『白き胡蝶蘭の姫君』 泣き虫の第三王女は美男子達に囲まれて後世に名を残す女王になる……のか? 

くろねこ教授

第1話 ファレノプシス・アフロディテ

ファレノプシス・アフロディテ。

天然で簡単には育たない、温室で愛情と手間をかけてやる事で育つ胡蝶蘭。

蝶が舞っているように見える事からファレノプシス、そう名付けられたのだと言う。

そして中でも白い花をつけるモノを『ファレノプシス・アフロディテ』そう呼ぶ。


胡蝶蘭、その花言葉は『幸福』であり、『幸福をもたらす』でもある。

特に白い花ならば『純粋』そして『高貴な』が加わる。


だけど。

このローランド王国で『ファレノプシス・アフロディテ』そう言った時に、花の事を呼んだのだと思う国民はいないだろう。

王国民ならば全員思い浮かべる女性がいるのだ。






エスクラード・リベラは見惚れていた。


高い位置に座る女性。


近い距離では無い。

現在の彼の立場ではそれ以上近付く事など出来はしない。

彼は大使一行の一員、下っ端の随行員でしかない。

この国の女王に近づくなど有り得ない。


それでも分かる。

高貴なオーラと美貌。

人を抑えつけるような圧迫感の有るそれでは無い。

寛容と優しさ。

その姿を見るだけで幸せが訪れるような、そんな花のような女性。



「あの方が『ファレノプシス・アフロディテ』

 白き胡蝶蘭の姫君」


「正に噂通りの美しさ。

 プラチナブロンドのウェーブヘアーに真っ白な肌。

 シミ一つ無いではないか」

「美しいだけでない。

 あの瞳に輝く理知の光。

 こちらの説明を即座に理解される頭脳」


「まだ17歳に過ぎない少女が女王に即位するなど、なんの冗談かと思ったが」

「あの女性なら納得するしか無いな」


エスクラードが紛れ込んだのは小国の大使の一行。

その大使の親戚を名乗り、随行の下っ端として入り込んでいた。


大使自身に逆らう事は出来ない。

すでに娘を人質に取られている。


一時自分の役目を忘れ、対象に見惚れてしまったエスクラード。

だが我に返れば周囲の人間達も全く同じ。

女王に見惚れているのだ。

自分が怪しまれる事は無い。


その大使は現在、前に進み出て女王に挨拶をしている。

女王即位の祝いと自国の立場を訴えている。


ローランド王国は大国の一つと言えるが盤石では無い。

北方に鉱山を持ち、武力に勝るヘイルダム。

東方のがめついクイントン連合国。

この二つに挟まれ恐ろしく際どい立場である。

国境沿いでは武力による小競り合いも起きている。


付近の小国としては比較的付き合い易いローランドが優勢になってくれる方がマシではある。

故に力を貸しても構わない。

だが、戦況がどう出るか見極めなければ気安く軍を差し出せる筈も無い。


そんな事を美辞麗句を交えつつ語る大使。

持って回った言い回しも多く、普通の一般人では簡単には理解出来ないだろう。

エスクラードは状況と小国の本音を学習している。

だから大使の言っている事がおおよそ分かる。

それでも貴族の慣用句なのか、理解出来ないような言い回しも多く、付いて行けない部分もある。


しかし女性は言葉を遮る事も無く、一度の質問さえする事無く静かに聞いている。

その澄んだ瞳を見れば分かる。

言葉の内容だけで無く、その裏さえも全て読み通しているのだろう。



「素晴らしいお話でしたわ」


女性が立ち上がって、優雅に微笑む。


「ははー、ありがとうございます。

 クリスティーナ女王」


そう言って大使が下がる。

周囲に合わせてエスクラードも頭を下げる。



女王を観察する。

スタイルの良さを際立たせはするが、肌の露出などさせはしないドレス。

高貴な女性にしてはアクセサリーは少ない。

ゴテゴテした飾り付けをしなくても、主人は美しい。

下品な飾りは必要無いと言う事か。

まさしく。

ローランド王国の女王に似合っている。


当然とも言えるが武器などは持っていない。

値が張る衣服なのは間違いないが、防御力を持つ特殊な布などでは無いだろう。

おそらく防御魔法などの仕掛けも無いと見た。


問題は護衛だ。


女王の後ろには近衛兵。

白く塗られた揃いの鎧。

武器は持っていない。


王宮では武器の携帯は禁止。

外国の大使であろうが、刃物は全て取り上げられる。

自国の兵隊も取り上げているのだ。

どんなお偉いさん、たとえ諸外国の王族が来ても従ってもらう。

その為のアピールだろう。


この兵士たちは見てくれだけの飾りのような兵隊。

大した腕ではあるまい。


その脇に居る革鎧を着た男。

30代くらいであろうか。

40はいっていないだろう、身体に精気が漲っている。

アレは要注意。

出来る。

普通の護衛などでは有り得ない。

本物の修羅場をくぐって来た者だけが持つ危険な香り。


女王の脇に立つ若い男。

成人年齢18になって間もないであろう。

摂政のパーシヴァルだった筈。

重要な役どころにしては若い。

文官なのだろう。

細身の体は見た目に優雅だが、荒事などには向いていない。



小国の大使一行はザワザワしながら謁見の間を出ていく。

まだクリスティーナ女王に気を取られている者も多い。


女王の方向に目を向けるエスクラードもその様に見えたはずだ。

彼が気にしているのがその周囲の護衛たちとまで見抜く者はいない。


最後にエスクラードは少し、彼の標的に視線を投げる。

遠目にも美しい。


クリスティーナ・ローランド。

全ローランド国民が愛する女王。

17歳にして、ローランド王国の女王の座に就いた少女。

白き胡蝶蘭の姫君、『ファレノプシス・アフロディテ』と呼ばれる女性。


それが彼の標的。

それが暗殺者エスクラード・リベラの標的であった。





大使一行が退出して。

扉が閉まって。

自国の人間以外、謁見の間には誰もいないのを確認して。

少女はピンと張った姿勢、顔に笑顔を浮かべる表情筋の力を抜く。



「ご苦労様、クリス」


摂政のパーシヴァルは玉座に近付いて声をかける。

しかし、その玉座にすでに17歳の女王は座っていない。


「あれっ?!

 クリス、何処いったのさ」


パーシヴァルは女王を探して、キョロキョロと辺りを見回す。

と。

男が指を指す。

この白や銀で飾られた城内では異彩を放つ、黒の革鎧を着た戦士。

傷の有る頬の下で口をニヤリと笑みの形にしている。

女王直属の護衛ヴォルティガンだ。

パーシヴァルはもっときれいな鎧を選んでくれと何度も言っているのだが、全く鎧を替える様子が無い。



「姫さん、かくれんぼかよ」


ヴォルティガンの視線を辿ってみると、玉座の後ろ。

獣の意匠を施されたローランド王国に伝わる玉座。

その裏側でうずくまっていた少女をパーシヴァルは発見する。


「何やってんのさ、クリス」


「いやー。

 もうやー。

 女王なんてホントにやなのー」


パーシヴァルに向かって俯いていた顔を上げると。

既にその目にはデッカイ涙が溜まってる。

さっきまでの高貴なオーラはドコへやら。

ダダを捏ねる幼女。

そうとしか言いようが無い様子なのである。


これがクリス。

クリスティーナ・ローランド。

全国民が愛する女王。

17歳にして女王の座に就いた少女。

白き胡蝶蘭の姫君、『ファレノプシス・アフロディテ』と呼ばれる女性なのであった。

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