幕間「ストロベリームーン」

 グリム同盟「シャプロン」のとある日の夕食にて。


 女王「ルージュ」が舌鼓する本日のディナーは、アルフレートが腕を振う〝鶏のオーブン焼き〟をメインに置いたフルコースだった。

 前菜の〝ソーセージとチーズの和物〟はアルフレートのオリジナルレシピで名前は無いらしい。ルージュのお気に入りの逸品である。

 メインのオーブン焼きも国内で採れたハーブの香りが際立つ上品な料理だ。しかしこれが、鶏肉ではなく牛肉だったならば。殊更に美味であったろうに……。アルフレートが眉を顰める事必至な言葉を、ルージュは側にいたルドルフが注ぐガスウォーターと共にそっと飲み込んだ。


「ルー、この後のデザートなんだが……」


 完食を見計らったように、アルフレートが、本日最後の一皿をルージュの前に差し出した。


『ん? ……イチゴ?』

「紅さんからの献上品だ。先日のお礼だそうだ」

『紅さんから? ……もー、気にしなくていいのに』


 差し出された足付きのガラス製の器には赤い山が聳え立っている。一つ一つは小粒だが、その鮮明な赤は満腹信号を出し始めていた脳を強く刺激した。


『綺麗な色だし、いい出来だね……我が国の農業は安泰だ』

「紅さんたちに感謝だね」

『そうだね、ロロ』


 自分が褒められたかのように嬉しそうな笑顔を見せるルドルフに思わずつられて笑顔を零したルージュは、運ばれたフォークを手に取り、山が崩れないようにそっと一粒取り上げて口へと運んだ。


「どう? ルー、美味しい?」

『……ん、美味しいよ。ロロも食べる?』

「いいの!?」

『もちろん』


 そっと差し伸べるルージュの手が、ルドルフを空席へと促す。そのまま席に着いたルドルフはソワソワと耳を震わせながらカトラリーを手に、苺を口へと放り込んだ。


「んー! ちょっと酸っぱいけど美味しいー!」

『アルフも食べなよ』

「いや、俺は……」

『またそうやって遠慮する。紅さんに失礼だろ?』


 否応が無しと言わんばかりに眉を顰めたルージュは、呆れた様子で溜息をついてから、夜空を切り取った窓を見上げた。


『それに……今夜は満月だ』

「……? なんの関係があるんだ?」


 要領を得ないアルフレートがあからさまに首を傾げたのを見て、ルージュは自慢気に人差し指を立てる。


『ストロベリームーンさ』

「ストロベリームーン? 赤くないよ?」

『ロロならそう言うと思ったよ。でもね、色は関係ないんだ』


 彼の地の先住民族たちが、木の実などを採集する生活を送ってきた事から、その時に採集できるものを月の呼び名としてきた。すなわち、ストロベリームーンは、苺の収穫時期に昇る月のことを指して呼んだ名称なのである。


「イチゴの名称がつく月だから食べるという事か……?」

『それもあるけど、そこまでボクは安直じゃないよ? アルフ』


 ルージュはまた一つ苺にフォークを突き立てて、そのままアルフレートへと差し出した。


『今宵の満月、ストロベリームーンに食べる〝イチゴの花言葉〟にあやかるのさ』

「イチゴの花言葉?」


 目の前に浮かんでいる苺をジッと見つめるアルフレートにクスリと笑みを零しながら、ルージュは答え合わせのように言葉を続けた。


『イチゴの花言葉は〝幸福な家族〟さ』


 親株から次々に茎を伸ばして実をつける。その姿に因み、苺は一族の繁栄を祈願した花言葉を持っている。


『ボクたち〝三人家族〟の幸せを願って。共に戴こうじゃないか』

「……なるほど」


 仰せのままに。そう一言添え珍しく口元を緩めたアルフレートは、まるで手の甲に忠誠の口付けを落とす様に。ルージュの差し出す苺に唇を寄せて、食んだ。


「あーーっ! アルフ!! ズルい!!」

「何がズルいんだ……」

「俺もルーにしてもらう!!」

『あはははっ! はいはい、仕方ないなぁ……』


 どうか、この国が。家族が。

 大好きな人たちの全てが……たとえ戦いの先であったとしても。


――永遠に幸せでいられますように。

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