第48話 とある新米プレイヤーの記録

「なあ、ドブロクよ。本当にこの森にいるんだろうな?」


「間違いない、最新の目撃情報がある。この森なら、一度来たら一時間はここにいるはずだ、探すぞドブゾー。……お前も気合い入れて探せよ、新入り」


「うっす」


 俺の名前はコウタ。TBO初心者の前衛剣士だ。


 プレイヤー全てがテイマーとなるこのゲームで剣士を名乗るのも変な話だが、一応の区分、というかパーティにおける役割分担として“剣士”や“回復役ヒーラー”、“壁役タンカー”などの俗称をつけるのがお約束になっているので、俺もそれに倣っている。


 まあ、まだ始めたばかりの俺では、こうしてギルメンの先輩に付き従わないと第二の町周辺のフィールドすら満足に徘徊出来ないんだがな。


「ところで先輩方、結局今日は何しにこの森に来たんですか? 俺、まだ詳しい事情聞いてないんすけど」


 第二の町から南下してすぐにあるこのフィールド、《深淵の樹海》。

 常に薄暗く、並び立つ木々のせいで視界が遮られるこの場所は、俺のようにまだ慣れていないプレイヤーには少し辛い。


 こういう時こそ、人と違いそういった視界のデメリットを受けないモンスターの力を借りたいところなんだが……あいにく、うちの初期狼は特殊スキルガチャに失敗してロクなものを覚えなかったから、俺に似てまだあまり強くないのだ。


 リセマラすれば良かったんだが、それは面倒だしな。

 成長すればあまり変わらないというし、気長に頑張ろうとは思っているが……まだ弱いことに変わりない。


 そんな俺すらも探索要員として役に立つと、何なら俺のためにもなると、このおっさん達に半ば強引にここまで連れて来られたが、まだその理由を聞いていなかった。


「ああ、まだ言ってなかったか。出たんだよこの森に、“女神”のモンスターが」


「女神……? ユニークモンスターか何かすか?」


「なに? お前、女神を知らんのか!?」


 かーっ、と頭を抱えるドブロクさんに、俺ははてと首を傾げる。

 一応、このゲームを進めるにあたって攻略サイトは一通りチェックしているんだが、女神という単語はとんと見た覚えがない。どこかに漏れがあったのだろうか?


「落ち着けよドブロク、あれはまだ最近騒がれ出したばかりだし、初心者のコウタが知らんのも無理はない」


「それもそうだなドブゾー。じゃあ、俺がコウタに女神について教えてやろう」


 そういってドブロクさんが語り出したのは、にわかには信じがたい話だった。


 曰く、このゲームの仕様を無視するかのように、自身のレベルより圧倒的に強いモンスターをテイムしまくる女の子がいる。


 曰く、そうしてテイムしたモンスターが、悉くその子にとって都合の良い動きばかりする。


 曰く、モンスターどころかプレイヤーすらたらしこみ、ゲーム内最強とされるプレイヤー達からも一目置かれている。


 曰く、レベル1にしてゲーム内初のドラゴンテイマーとなった、最強のレベル1プレイヤーだと。


「……チートじゃないんすか? それ」


 話を聞いて、真っ先に思ったのがその可能性だった。


 俺も一応、自身よりレベルの高いモンスターがどういった挙動をするのか検証した動画を見たことがあるので、それがいかにあり得ないことかは知っている。


 俺が見た動画内ですら三桁を越える試行回数によって運の偏りを極力排除していたし、他の検証勢の話を総合してみても、モンスターのレベルはプレイヤーと同等以下でなければデメリットの方が大きいと判断されていた。


 それが、ダブルスコアで差が開いたモンスターを平然と連れ回すプレイヤーがいる? そんなもの、バグかチート以外あり得ないだろう。


「俺もそう思っていたし、実際にそのはずだと運営に抗議したり、いつまで経っても動きがない運営を見て、女神を運営の回し者だと言う奴もいたんだが……最近では、それも大分収まってきたな」


「なんでっすか?」


「運営の回し者ならそれはそれで、俺ら一般プレイヤーにちゃんと恩恵があるなら文句はない、ってことさ」


 益々意味が分からず、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。


 運営の回し者が、少なくとも普通のプレイヤーとして活動していることに何のメリットがあるんだ?


「おいゴンゾー、あれじゃないか?」


「なにぃ!? ほ、本当だ、いたぞ、女神のモンスターだ!!」


 突然走り出した先輩達に釣られ、俺もその先に目を凝らせば、確かに一体のモンスターがいた。


 ロケートラクーン……特に珍しくもない、初期モンスターの一体だな。

 ドラゴンテイマーと言っていたし、あるいはそうした珍しいモンスターを間近に見れることがメリットかと思ったけど、どうやらそうでもなさそうだ。


 本当になんなんだ? 一体。


「さあ、やるぞドブゾー!」


「分かってる、ドブロク。せーの……」


「「クレハチャンカワイイヤッター!!」」


「…………」


 そんな狸の前に進み出た先輩二人は、突如意味不明な掛け声と共にその場に平伏し始めた。


 ぽかーんと、もはや何も言えず固まる俺に、ドブロクさんは鬼の形相で振り返る。


「何をしている!! 早くお前もやれ!!」


「えっ!? えーっと……ク、クレハチャンカワイイヤッター……?」


「よしっ!!」


 取り敢えず立ったまま復唱したらOKが出た。もう意味が分からない。


 混乱する俺を余所に、ドブロクさんとドブゾーさんは素早く懐からアイテムを取り出した。


「「女神様、どうか不幸な我らにお恵みを!!」」


 薬草を手に、狸の前で頭を下げるおっさんが二人。なんて酷い絵面だ。


 一応、やろうとしていることは分かる。

 探索中になっている他人のモンスターへアイテムを譲渡することで、そのモンスターから返礼としてアイテムを貰いたいんだろう。


 なんでもいいのでアイテムを渡せば、そのレア度に関係なく、そのモンスターが収集したアイテムの中からランダムで一つ、こちらに分けてくれるのだ。


 分けると言っても、相手のモンスターが収集していた分はなくならずに手元に残るので、遠慮することなくゴミアイテムを押し付けて、運が良ければレアアイテムに化けさせることが出来ると思えば、悪くないシステムだろう。


 当然だが、こんな大仰なアクションをしなくても普通に貰えるがな。


 ただ……そもそも、モンスターの探索は自動で行ってくれる代わり、あまりレアアイテムが出現しない仕様になっている。


 それに、仮に持っていたとしてもそのモンスターが一度探索に出ている間、プレイヤー一人につき一回ずつしかアイテムトレード出来ないので、必ずしもそれが貰えるとは限らない。


 それを、なぜこうも有り難がっているのか……そんな疑問を覚えていると。


「う、うおぉぉぉぉ!? 《特級厳選桃色キノコ》だとぉ!? 激レアアイテムキターー!!」


 ドブロクさんが、歓喜の雄叫びと共に立ち上がった。

 いや、そんなバカな。


「やったな兄弟!! これで長らく停滞していた採取系連続クエストが先に進められる!!」


「ああ、このアイテム、本当に全く出ないから諦めかけていたぜ……そっちはどうだった?」


「ふっ、聞いて驚くなよ? なんと、《アークミノタウロスの肉》だ!!」


「な、なにぃぃぃぃ!? このエリアのフィールドボスからしか獲れない素材じゃないか、探索で出たのか!?」


「俺も驚いてるぜ……手が震える……」


 二人揃って引き当てた激レアアイテムの名に、俺は戦慄を禁じ得ない。


 まさか……これが、ドブロク先輩が「たとえ運営の回し者でも構わない」とまで言い切った理由!?


「さあ、次はお前の番だ新入り」


「良いアイテム貰えるといいな!」


 バンバンと背中を叩かれ、俺はごくりと生唾を飲み込む。


 このモンスターにアイテムを譲渡すれば、高確率でレアアイテムが貰える。

 それが当然のこととして情報が出回っているのなら、確かに俺達にも恩恵はあると言えるかもしれない。


 けど、ここで一つ問題がある。急に連れ出されたから、渡せるアイテムが何もないのだ。


 せっかくの機会だというのに、ただ見ていることしか出来ないのか……そう思っていると、件の狸は俺をスルーし、うちの狼の元に歩み寄っていく。


 これはまさか、スキルトレードか!?


『《クレハ》さんの《たぬ吉》より、スキル《アラウンドヒール》が伝授されました』


「おおおお!! やったな新入り!!」


「《アラウンドヒール》か、中々良い回復スキル貰ったじゃねえか!」


「ど、どうも……俺もびっくりです」


 普通、こういう時に貰えるスキルは最底辺のクズスキルと相場は決まってるんだが、まさかこんなレアスキルを貰えるなんて。

 これで俺も、今まで以上にソロでも戦いやすくなるだろう。


 代わりにうちの子が教えたのは、特殊スキルの《発光》だった。


 短いCTで物理的に発光し、相手のヘイトを集めることが出来るスキル……と言えば聞こえはいいが、一発あたりの効果が低いので連発しなければ効果がなく、プレイヤーが指示のために発光Bot化するのが面倒臭いと不評だ。


 ついでに、物理的な光のエフェクトが連続するせいで、味方のプレイヤーからしても鬱陶しくて仕方ないと嫌われてもいる、本当にゴミみたいな特殊スキル。


 貰ったスキルに対してあまりにもショボいと思うんだが、いいんだろうか? いや、ランダムだからいいも悪いもないんだが。


「女神、クレハちゃん、か……どんな人なんだ……」


「気になるなら動画で検索してみな、配信やってるからよ」


「可愛いぞ、本当に」


 なんとなしにボソリと呟くと、先輩達からそう教えられる。


 帰ったら、早速動画を見てみよう。

 俺はそう心に決めて、気持ち悪いくらいウキウキと上機嫌な先輩達と共に、森を後にするのだった。

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