第27話 ひきこもり、仕事を見付ける

「最近の病院は、至れり尽くせりだな」


 俺は一階のコンビニで、品揃えの充実した棚から夕食を選ぶ。何かの理由でこの病院に運ばれても、お金さえ持って入れば、必要な入院道具が全部そろえられることに、時間ときの経過を思い知らされた。


 身体だけは丈夫だったので、両親が死んでから病院と縁がない生活が続いていた。うん十年ぶりの病院は、寿司詰めの大部屋がなくなり、各ベッドには当たり前のように、テレビが備え付けられていた。ただ、もの申すなら、テレビを見るのにテレビカードを使わせて、高い金を取るのは如何なものかと……。TV機器が格安になった時代において、足元を見た姑息な商売と言わざるを得ない。


 ナースは看護師になり、紙の問診票がタブレットに変わっている。そして患者の手首には、リストバンドが装着され、バーコードで管理されていた。俺も健ちゃんと同様に、浦島太郎の気分をこの病院で味わっていた。



 ――――病院食を食べ終えた健ちゃんが、重い口を開く。


「バルザ王国に召還されたのは、僕だけじゃなかったんだ……。この病院で診察を受けている最中に、そのことを思い出したの……。僕の前に何人もの地球の人たちが、勇者として召還されていた……。勇者の資格がなければ、地球の情報を引き出して、用が無くなれば簡単に捨てる。そうした非道を彼らは繰り返し行っていた……異世界に勇者を呼んだ理由は、魔族討伐ではあったが、アンディ王はこの世界を手に入れる野望を持っている。それを達成するために、は二十年以上の間、地球に対抗するための布石を着々と打ってきている……」


「これだけ武器や科学が発達している世界で、槍や刀が通じる訳もないし、心配しすぎだと思うけどな」


 彼の言うことは、にわかに信じがたいことであった。だからといって、この場で彼が嘘をつくはずもない……。


「かの国には魔法があるよ! 魔法は使い方によっては、科学を凌駕する! こちらの世界の情報がなければ、地球の兵器は無敵だけど、その武器の情報を知って戦えば、大国だって苦戦するはずだよ」


 俺の心を見透かしたかのように、健ちゃんは声を荒げて説明する。


「確かに……ラノベみたいに自衛隊が、異世界で無双出来るのは、相手がこちらの武器を全く知らないので大敗するという、初見殺しのストーリー が大半だよな。もし大型魔法を打てる魔法使いが一人でもいたら、地上部隊が魔法一発で殲滅なんてありだな」


 健ちゃんの言葉に、俺もうなずいて同意を示した。


「僕もアンディ王が直ぐにに、この世界に来るとは思わないけど、彼が僕を殺して魔王の魔石を狙っていたのは事実なんだ。そんな大切なことを忘れていた自分が恥ずかしいよ……」


 健ちゃんは小さくため息をついた。


「全部の責任を、一人で背負うことはないよ。俺たちは平和な日本育ちの人間なんだし。彼らが攻めてくれば、上に立つ人たちも馬鹿じゃないさ」


 ベッドに座っている健ちゃんの両肩に、ぽんと軽く手を置く。


「でも……僕は知らない振りは出来ないよ……」


 哀しそうな顔をした健ちゃんは、口の中で消え入る言葉を絞り出した。


 俺はしばし腕組みをして考える。そして、すうっと息を吸い込んで――


「そうだ! 世界に向けて危険を啓蒙するユーチュ-ブを立ち上げてみるということで、手を打たないか?」


 静かな病室で、運命の分岐点が誕生した――


「ユーチュ-ブ???」


 全く知らない単語の出現に、健ちゃんは首をひねった。


「まあ、俺に任せて健ちゃんは、この病院でラノベでも読んで、ゆっくりしていてくれ!」


 俺はニイッと白い歯を見せた。


「また遊びにくるわ!」


 丸椅子から立ち上がり、彼に別れの挨拶をする。


「――いつも助けてくれて、ありがとう」


 あまりにも小さな声に、健ちゃんの言葉は俺の耳には届かなかった。けれども、自分の心には、聞こえなかったはずの彼の思いがしっかりと届いていた。


 そんな雰囲気の中で『健ちゃん自身が、異世界人と戦う選択は出来ないのか?』と、もう一人の俺は、を彼に言い出すことが出来なかった……。

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