第70話 とあるモンスター達のランダム(?)挙動
「さあ、今日は気合い入れていくよー!」
大襲撃クエスト二日目。今日は前線に出るとあって、クレハも気合いが入っているようです。
それに追従するのは、メインパーティとしてクレハと行動を共にするテイムモンスター、モッフル、ドラコ、ピーたんです。他のみんなは探索支援という形で、同じ北門方面に参戦します。
「うー、緊張してきたー、ねーモッフル」
「フワラ~」
戦闘になれば秒で倒されてしまうクレハを乗せ、モッフルはひと鳴き。
モッフルが倒されればクレハも死に戻ってしまうのは間違いないので、責任は重大。
それが分かっているかのように、いつも軽快なモッフルの鳴き声にも少し元気がありません。
「ゴアァ!」
そんなモッフルに向かって、ドラコが吼えます。
まるで、俺が守ってやるから安心しろと言わんばかりのその声に、モッフルは元気を取り戻しました。
フワラ~、と軽快に返すモッフルに、ドラコは満足したかのように前を向きます。
「あはは、ドラコも緊張してる? 大丈夫、失敗しても何もペナルティはないからね、がんばろー!」
緊張していると言いながら、普段通り元気いっぱいに握った拳を突き上げるクレハの姿に、モッフルはやれやれとばかりにまたひと鳴き。
人間味溢れるモッフル達の反応に、気付くプレイヤーは誰もいません。それは、モッフル達を注視しているクレハや、その配信を見ている視聴者とて例外ではありませんでした。
当然でしょう、このゲームのモンスターは、みんな等しく共通のアルゴリズムで動くプログラムでしかないはずなのです。
ですから、モッフルとドラコのやり取りも、たまたま偶然、プログラムの起こしたランダム挙動が奇跡的に噛み合っただけのものでしょう。
それはそれとして……もし、この時のモッフルの気持ちを言葉にするのなら、こんなところでしょうか。
失敗したら、自分達が食べる美味しいご飯の材料がなくなるじゃないか。絶対勝つぞ、と。
「キュオオオオ!!」
上空を旋回するピーたんが甲高く鳴き、前方へと進む速度を一気に上げました。どうやら、カモネギ軍団がやって来たようです。
ピーたんもモッフル同様グルメなモンスターなので、たくさん野菜を獲って料理して貰いたいのでしょう。
負けてられないなと、モッフルも体を震わせます。
「あ、ピーたん! 一人で行ったら危ないよ!」
クレハが警告の声を上げますが、問題はないでしょう。
相手は地面を走り、物理攻撃を行うカモネギバード。空を飛ぶピーたんに攻撃は届きません。
安全な場所から風の魔法スキルで一方的に攻撃を浴びせかけ、敵の数を減らしていきます。
「クエェーー!!」
とはいえ、その戦法も完全無欠というわけにはいきません。唯一、ボスであるカモネギソルジャーの攻撃は届いてしまいます。
しかし大丈夫です。そちらは、クレモン最強のドラコが相手をしてくれるのですから。
「ゴアァ!!」
カモネギソルジャーに正面から体当たりして吹き飛ばし、ピーたんを守ります。
最強の護衛とタッグを組み、悠々とカモネギ軍団を狩っていくピーたん。野菜集めは順調です。
「女神のモンスターが先陣を切ったぞ!!」
「うおぉぉ!! 俺らも続けぇ!! 野菜狩りじゃあーーー!!」
「女神への貢ぎ物を手に入れろぉーーーー!!」
そんなピーたんやドラコを見て、プレイヤーの皆さんも突っ込んでいきました。
クレハを崇拝する《女神教会》の皆さんは、モッフル達と同じくクレハ謹製の桜サンドを食べ、《桜特攻》の効果を持っています。
その力で次々と敵を倒していく姿は、まるで恐ろしげな山賊の群れ。どちらがモンスターか分かったものではありません。
しかし、そんな彼らもあくまで熱意と勢いで押せ押せになっているだけ。ちょっとばかり危ういプレイヤーも散見されます。
「フワ!」
「えっ、モッフル!?」
それを見て、モッフルが飛び出しました。
巨体を生かして上空から相手を押し潰す、《踏みつける》スキル。
背中にクレハを乗せたまま放たれたその攻撃によって、複数のカモネギバードが霧散。
危なかった数人のプレイヤー達も、お陰様で死に戻らずに済んだようです。
「おおー!! 女神が助けに来てくれたぞ!!」
「さすが女神、俺達のことを一番に考えて……!」
「いや違うよ!? モッフルが勝手に飛び出しただけだからね!?」
クレハを褒め称えるプレイヤー達と、それを否定するクレハ。
両者のやりとりを聞きながら、呆れたようにモッフルはひと鳴き。
モッフルにとっても、他のクレモン達にとっても、有象無象のプレイヤーはどうでもいいのです。
ただ、彼らが生き残って頑張ってくれれば、その分だけ手に入った野菜をクレハに貢いでくれるので、回り回って自分のご飯になると考えているだけなのです。
そう、全てはクレハがくれるご飯のために!!
「やっちまえーー!!」
「俺達には女神の加護がある! 勝利は我らの手にーー!!」
「ちょ、みんなー!?」
なので、モッフルの援護があると見るや、懲りずに捨て身で突っ込んでいくプレイヤー達にモッフルはため息。
モッフルには、クレハを守るという大切な使命があるのです。他のプレイヤー達にばかり構っていられません。
どうしたものかと悩むように、その場でぴょんぴょんと跳ねるモッフルを追い越し、他のクレモンが現れました。
クレモン軍団の突撃隊長、ゴンゾーです。
「ブモォォォォ!!」
「「「うぎゃーー!?」」」
ゴンゾーの突撃によって、やられかけていたプレイヤー達諸共カモネギバードが吹き飛びました。
カモネギバードはその一撃で一気に数を減らしますが、吹き飛んだプレイヤー達は味方なのでダメージは入りません。
少々強引ですが、ナイスフォローと言えるでしょう。
「ポン、ポン、ポン♪」
「メェ~」「メェ~」「メェ~」
更にそこへ、たぬ吉も援護に現れました。
軽妙な歌と踊りで周囲の味方の士気を上げ、ステータスを上昇させる《鼓舞の歌》スキルです。
それを、牧爺の羊集団の上から行うことで、スキル使用中は動けないというデメリットを相殺していたのです。
しかも……。
「あれは、クレモンのたぬ吉……! 《鼓舞の歌》に、《デコイ》スキルを組み合わせているのか!?」
「《デコイ》スキルで出した分身の周囲にも効果が及ぶのか……! まさか、このスキルにそんな仕様が!?」
羊集団の上で《デコイ》スキルを駆使して集団演技を行い、《鼓舞の歌》の効果を引き上げる。
器用なその使い方に、モッフルは感心します。
あいつ、いつも変なこと思い付くなぁ、と。
「うおぉぉ!! これでもうカモネギバードなんかに遅れは取らねえ!!」
「やるぞお前らーー!!」
ステータスが引き上げられたことで、プレイヤー達の無茶な動きも安定感が増し、戦線は完全にプレイヤー有利となりました。
ここまで来れば、後はクレハが背中から振り落とされないように気を付けて、安全な場所で待機するだけ。
そう考えたモッフルは、適当に後ろの方へと跳ねていき、道端の草をモシャモシャと食べ始めました。
「ちょっとモッフルー!? まだ戦闘は終わってないよー!? みんながんばってるんだから、手伝ってあげなきゃ!」
体の上で騒ぐクレハの声を聞きながら、モッフルは思います。
そうは言っても君、あんまり本気で自分が戦闘に参加したら、すぐ振り落とされるじゃん、と。
そう、クレハはドジっ子なので、お姉ちゃんと違いシステムアシストがつく騎乗モンスターの上ですら、最後まで掴まっていることが困難なのです。
とはいえ、いつも美味しいご飯をくれる主のお願いは出来る限り聞いてあげたいところ。何かいい手はないかなーと考えた時、ふと近くにいる他のプレイヤーのモンスターが目に入りました。
ぬるぬるの粘液で形作られたモンスター、スライムです。
体を自由自在に変化させ、伸ばした触手でペシペシとカモネギバードを叩いて戦うその姿を見て、モッフルはあることを思いつきました。
「フワッ」
「わわわっ!?」
すぐに実行に移すべく、モッフルはスライムの元へ。
ひとまず、苦戦している様子の戦闘に介入して手早くそれを終わらせると、移動の勢いでポーン、と投げ出されてしまったクレハを一旦スルーし、スライムとスキルトレードを行います。
そうして手に入れた、《触腕》スキル。
その効果で、自身の全身からモコモコと生えた毛を束ねて腕のように使い、女の子らしからぬ間抜けな格好で転がる主を拾い上げました。
「うぅ、モッフル、動くなら動くって先に言って……って、モッフルどうしたのそれ!?」
突然のモッフルの変貌にクレハは驚いていますが、無視して背中に乗せ直します。ついでに、《触腕》スキルを使って体を固定し、即席のシートベルトを作製。
これで、モッフルがどれだけ激しく動こうと、クレハが振り落とされる心配はないでしょう。ようやく戦えます。
「フワラ~!!」
「ひえぇー!?」
モッフルが全力で跳び出し、《突進》スキルをぶちかまします。それも、《触腕》スキルで当たり判定を広げるオマケ付きで。
たぬ吉を真似て工夫してみたようですが、上手くいったようですね。
「な、なんだありゃあ!?」
「女神のクレモンが、戦闘中に新しいスキルを!!」
「え、そんなことあんの?」
「俺に聞くな!! ともかくチャンスだ、クレモンに続けーー!!」
「うおぉーー!!」
縦横無尽に跳ね回り、触腕を振り回し、カモネギバードを乱獲するモッフル。
その動きについて行けず、体の上でクレハが目を回しているようですが……本人が望んだことなので、きっと後悔はないでしょう。
「し、しぬぅ、モッフル~、もうちょっと、もうちょっと加減を……」
「フワラ~!」
「ひぃ~!?」
こうして、モッフルを始めとしたクレモン達は、二日目も北門方面で大暴れし……終始目を回していただけのクレハは、なぜかより一層の信者を獲得することになるのでした。
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