第2話 引きこもり、朝に起こされる
中学の友人と遊んでいる――ドンドンという玄関の扉を叩く音に起こされて、それが夢だと気が付いた。ほとんど呼び鈴が鳴らない生活をしているので、昼過ぎに我が家に訪れる人など一人しかいない。夜行性だと言ってたのを、無視されたので少しだけイラッとした。階段を下り玄関の扉を開くと、俺を見て真っ赤な顔をした女性が立っていた。
「ご、ごめんなさい!」
女は深々と頭を下げて謝った。何故、俺に謝るのかと訝しむと、Tシャツの下は真っ赤なボクサーパンツ一枚で、対応していることに気が付いた。十代の時の自分なら慌てもしだが、そんな時代はとっくに過去ってしまっている。何事も無かった様な顔をして二階に戻り、ジーパンを履き直してから彼女に挨拶した。
「悪かったな……で、うちに何のよう?」
ぶっきらぼうな態度で、見ず知らずの訪問客に声を掛けた。
「ああ……お
彼女の顔を見ても、何処の誰だか全く分からない。それを察した彼女は自己紹介をした。
「薫です! 佐川健二の妹です」
そう言って、もう一度ぺこりとお辞儀をした。
「か、薫ちゃん!? 」
俺が知ってる薫ちゃんとは幼い顔つきをした、まだ年端も行かぬおかっぱ頭の娘であった。しかし、俺の前に立っている人物は、ナチュラルなローポニーテールの髪型をした、二十代ぐらいのうら若き女性であった。
「お兄ちゃんがああなのは、知っていますよね」
声を出さずに頷いた。
「私たちもお兄ちゃんが帰って来てくれただけで良かったんです……お母さんも私も容姿や、失踪理由には全く触れずに過ごしていたんです……」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「母が何処で何をして暮らしていたかって、聞いちゃったんです。すると兄が突然暴れだし……でも警察を呼ぶことも出来ないから、ある程度の事情を知っている今泉さんに、お兄を助けて欲しくって」
薫は真っ青な顔をして、俺に懇願する。
「えっ!? 健ちゃんが暴れているって……」
「はい、何かに当たるように物を投げ散らかして、私たちの言葉を聞き入れてくれなくて……」
「とりあえず、健ちゃんの家に行くから心配するな」
俺は彼女を置いたまま、サンダルを履いて家から飛び出した。もちろん健ちゃんの家に行くために……。
彼の家を訪れたのは十六年以上も前だというのに、呼び鈴も鳴らさず飛び込んだ。部屋の中には、下を向いて咆哮する
部屋の中は泥棒に荒らされたかのように荷物が散乱しており、ひっくり返ったテーブルの横で健ちゃんは頭を抱え号泣していた。俺は震えている健ちゃんの身体を強く抱きしめる。見た目では全く分からなかったが、彼の身体はガチガチの筋肉の塊だった。俺も運動はしていないが、かなりの筋肉質な体型で、身長百八十センチの木偶の坊のはずが完全に力負けしている。いや、俺は健ちゃんが力をセーブしていると強く感じ取った。
「何があったかしらんけどよ……母ちゃんに心配かけたのは事実だし、怒りを爆発させても何の解決もせんことを判ってるだろ。落ち着けとは言わんよ、でも安心しろ誰も健ちゃんを
徐々に彼から力が抜けていくのが判る。咆哮から嗚咽に変わる。
健ちゃんの母親は、この様子を呆然と見つめていた。
「おばさん……突然家に侵入したことは後で謝るから、暫くの間俺たちを二人にしてくれないか」
叔母さんはコクリと頷き、俺に頭を深々と下げて部屋から出て行った。
「まこちゃんゴメンね……こんなみっともない僕で」
小学生みたいにしゃくり上げながら泣き続ける。
「健ちゃんてさぁ、中高までサッカーの上手いイケメン扱いだったけど小学校はいつも女の子に泣かされて、こんな泣き方してたよな。泣かされた理由も笑っちゃうけど、毎回告白されて断ってただけだもんな。当時は女の子と喋るだけで、男子につるし上げくらう時代だったし当然なんだけど、泣かされるのは笑っちゃうわ」
「うるさい。まこちゃんも偽ラブレター貰って浮かれて、後で号泣したことを忘れているよ」
「あの後、二人で悪戯した奴らをぶっ飛ばしてやったよな」
「先生に一時間正座で、説教させられて泣いたよね」
「誰も得しない暴露大会は、そろそろ止めないか」
俺たちは二人して、声を出し笑い合った。
「まこちゃんに、聞いて欲しいことがあるんだ」
佐川健二は神妙な顔つきで、十六年前の出来事を話し出した――
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