赤き女王と「かくれんぼ」〜前編〜
ルージュが【お散歩】と称して城から逃亡し、農家の紅に【気になること】を聞いてから数日経った、ある日の事……。
シャプロン王国の城内にある大きな中庭では、女王主催の【かくれんぼ】が行われていた。
前回が鬼ごっこ、今回はかくれんぼ……。
お察しの通り、女王と部下が楽しいひと時を過ごしている訳では……無いようである。
「……うーん……」
中庭を規則的に形作る低木の茂みに隠れているのは、シャプロン王国の女王 ルージュに仕える近衛騎士の一人、緋髪の人狼「ルドルフ」だ。
「ルー……どこにいるんだろ……」
低木に背を預け、緋色の髪に立ち上がる狼耳で、今この中庭内に隠れているであろうルージュの場所を特定するために、さらに神経を集中させる。
……先の通り、今は女王と部下が楽しいひと時を過ごしている訳では無い。
【かくれんぼ】と言うのは名ばかりで、実のところはただの戦闘訓練だ。
ルージュの日課……もとい、趣味としている戦闘訓練が、まさに女王のお戯れによって「かくれんぼ」と名付けられ、ルドルフ相手に行われているのだ。
「ルーも隠れるのが上手になってきたなぁ……」
身を隠す低木の先にある、白色の煉瓦敷きになっている広場を見つめながらルドルフがそう零すと、背後からふわりと【相棒】が姿を現した。
「リチェルカーレ、どう? ……ルーはいる?」
ルドルフの差し出された掌と声に甘えるように、頭を擦り付けて来たのはルドルフの使役獣 白狼のリチェルカーレだ。
普段はあまり表立って活動をすることのないリチェルカーレだが、今日はルージュ直々の依頼で、ルドルフと共にルージュの【かくれんぼ】に付き合っている。
―――リチェルカーレ! 君の索敵能力で訓練してみたいんだよ!
そう言って、使役獣に頭を下げていた女王の姿を思い出し……ルドルフが「ふはっ」と、溢れそうになる笑い声を慌てて手で塞いだ。
そして「索敵の名手」と言われる相棒の頭をふわりと撫でてから、白狼と共に再び息を潜めた。
――リチェルカーレ。
その名は、器楽様式の一つで【探求】【探し求めるもの】という意味を表す言葉が由来であり、この白狼が索敵の名手である事を示すに相応しいとして、ルドルフが名付けたものだ。
――ここは、リチェルカーレに従うよ。
目配せでルドルフはリチェルカーレを見つめてから待った。
ルージュの見せる、一瞬の隙を……。
ややあって風が強く吹き、ルドルフが反射的に目を細めた……その時。
スイッ……とリチェルカーレが地面に伏せていた頭をもたげ、風に乗る香りに反応を占めした。
「………見つけた……」
――――ガサササッ!
「―――っ!」
ルドルフとリチェルカーレがそう判断すると同時に、背後の木が揺れた。
瞬時に反応して身を翻せば、目の前にはこちらに向かって真っ直ぐ突っ込んでくる赤き女王がいた。
「――リチェルカーレ! ……飛べっ!!」
ルドルフが叫びながら両手を重ね、踏み台を作ってやると、一声鳴いたリチェルカーレは全てを悟ったように、彼の手に前脚を掛けて、高く空中へと飛び上がる。
『なぁに遊んでんのさ! スキだらけっ!!』
その間、性急に距離を詰めたルージュが、両手で握られた訓練用ダガーを突き立て、ルドルフの間合いへと踏み込んだ。
―――ガッ!!
「おっ………と!」
『甘いっ!』
ルージュの手を受け流すように払うも、その払われた勢いに乗って、ルージュはひらりとターンしながらダガーを逆手に持ち替えた。
そしてその勢いのまま、ルドルフ目掛けてダガーで一気に薙ぎ払った。
「もー……ルー? それ、当たったら普通に痛いからね?」
ルージュの一閃をあえてギリギリで交わした上に、気の抜けた彼の余裕の一言を頭上から食らい……。
ルージュの対抗心が一気に燃え上がる。
『一度も当たった事ない癖に何言……っ!!』
荒げた言葉の途中で、突然現れた気配に、ルージュは一瞬驚きながらも、慌てて上空を見上げそれを確認する。
『……げっ!!』
そこには空から自分めがけて降ってくる白い狼の姿。
先程、ルドルフから舞い上がった、リチェルカーレがルージュ目掛けて着地しようとしていた。
『あっ……ぶない!!』
ルージュは慌てて、自身が身につけていた赤いマントの留め具に手を掛けて、リチェルカーレに向かってマントを脱ぎ捨てた。
そして、投げたマントの影に身を隠すようにしながら地面に転がり、体勢を整える。
そこには脱ぎ捨てた赤いマントの上に着地したリチェルカーレと、ルージュの咄嗟の回避術を素直に驚いているルドルフの姿。
―――― 一瞬の勝機。
リチェルカーレの奇襲を外した今、チャンスはこれが最後だ。
一瞬でそう結論づけるよりも体は早く動いていた。
ダガーを構える間も惜しい。
とにかく、一撃でいい。
……あの憎き訓練相手に一発入れてやりたい!
その思いだけで、ルージュはひらりと舞い上がり、ルドルフ目掛けて脚技を繰り出した。
「もらった!!」
その一打に気合を込めるようにルージュが叫んだ瞬間……。
バッとこちらを見たルドルフの見開かれた目が……緋色に光った。
『…………うわぁ!?』
マズい!……そう思った時にはもう手遅れだ。
ルドルフから伸びた【緋い腕】がルージュの蹴り掛かる足を掴んだ瞬間。
あっという間に彼女の体から重力が奪わた。
ルージュは、されるがままの状態に目を瞑っていたが、徐々に自分の状態を体感から想像し……その視界を再び蘇らせた……。
「うわぁー!危なかったー!」
そこには呑気な声をあげながらもルージュの足首を掴み、彼女を逆さ吊りにしている、ルドルフの間の抜けた顔があった。
もっと言えば……ルージュの足を掴むルドルフの右腕は、異様なまでに太く筋肉質で、さらに緋い獣毛で覆われている。
『ちょっと! ロロ!! リベレーションはズルいよ!』
――リベレーション。
それはルドルフとアルフレート、二人の獣人への神からの
そして、彼ら本来の姿である狼の力を
本来は、自らの意思で人型を保ったり、狼へと獣人化するのだが……。
ルドルフは「人間としての血」が薄く、狼の血の方が色濃く残っているが故に驚いたり、本能が働くと、現在のように体の一部を獣人化してしまう事があった。
ちなみに同じく人狼であり、ルージュのもう一人の近衛騎士「蒼髪の人狼 アルフレート」は、「人間としての血」を色濃く残す人狼であるために、比較的自由に姿を制御することができるようだ。
「だって、ルーが本気出すから!」
『本気じゃない! ……と、いうか逆さ吊りにしないでよ! ボク、一応女の子!! 女王!!』
ぎゃあぎゃあと逆さ吊りになったままのルージュが吠えれば、それに応えるように逆さ吊りにしたままのロロが反論を繰り返す。
そんな二人の元へ、一つの影が近寄って来た……。
「………何やってるんだ……ロロ」
一瞬で、その場が凍りついたのがわかった。
今なお、逆さ吊りのままのルージュと、足を掴んだままのルドルフが、ゆっくりと冷気の元を辿るように視線を地面に這わす。
「あっ!!……ア、アルフ!!」
「ロロ……お前……」
そこには、青筋を限界まで立てて怒りに震える、蒼髪の人狼 アルフレートが立っていた。
『ワーン、アルフー。タスケテー』
「ルー!! そんな棒読みで……!」
「ロロ…………近衛騎士ともあろう者が…女王に手を出すとは……」
俯きながら、ゆらりと体を動かすその表情を見て取る事は出来ないが、確実に怖い顔をしているであろうアルフレートは帯刀しているサーベルをすらりと抜いた。
「ち、違っ! ちょ、ちょっと待って!!」
アルフレートの逆鱗に触れた事を察知したルドルフが、慌ててリベレーションしていない人間の手をブンブンと振って、彼の「勘違い」を否定するが……。
「恥を知れ!! この不届者が!」
「ギャーーーっ!」
構えた
『いよっと……』
獣人の腕力で空高く放り投げられたルージュは、重力に従い、難なく地面に着地した。
すると、アルフレートについて歩いていたアマデウスが心配そうな表情で、ルージュに頭を擦り付けてくる。
『ん、ありがとう。大丈夫だよ』
そう言ってアマデウスの頭を撫でてやると、今度は脱ぎ捨てた真紅のマントを咥えたリチェルカーレが、まるで、汚してしまった事を謝るように擦り寄ってきた。
『あぁ、大丈夫だよリチェルカーレ。 こっちこそ、すまないね……お前の主人にちょっと意地悪しちゃったよ』
リチェルカーレから汚れたままのマントを受け取ると、ルージュはそのまま翻して身につける。
そして、パチンと言う留め具の金属音を立てながら、ルージュは追いかけっこする近衛騎士たちを眺め、アルフは真面目だから……と、独り言を零して悪戯に笑った。
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