勇者の友人はひきこもり

山鳥うずら

第1話 引きこもり、コンビニに行く

 鳴ることを忘れた目覚まし時計が三時を指す。俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋に掛けていたスカジャンを羽織って外に出る。真っ白な吐く息が闇に溶けていく。住宅街を抜けて市道に出ると、法定速度以上で風を切って走るトラックが、歩道すれすれに通り過ぎていく。


 トラックに跳ね飛ばされ異世界に行くことを願うが、もし死ねなくて障害が残ったことを考えると怖くて出来やしない。道なりに十分ほど歩くと、行き付けの青い看板のコンビニに辿り着く。入店音をピコピコと鳴らして店内に入る。


 本棚の前には、まだビニールを被って開封されていない雑誌の束が無造作に並ぶ。店内に入った俺を見た店員は、そのビニールをカッターで破り、何も言わずに週刊少年ジャンプを手渡してくれる。少しだけ頭を下げて雑誌を受け取り、ペヤング焼きそば超特盛りとマミーを購入して店を出る。


 このルーティーンをもう長いあいだ続けていた。大学を卒業して新卒で入った会社を、六年勉めて退社した。大手ではなかったが、同じ規模の会社に転職できずに絶望する。営業職としてあまりにも激務な職場だったので、それなら少し休もうと就活を遅らせたら、ずるずると年月を失った。


 二十代で両親が他界して家を相続していたので、無駄遣いをしなければ直ぐに働かなくても良いぐらいの貯蓄があった。それも引きこもり歴を延ばした要因の一つだった。通帳の残高は、そろそろデッドラインを安算で出来る数字になっている……。

 

 市道を離れ住宅街に入ると、辺りは一挙に静かになり闇が濃くなる。ただ、家々にある玄関先の照明で、つまずいて歩けないほど危険な道ではない。家の近くまで来ると、珍しく前から人が歩いてくる。少し身構えて顔を直視しないようにすれ違う。

  

「まこちゃんだよね!」


 すれ違い様、突然声をかけられた。今泉誠いまいずみまことという名前だが、『まこちゃん』と、あだ名で呼ばれたのは学生時代しかない。訝しげに男を見ると、茶色の皮地で出来た服に、大きなリュックを背負っていた。腰には剣を納める鞘らしき物まで、ぶら下げている怪しいであった。男は俺の目の前まで近づき、ニコニコと笑顔を向けてくる。全く知らない人だと思ったが二度見する。

 

「健ちゃん! 」


 中学の始めまで親友といってもはばからない――――佐川健二さがわけんじだった。懐かしさのあまりお互いの肩を叩き合い、久しぶりの出会いを喜びあった。ただ、冷静になって彼を見ると、佐川健二は姿であった……。


 取りあえず、まだ夜も明けていない道端で話すことはご近所迷惑なので、俺の家に健ちゃんを招き入れた。


「いやー懐かしいよ、此処に来るのも何十年ぶりか!? でも、こんな夜に大丈夫かな?」


「両親は死んじゃったんで平気だぜ」


「すまない……」


「十年近く前のことなので、気にするなよ」


 俺は健ちゃんを自分の部屋に招き入れた。蛍光灯の下、彼の姿が照らされると、身体はかなり汚れており、衣服には泥が染みこんでいた。


「風呂は沸いてないけど、シャワーが使えるので入ってきな」


 着替えとバスタオルを手渡す。


「助かるよ」


 そう言って、浴室に入っていった。


 健ちゃんと俺は家が近かったため、幼稚園から中学校まで一緒につるんで遊ぶ仲であった。高校に入ると彼の部活動が忙しくなり、二人だけで遊ぶことは少なくなった。しかし、偶然会えばゲームやテレビなどの話題を、普通に話せる仲ではあった。


 その彼が、ある日を境に突然居なくなった――


 佐川健二は高校一年の冬、サッカー部の朝練に行くと言って、六時に自宅を出たまま方向不明になった。家出をする理由も全くなかったため、誘拐と事故の線で警察は動いた。マスコミも不可思議な事件として大きく報道した。しかし彼の足取りは全くつかめず、方向不明者の仲間入りになった。


 家族構成は母親と妹の三人暮らしであり、残された家族は、ビラをまいて彼の情報提供を求めた。俺も高校を卒業するまではよく手伝ったが、大学に入学後、徐々に疎遠になっていった。

 

「あ~気持ちよかった! 蛇口から綺麗な水が出るって、こんなに幸せだったんだ」


 下らない冗談をいいながら、健ちゃんが風呂から出てくる。


「ペヤングがあるけど食べるか?」


 俺は出来たてのペヤングを彼に手渡した。


「旨っ! やっぱりペヤングは鉄板だ! けど……ペヤングってこんなサイズだったかな? フタにBigと書いてあったが、もっと小さかった気がするよ」


「それ特盛りだし……もうフタ無いし」


「まじ!? フタが無くてどうやって水を捨てるんだよ」


「ごちゃごちゃ言ってないで、伸びるから早く食え」


 美味しそうにかっ込んでペヤングを食べる幼なじみ。咳き込んだので


「ほら、マミーやるから」


「マミー旨っ! 美味しすぎるよ……」


 彼は少し下を向くと、涙を零していた。


「笑わすなよ! 健ちゃん、流石にマミー飲んでそのリアクションは無いわ~」


 俺はその姿を見て、笑い転げてしまった。


 お互いの現状など気にすることなく、空が白むまで当時の話で盛り上がる。


「悪いけどこの荷物を、全部預かってくれないか」


 そう言って、大きなリュックサックを俺の前に置いた。


「ああいいよ、隣の部屋に置いとくぞ……。いつでも遊びに来て良いが、夜行性になっているので昼は勘弁しろよな」


「了解した」


 俺は彼に服を貸して、玄関で分かれる。


 流石に若返った理由だけは聞けつっこめば良かったと、少しだけ後悔した――

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