第107話 クラーケンと逃走劇
「ひえー! これはやばいってー!」
細い洞窟の中を、迫り来るイカ足から逃げ回る。
真後ろから迫る一本はタマが蜘蛛糸で足止めし、時折壁を突き破って現れる一本はスイレンが撃ち落としてくれてるんだけど……それでも処理が追い付かない。
まあ、その理由は私の足が遅いせいなんだけどね! この運動音痴な体が憎い!
……いや待って、よく考えたらこの体はただのアバターなんだから、運動音痴とかじゃなくてシンプルにステータス不足なのでは?
そう、つまり私は運動音痴じゃない、ステータスが低いのが悪いんだよ!!
『どっちにしろイカ足から逃げ切れない事実に変わりない件』
『そもそもここに来るまで運動音痴っていう指摘にその反論を持ち出さなかった時点で手遅れ過ぎる』
『ドジっ子極まってるのは見れば分かるしな』
『それはそうと、無駄話してると追い付かれるぞー』
「現実逃避くらいさせてー!!」
視聴者コメントに向かって全力で叫びながら、さてどうしようと頭を悩ませる。
こういう時モッフルがいてくれたら逃げ切れるんだけど、今はいないしなー。
となればやっぱり……。
「スイレン、私のこと運んでー!!」
フレンドを頼る一択だよね。
「任された!!」
私の要望に、スイレンはすぐさま反応。
私の体を抱え上げてお姫様抱っこし、そのままダッシュを……って、ん?
「お姉様、どうしてクレハちゃんを直接抱えてるんですか?」
私が疑問に思うより早く、ティアラちゃんが絶対零度の視線で問い掛ける。
いや、なんか怖いよティアラちゃん?
「それはもちろん、足が遅いクレハを連れてここを突破するには、直接運ぶしかないからだよ!」
「それならブルーに乗せて運んでもいいですよね? 何なら、お姉様が運ぶと手が塞がって魔法が使えなくなると思うのですが?」
「頑張ればいける! 多分!」
「……本音は?」
「この機に乗じてクレハを抱っこして全力で堪能したい!!」
「正直は美徳ですね。……なんて言いませんよ、ずるいです、私もクレハちゃんとぎゅってしたいのに……!」
「ティアラの体格とステータスじゃ無理かな! 今この時ばかりは私だけの特権だよ!」
「むっ……むむむ……!」
なんかすごいバチバチに言い合ってるけど、なんでお荷物の私を運ぶ話でこんなことになってるの?
いやほんと、私のこと抱きたいならいつでも言ってくれていいから、今はクラーケンからちゃんと逃げよ!?
「あのねクレハ、抱いていいなんて軽々しく使っちゃダメだからね? 抱っことはまた違う意味になりかねないからね?」
「え? 何が違うの?」
「それはまあその……ティアラ、後お願い」
「……? 同じ意味ですよね?」
「そういえばこっちは私と同類ではあってもガチな子供だった……!!」
「何を言ってるのかさっぱりわかんないけど、スイレン、前、前ー!!」
スイレンが一人わけわかんないことを叫んで頭を抱えている間に、正面に新たな障害が現れた。
クラーケンを小さな人型にしたような、イカの戦士達。『クラーケンベビー』との名前が浮かぶモンスター達が、イカ足と挟み込むように迫って来る。
「おっと、本当に遊んでる場合じゃないね、倒さないと突破も出来ないし。ブルー、クレハのことよろしく!」
「ほげっ」
遊びの時間は終わりとばかり、私の体がブルーの背にポイと投げ捨てられる。
いやそうなる理由は分かるけど、もう少し優しくやってくれると嬉しいな!?
「後ろはタマちゃんと私が押さえます、お姉様は前を」
「ぎーぎー!」
「りょーかい! 《サンダーボルト》!!」
ティアラちゃんがばら蒔いたデバフと、タマの糸がイカ足を止めた隙に、スイレンの放つ雷がイカ戦士達を薙ぎ倒す。
けれど、流石にフィールドボスの一部なだけあってティアラちゃんのデバフも長くは効果が続かないみたいで、イカ戦士達の妨害もあって少し状況は苦しい。
そんな時、更に追い討ちをかけるように新たなイカ足が壁を突き破って出現した。
やばっ、これ以上は二人でも押さえられないよ!?
「ポン」
焦る私とは裏腹に、うちのモンスター達は冷静だった。
たぬ吉が出現させたデコイによって、イカ足の狙いが逸れてほんの少しだけ時間を稼ぐ。
その隙に、チュー助がイカ足に急接近した。
「チュー!」
眩いエフェクトを灯し、放たれたのは《もの盗り》のスキル。
フィールドボス相手に放たれたそれは見事成功し、チュー助はボスドロップのアイテムを入手した。
名称:海魔の粘液
説明:とてもヌルヌルした特殊な粘液。よく滑る。
……あんまり、意味は無さそうだけど。
何の効果もないってことは、換金アイテムなのかな? 最近は私もそういう知識がついてきたし、教えられなくても分かるよ。
別に今換金アイテムがあっても仕方ないけどね!
「チュチュ」
と、思っていたら、チュー助は手に入れたばかりのそのアイテムを投げ捨てる。
奪った途端、なぜかキッチリ瓶詰めされていた粘液が地面に落下すると同時にぶちまけられ、湿った洞窟がテカテカの状態に陥ってしまう。
何してるの!? と、私が驚くのも束の間。
ブルーがそのテカテカ地面を踏み抜いて、ツルーーっと滑り出した。
ほえっ!?
「ちょっ、速いー!?」
水上を泳いでいる時のような……ううん、それ以上のスピードで動き出したブルーを見るや、うちのモンスター達が次々とその背中に飛び乗って来る。
そして、タマはブルーの背に着地すると同時に、後ろ……もとい、スイレンとティアラちゃんのいる場所へと糸を飛ばした。
タマの謎行動を見るや、すぐさま二人は糸を摘み取り、ブルーに引っ張られるような形で洞窟内を滑り出す。
まるで水上スキーだなー、なんて呑気に考えてる暇もない。私達は動きの鈍ったイカ足も、私達を包囲しようとしていたイカ戦士も振り切って、洞窟の奥へと突っ走っていく。
「クレハ、ナイス援護!! これがなかったらキツかったかも!!」
「ほ、ほんとにそう……! でも、私はちょっとこの状態つらいかも……わきゃっ!?」
『粘液強いな、これ使えば地上でも水棲モンスターが移動速度落ちないのか』
『変わりに粘液の効果がある場所は陸上モンスター動きにくそうだな。クラーケンベビー、後ろの方でコケてるぞ』
『あいつら水棲じゃねえのかよw』
『二足歩行だから仕方ない』
『そして水上スキーがキツイというティアラちゃんは体ごと縛ってブルーの背中まで引き寄せるタマ優秀』
『クレモンはやはり有能さがバグってんな』
『クレハちゃんは神だからね、仕方ないね』
『クレハチャンカワイイヤッター』
状況の推移についていけてない私を置き去りに、どんどんと盛り上がるコメント欄。
スイレンもなぜか私をベタ褒めするけど、私何もしてないから! 言うならうちの子達にね!
後ティアラちゃん、タマが無茶振りしちゃったのは謝るから、そんなに強くしがみつかないでくれると嬉しいな! ちょっと苦しいよ!
そんな慌ただしさの中、私達はそれまでの比じゃないスピードで先へ進む。
粘液の効果が切れそうになると、途中で壁から飛び出して来るイカ足にチュー助が飛び込んで颯爽と粘液を回収してくるし、すっごい順調だ。
速すぎて吹っ飛ばされる問題については、ティアラちゃんがしがみついてくれてるから平気だしね。苦しいけど。
「──ぶへぇ!?」
そんな感じで、どれくらいの距離を移動したんだろうか?
一気に洞窟の広さが増し、大きな湖がある場所に到達したところで、ブルーは急停止。ティアラちゃん諸共、私は地面に投げ出されてしまった。
「あいたたた……ティアラちゃん、大丈夫?」
「う、うん、平気……何なら、もう一回やりたいくらい……」
どこか幸せそうな表情をしたティアラちゃんに、私はまじかー、と遠い目をする。
ティアラちゃん、もしかしてジェットコースターとか好きなのかな? すごい……。
……い、いや、私もジェットコースターくらいへっちゃらだよ? でもティアラちゃんはまだ小さいし? それなのに平気だなんてすごいなーって思っただけだよ?
「ふー、またティアラに美味しいとこ持ってかれちゃったのは納得行かないけど……これは多分、着いたかな?」
「着いたって?」
「それはもちろん、このエリアの終点だよ」
スイレンがそう答えると同時に、湖を突き破って巨大なモンスターが出現した。
この状況で、何が出てきたかなんて考えなくても分かる。
道中で散々私達を苦しめてくれたクラーケン、その本体が、ついに正面から対峙したのだ。
「さて、このエリア攻略もあとひと押しだね。二人とも、頑張るよ!」
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