幕間「フラワームーン」
近衛騎士アルフレートとルドルフの様子がおかしい。
何を突然にと思われるかも知れないが、ここは一つ、寛大に。まずは女王ルージュに耳を傾けて貰いたい。
彼女によると、違和感を感じたのは夕刻に行われた同盟国内の情勢報告の時。
「ルー。すまないが、今夜時間を空けてくれないか」
そう切り出したアルフレートから告げられたのは「緊急の軍事会議」への召集だった。
これまで夜間に呼び出してまで行う会議など存在しなかったはずだ。
そう指摘すれば、やれ「今後の対策」だの「軍事強化」だの、それらしい事を言われたのだが。
それがどうも怪しい。
軍事会議の概要を申し伝えるアルフレートの淡々としすぎる対応も、その背後でソワソワしているルドルフも……どう考えても怪しい。
きっと何かを企んでいるに違いない。
とはいえ彼らの目論見は皆目見当もつかず。
少なくとも、ルージュが嫌悪するような事をするはずはないが、ならば一体……
『……何を企んでいるのやら……』
見抜いてはいるが、見出せない答え。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、ルージュは呼び出された夜の「謁見の間」へと足を踏み入れた。
照明のない謁見の間が、今夜はほんのりと照らしだされている。
自然と天井を見上げれば、窓に収まり切らぬ出すほどの大きな月が見えた。
『……あぁ、今日は満月だね』
そう気付いた途端、部屋がより明るくなるのを感じた。
いつものようにドサリと玉座へと座り、床に照らし出された細い窓枠を見つめる。
規則正しく並ぶ窓枠の影。
その間を縫うように映し出された柱の影。
そしてその柱の影にまぎれ損ねた揺れ動く気配に、ルージュはふっと笑ってから、声をかけた。
『……いるんでしょ? アルフ、ロロ』
主人の小さな笑い声に両脇の柱の影からアルフレートとルドルフが姿を現した。
『何してるの、わざわざ隠れて』
「ルー、呼び出してすまないが……」
『会議なんて、嘘でしょ』
「ほらぁ! アルフ、演技下手すぎ!」
『ロロがソワソワしてたから分かったんだよ』
「へっ!?」
「……お前……」
慌てふためく緋い狼に、蒼い狼が呆れて見せる。
いつも通りのやりとりも、暗がりの中で見ればどこか新鮮で。
ルージュは楽しげに微笑んだ。
『冗談だよ。それで……何隠してるの?』
後ろ手に何かを隠す不自然な立ち姿の二人がルージュの指摘を合図に、突然玉座へと歩み寄る。
そして、ルージュの目の前にバサッ!と、何かを差し出した。
「じゃーん! 綺麗でしょ!!」
「ルーに、今夜受け取ってもらいたかったんだ」
呆気に取られるルージュの視界は暗闇にも関わらず明るく彩られ、鼻腔を甘い香りがくすぐる。
ルージュはこの時、ようやく二つの花束をプレゼントされた事を理解した。
「今日は満月なんだよ!」
「フラワームーンと言うそうだ」
花が咲き誇る季節の満月【フラワームーン】。
その名に恥じない二人の花束は、国内に咲く多種多様な花で作られていた。
『なにそれ……改まり過ぎだよ』
頬を染め、熱が集まるそこを指先で掻きながら、ルージュは照れ隠しに目を細めた。
狼たちが持てば普通の大きさでも、子供のルージュが二つも抱えれば、重さも大きさもかなりのもので。
それはまるで二人の気持ちを示しているようだった。
『大袈裟だなぁ……なんでまた急に?』
「理由なんて聞くか?」
『ははっ、確かに』
野暮だったね。と目を伏せてから、深呼吸して花の香りを体に満たす。
視界を閉じて研ぎ澄ませた五感がくれる花の香りは優しさと温もりで溢れていた。
『ありがとう……最高の夜になったよ』
彼らの企みを探っていた自分が恥ずかしい。
彼らはこんなにも純粋に、真っ直ぐに自分に愛を伝えてくれる。
それを素直に受け止めずして、どうするというのか。
『一つお願いがあるんだけど…』
「なぁに? ルー?」
「俺たちで出来る事なら、何なりと……」
今夜くらいは、自分も素直になっても良いだろうか。
女王としてではなく、ルージュとして。
『笑わないでよ……?』
「当たり前だ」
「なんでも受け止めるから、大丈夫だよ! ルー!」
『……アルフ、ロロ……』
―――いつまでも、そばに居て。
自信と気品に満ち溢れ、凛とした「女王の表情」がほんの一瞬、翳った。
縋るような、懇願にも感じられる少女の声は、室内と騎士たちの耳にやけに響く。
「嫌がってもそばに居るつもりだから、安心しろ」
「ルーこそ、勝手にどっか行ったら、ダメだからね!」
『うん……わかったよ』
満月に照らし出された花束を抱きしめるルージュの笑顔は、安堵に満ちていた。
どうか、これからも共にあり続けられますように。騎士たちの花束と、今宵の満月にそう願った。
――愛を込めて、花束を。
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