ユウキとサクラ

靣音:Monet

A-Side:Pop Rock

「おいっ! まだ終わんねーのかよ!!」


 部室のドアをドンドンと叩きながら、ユウキくんが叫ぶ。


「うっさいなあ、終わったら出るっての! ちょっとは待ってろ!!」


 勢いよく部室から出てきたのはサクラちゃん。ユウキくんをひと睨みしたら、バタンとドアを閉めちゃいました。



 ユウキくんとサクラちゃんは、共に軽音部の部長なのです。


 POPロック部のユウキ部長と、HARDロック部のサクラ部長。もともとは一つの部だったんだけど、数年前二つに分かれてしまったんだとか。


 理由? 音楽性の不一致だって。フフ、まるでプロみたい。



「コハル、まだドラムセット買う金貯まんない? ほんと無駄だわ、毎日のこのやりとり」


 怒りが収まらないユウキくんが言う。

 

 そうそう、私『小山コハル』は軽音部のマネージャー。クラブは二つに分かれているのに、なぜだかマネージャーは両部兼任なのです。


「毎日のお茶代なんかで、なかなか貯まらないんだよね……今の部費のままじゃ、卒業までには無理だなあ」


「そっか……ドラムセットが一つだけってのはホント効率わるいよなあ。しっかし、サクラはいつ出てくんだよ」


 軽音部の部室は隣同士で二つ。ドラムセットがある部屋と無い部屋。部屋を入れ替えるこの時間、毎日この光景を見ることが出来ます。


「ふう。おまたせおまたせ。コハル、お茶ちょうだい!」


 額の汗を拭いながら、サクラちゃんが部室から出てきました。


「お前さあ、15分も過ぎてるんだぜ。ごめんなさいの一言もねえのかよ」


「まあまあユウキくん、ケンカしてたら時間勿体ないですよ。はいはい、次はPOP部はじめますよー」


 そう言って、怒っているユウキくん達をドラムセットのある部室に押し込む。仲裁役もマネージャーの大事な仕事なのです。


 ん? そうだっけ?


「15分くらいでグチグチ言うなよ、ホントちっせー男。あんな奴のどこがいいんだよ、コハルは」


「15分は流石に怒るんじゃない? サクラちゃんは相手が5分遅れたら、めちゃくちゃ怒るじゃん」


 サクラちゃんは「そうだっけ?」と言いながら、私が差し出したお茶をグビグビと一気に飲んじゃいました。



***



 私が軽音部のマネージャーになったのは、高校2年生の秋。


 親の仕事の都合で、2年生の夏休み中にこの高校に転校してきたのです。マネージャーになるキッカケになったのは、秋の文化祭で見たユウキくんのライブでした。


「オリジナルはまだまだ少ないけど、これから増やしていくんで、機会あったらまたライブ見に来てください! じゃ、最後の曲いきます!」


 スピッツのコピー曲の後、最後に演奏したオリジナル曲。


 スピッツを敬愛してやまないユウキくんが作った曲は、隠しきれないスピッツ愛がそこかしこに溢れていた。だけど、高校生らしいまっすぐな歌詞と、ユウキくんの澄んだ声は、コピー曲より私の胸に刺さったんだ。


 そして、悩みに悩んで部室のドアを叩いたのは、ライブから5日後の事。


「こ、こんにちは。今ってマネージャー募集してたりしてますか……?」


「おおおー! 確か、隣の組の転校生だよね? 歓迎歓迎、大歓迎だよ!」


 出迎えてくれたのはサクラちゃんでした。


 サクラちゃんは上級生含め、知らない人はいない程の有名人。真っ赤なショートヘアに沢山のピアス。化粧もしていないのに、顔もとっても可愛いのです。


「あ、ありがとうございます! サクラさんのライブ見ました、すごく格好よかったです!」


「でしょー、ありがとありがと。ってか、敬語とか使わなくていいよ、同い年なのに」


 これが、サクラちゃんとのファーストコンタクト。とても緊張したのを憶えてる。そんな時でも、隣の部室から響くユウキくんの声に、私の耳は奪われていた。



***



「日が落ちるのも早くなったなあ、コハル」


 下校はサクラちゃんと一緒です。夕暮れの中でも、サクラちゃんの真っ赤なショートヘアは一際目立ってます。


「ほんと。文化祭までもうすぐだねえ。サクラちゃんのライブ、ホント楽しみ」


「ケッ、ユウキのバンドの方が好きなくせに。八方美人が」


「もう! すぐ、そういう意地悪な事言うんだから!」


 私がパタパタとサクラちゃんを叩くと、アハハとよく通る声でサクラちゃんは笑った。その時、私のスマホがブルブルと震える。ユウキくんからだ。


「もしもし? 俺、俺。今、サクラと一緒?」


「一緒だよ。どうしたの?」


「三人で話したいんだけどさ、駅前のマックって寄れる?」


「ちょっと待ってね、サクラちゃんに聞いてみる」


 誰? そんな顔をしているサクラちゃん。


「ユウキくんから。マックで三人で話せないか? って」


「ユウキの奢りなら行ってやるって伝えて」


 スマホに耳を戻すと、サクラちゃんの声は聞こえていたようで。


「声デカイなアイツは。OKOK、奢る奢る。じゃ後でマックな」


 私達三人は、マックで落ち合うことになった。




「しっかし、人の奢りだからって遠慮とかないのな、お前は」


 サクラちゃんは、全てがLサイズのフルセットだった。私はアイスカフェラテ。ユウキくんはコーラのSサイズ。


 それでも全然太らないんだね、サクラちゃん。羨ましいよ。


「で、相談ってなに?」


「……んーとさ。文化祭のライブ、ギター弾いてくんない? 俺のバンドで」


「ふぁあ? 川部はどうした? クビにした?」


 ハンバーガーを頬張りながら、サクラちゃんが言う。


「なんでだよ、クビになんかするかよ。あいつ腱鞘炎けんしょうえん患ってるって言っただろ。今日部活休んで、病院で看て貰ったらしいんだけど、当分弾いちゃダメだって言われたらしくて。最後の文化祭だったから、めちゃくちゃ落ち込んでたよ」


「にしても、何でアタシなの。POP部、他にもいるじゃんギター」


「もちろん聞いてみたよ。『ユウキさんのバンド、レベル高いから無理です』とか言うんだよ。自分たちの練習で精一杯だって」


「ユウキ部長、人望ねえなあ。ほんとに居ないの? 他に」


「ギター上手い奴って、そうそう居ないんだよ。出来ればライブでレベル下げたくないんだ」


 そう言われたサクラちゃんの顔を見る。フフ、少し嬉しそう。


「フンッ、上手いこと言っちゃって。その代わり勝手にアレンジするからな。お前のナヨナヨ曲、ゴリゴリにするけど大丈夫だろうな」


「そ、それは練習中に詰めていこう。ディストーションも、極力控えめにしてくれれば……」


「んー……仕方ない。コハルもユウキのライブ楽しみにしてるしな。やる曲、後で送っといてくれ」


 な、なんと私の大好きな二人が同じステージに立つことになっちゃった!


 今度の文化祭、今から楽しみで仕方ありません!



***



「サクラ、そこは出来れば、歪ませずに弾いてくんないかなあ……」


 文化祭を間近に迎えた練習中。ユウキくんがサクラちゃんにリクエストを入れた。


「そっか? クリーントーンのイントロとのメリハリが出て、良いと思ったんだけどな。コハルどう思う?」


「しょ、正直に言っちゃっていい……?」


「当たり前だ。どーんとぶちかましてくれ」


「ど、どっちも良い。川部くんのバージョンも、サクラちゃんのバージョンも。ほら、シングルバージョンとアルバムバージョンがあるみたいな感じで」


 恐る恐る、サクラちゃんとユウキくんを見ながら言ってみた。


「……なるほどな。せっかくサクラ入れてやるんだしな。じゃ、これはサクラバージョンって事でいこう」


「お。聞き分け良いじゃん。そういう所、悪くないぞ」


 サクラちゃんに言われたユウキくんは「ありがとうございます」と深々お辞儀した。二人のこういうやりとり大好き。


「あとさ、サクラってハモり出来るよな? 俺の上って誰も声出ないんだよ」


「あー、ユウキ声高いもんな。一回やってみるか」


 サクラちゃんのバンドで歌ってる時の声とは全然違った。きっとユウキくんの声に合わせてるんだ、こんな澄んだ声も出せるんだね……


 曲が終わるとただの練習にも関わらず、私は立ち上がって拍手をしていた。いい! 凄くいい! そんな私に、サクラちゃんは真顔で私にピースしてくる。そこは笑顔でやってよ!

 

 最初はしっくり来てなかったユウキくん達だけど、練習を重ねる内にずっと組んでたバンドのように一体感が出てきた。やっぱりサクラちゃんのギターは上手くて格好いい。ユウキくんが誘ったのがよく分かる。


 文化祭が終われば3年生は引退だ。


 楽しみで楽しみで仕方ないけど、早く来て欲しいような、ずっと来て欲しくないような。


 私の胸は、複雑な思いで一杯だった。

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