第115話 ヤンデレ幼女と既成事実

 今日も今日とて、私はイベントを進めるためにTBOにログインした。


 なんか王女様の婚約者とかいうトンデモ称号が手に入っちゃったけど、これがあればお宝で得られる報酬も上がって、ぐっと効率も良くなるはず。


 まあ、私よりもうちのモンスター達ががんばってくれてるから、私のやることなんてほとんどないんだけどね!


「というわけで、今はまず目の前のことに集中しようかと思うんだけど……なんで私縛られてるの、ティアラちゃん?」


 一通り現状確認……という名の現実逃避を終えたところで、ログインと同時に私を縛り上げた犯人を見る。


 このゲームのシステムとして、プレイヤーが他のプレイヤーを妨害したり危害を加えたり出来ないようになってるから、いくらフレンドでも抵抗しようとすれば縄くらい解けるんだけど……ひとまず、解く前に事情を聞いてみよう。


「……クレハちゃんがいけないんだよ」


「えっ、私何かした!?」


 やっぱり、ティアラちゃんは私に怒っているらしい。

 全く身に覚えがないけど、何かしちゃったなら事情を聞いて謝らなきゃ。


「私がいるのに……クレハちゃんが、どこの馬の骨とも知れない女の子と婚約なんてするから……!!」


「……ああ、それかぁ」


 どうやら、ティアラちゃんは私が知らない子と婚約したのがお気に召さなかったみたい。


 いや、婚約って言ってもゲームの話なんだけどね。


「クレハちゃんは私のものなの、絶対誰にも渡さない……」


「え、あの、ティアラちゃん?」


 なんだか据わった目付きで、ティアラちゃんが私をベッドに押し倒す。


 馬乗りになったティアラちゃんは、震える声で宣言した。


「だ、だから……私、クレハちゃんと"きせーじじつ"作るね……!!」


「き、きせーじじつ……!?」


 ……って、なにそれ?


「抵抗、しないでね……すぐに、終わらせるから……!」


 顔を真っ赤にしながら、ティアラちゃんが顔を近付けて来る。

 一体何をするのかと思いながらも、言われた通りそのままにしていると……ちゅっ、と。


 そのまま、ティアラちゃんにキスされた。


「…………」


「…………」


 キスした格好のまま固まり、そのまま動かなくなるティアラちゃん。


 どうしたんだろう、と思って身動ぎすると、まだ動かないでと視線で止められたので大人しくしておく。


「……ぷあっ……」


 そうして、しばらく時間が過ぎた後。ようやく、ティアラちゃんが私から離れた。


 最初に見せていた剣呑な空気はすっかり消え失せ、いつも通りの……というか、いつも以上におどおどと真っ赤な顔で慌ててる。


「でぃ、"でぃーぷきす"しちゃったから……これで、私とクレハちゃんは"きせーじじつ"が出来たよ! こ、これで、クレハちゃんは私と結婚しなきゃいけないの!!」


「えっ、そうなの!?」


 でぃーぷきすは聞いたことあるけど、今ので良かったんだっけ?

 いや、どういうのか見たことはないんだけどね。なんかそれっぽいシーンが流れると、お姉ちゃんとか渚に目を塞がれちゃうし。


 ていうかそもそも、ティアラちゃんって私と結婚したいの?? あれ、ティアラちゃん女の子だよね?? いや、それを言うと王女様も女の子なんだけど……あれれ??


「なんかヤバそうな流れだったから止めようかと思ったのに、なんかもう揃って認識がズレまくって小学生みたいな恋愛してるし……何これもう、尊死しそう」


「あ、スイレン、いたの?」


 混乱してたら、部屋の近くでスイレンが顔を押さえながら悶えていた。

 地面に転がってぐねぐねしてる姿は、夜に見たら軽いホラーなんだけど……今は昼間だし、スイレンにはよくあることだからまあいいか。


「あ……! お姉様、何しに来たんですか、ティアラちゃんとはもう"きせーじじつ"を作ったので、手遅れですよ……!」


「あー、うん、そうだねー、既成事実……ティアラ、色々教えてあげるから、ちょっとこっち来て」


「……?」


 手招きするスイレンに釣られ、ティアラちゃんが歩いていく。


 ねえ、別にいいんだけどさ、私っていつまで縛られてればいいのかな? そろそろ動いてもいい?


「……というわけで、これが正しい既成事実とディープキスのやり方ね、分かった? ……というか、出来る? 聞くまでもなさそうだけど」


「あ……あう……あうあう……」


 話が終わった途端……というか、その途中から、完全に逆上せあがったティアラちゃんが声にならない鳴き声を上げている。


 一体何を吹き込んだのさ、と視線を向けると、保健体育の授業、との答えが返ってきた。


 いや、保健体育でなんでそんなに真っ赤になるの? おかしくない?


「クレハちゃんと、そんなこと……いや、でも……」


「ティアラちゃん? 大丈夫?」


「っ……!?」


 スイレンにははぐらかされてしまったので、ティアラちゃんに直接声をかける。


 すると、ティアラちゃんはびくりと体を震わせ……未だ縛られた状態で寝転がってる私を見て、ごくりと喉を鳴らした。


「クレハちゃんと……私が……既成事実……ほんとの……」


「え? なんて? ごめん、よく聞こえない」


「っ~~~~や、やっぱり無理~~~~!!」


「えっ!? ティアラちゃん!?」


 ぴゅーっ、と、すごい勢いで走り去っていったティアラちゃんを、呆然と見送る。


 そんな私の横で、スイレンはふむふむと意味深に頷く。


「やっぱり、ウブなティアラにガチな情報はまだ早かったか~。まあいいや、それじゃあ据え膳のまま転がってるクレハは私がいただいちゃおうかな~? ぐふふふ」


「何言ってるのかさっぱり分からないけど……私は食べても美味しくないよ?」


 膳ってご飯のことだよね? と問う私に、スイレンは「そういうところだよ!!」と言いながら覆い被さって来る。


 その後、延々と私に頬擦りしてくるスイレンにぬいぐるみのように遊ばれていたら、その日のゲームは終わっていた。

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