭グループの会社が握っている。
つまり、僕は株主総会で降ろされる可能性もあり、しかも風祭さん本人から直接的な攻撃や凄い口撃がなされるかも知れない。
単に間違えたでは済まないだろう。
明日は退任を覚悟しないといけない。
そう考えながら画面を見るが、良い文が頭に浮かばない。
こんな環境の中、僕はお得意様、つまり常連さんの対応にのみ集中するが、無駄な時間だけが過ぎるという結果になった。
不本意ながらも、他の創設メンバーにお願いする事態で間に合った。
これは恥ずべきことであり、今後は有り得ない手段だが、みんなからは同情の目で生暖かいコメントが寄せられた。
「どんまい。女の子のパパって、そんなとこあるからめげずにアピること!」
いや、勘違いしてないか?
風祭さんとの交際とか考えてないし。
「手ぶらはまずいよ。ここは有名なデパートのお菓子持参は最低限のご挨拶だよ!次は忘れないようにw」
挨拶なんてかんがえてねーよ。
草なんてはやすんじゃない!
「琴乃がうまくやるから大丈夫だよ。あんたは主夫の勉強すればいいからねwww」
何で主夫なんだ?
それに草はやすなっ!
増えてるし。
「逆玉じゃない。死ぬ気で頑張れ!あと奢れー。笑いwwwwwwww」
くぅー、他人事と思いって楽しんでやがる。
やだよ、年上の女って!!
はぁ。
ため息が出た。
悩み事なのに、みんなからは弄るネタでしかない。
だが、公私を分けての行動なのだから、何らかの影響があるかも知れない。
最大の株主ではあるし、それこそ風祭さんの親ということだけで影響力が半端ない。
さあ、どうしよう。
これぞ、まな板の上のなんとかだな。
ぁぉぃ、おーぃ。
コンっと軽い音がして頭を叩かれる。
顔を上げると、姉がいた。
「あおいくん? 大丈夫?」
「あっ、副社長? どうしてここに」
机がある作業ブースに副社長である姉がやってくるのは特別なことだ。
ここは風祭さんの縄張というか、ファンシー部門担当の姉とは対局の部署になるからだ。
「カーテン閉めるね」
そう言うと、ロールカーテンを閉めて他からは見えないようにした後、先程僕この頭を叩たいたファイルケースから手紙を出した。
「これ、琴乃のお父様からあなた宛だそうよ」
「えーっと、副社長はこの前のことは風祭さんから聞いてます?」
「もちろん、逐一ね。他の役員とは違うよ、私は琴乃の親友だもん。だからこれは、本来の琴乃から頼まれたの。自分から渡せないって、珍しく落ち込んでたわよ。少し楽しい状況だけど、こじられてもらうと困るから、適当にカタをつけなさい」
そう言って差し出された封筒はまるで結婚式の招待状みたいなものであった。
「なあ、おねえ? この中みた?」
「うんにゃ、見てない。でもね、ちゃんと読みなさい。琴乃と琴乃のお父様からの気持ちは見えると思う。それをあんたがどう思うかは別だし、この会社のために犠牲になる必要もない。君の気持ちに真っ直ぐ進め。これはお姉ちゃんからね」
いつになく、真剣な姉が優しく微笑みながらも頭を撫でる。
ずっと、その行動は僕を前進させてくれていたものだ。
つまり、岐路であるのだろう。
姉の仕草で思い立つ。
「おねぇ、僕は、まだ、わからん」
「そっか、なら一つだけ。琴乃は嫌い?」
「それも、わからん。けど、だけど、嫌いな訳はない」
「んっ、それで十分だと思うよ」
「……………ありがとう」
ふふふっ、と漏らしながら姉は僕のブースから出て行った。
そして、封筒を開けると、それは夕食の招待状が入っていた。
次の水曜日にWベイホテルのでの夕食にご招待します。
フロントにこれをお見せください。
当時は、ラフな姿でお越しください。
お姉様もご一緒して頂けたら幸いです。
おねぇにも来てもらいたいのか?
なら、そちらがいいな。
早速、姉にチャットすると、姉からの返事は無理とのことだった。
なら、一人でいいや。
『ごめん、会社潰れそうなら僕は引退するから、あとはよろしく!」
『そう、その時はその時だし、琴乃を信じなさい!』
……風祭さんを信じる?
それの意味は?
僕に関係するのだろうか?
姉は、おねぇは、これからのことを読んでいるのだろうか?
たまにしか本気を出さない姉だが、誰よりも先を読むことを得意としている。
まるで超能力者かと思うほど、未来を当ててきた実績がある。
あの人抜きでは、この会社もここまで発展しなかっただろう。
そう言う意味では、僕より最適な経営者だと思う。
みなも、そう思っている筈だが、何故に僕が社長なのだろうか??
頭を何度も捻りながらも答えは見つからない。
仕方なしに、招待には一人で行くことを風祭さんあてに返信して退社する。
いつもは開放感が半端無いのに、今日だけは切り替えがうまく出来ずに電車に揺られる自分を再度認識し、あらためて気分を切り替えるべくワイヤレスイアホンを両耳に突っ込んで、お気に入りの歌に耳を傾けた。
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