第32話 執念のレアアイテムと盗人ねずみ

「負けない負けない負けない負けない」


 何やら呪詛のように同じ言葉を繰り返しながら、ティアラちゃんがピッケルを振り下ろし、ひたすらに採掘ポイントへと叩き付ける。


 気のせいかな、何のスキルも使ってないはずなのに、ティアラちゃんの全身からどす黒いオーラが立ち上ってるような気がするよ?


『何この子恐い』

『うーん、ぼっち拗らせてんなぁw』

『これはクレハちゃん責任取らないと』


「いや、何の責任!?」


 何か悪いことしたなら責任でもなんでも取るけど、どうしてこんな流れになっているかすら分からない今の私じゃどうしようもないよ!?


「そりゃあもう責任って言ったら一つしかないでしょ? 二人揃って私の妹になりなさい!」


「もっと意味わかんないよ!?」


 混乱する私へと更なる追い討ちをかける親友へ、私は全力のツッコミを入れる。


 勝利への執念を全力で燃え上がらせるティアラちゃんと違って、スイレンの方は割といつも通り。というか、勝っても負けても平気みたいな顔してる。


 負けてもいいのかと問えば、負けても美味しいからとのこと。なにそれ。


「まあそういうわけだから、クレハはティアラちゃんのフォローしてあげるといいよ。その方が美味し……げふん、浮き沈みの激しいあの子のためだろうからねー」


「よくわかんないけど、わかった」


 実際、私の仕事はティアラちゃんと同じ採掘だからね。手伝うならそっちだ。


 というか、肝心のポチが離れたところでごろごろ日向ぼっこしてるからね、スイレンの方は頼まれても手伝えない。


「ティアラちゃん、調子はどう?」


「負けな……あ、クレハちゃん! えっとね、たくさん掘ったから、今なら何か良いアイテムがドロップしてそうな気がするんだ」


 首からかけた《幸運の首飾り》を手に、うずたかく積み上げられた鉱石の山を指してえへへ、と微笑むティアラちゃん。うーん、可愛い。


「大丈夫、きっと大丈夫……!」


 ドキドキと緊張を高めながら、ティアラちゃんは鉱石の山をインベントリに収納していく。多すぎて一纏めには入らないみたい。


 やっぱり大半が石ころという事実に暗い顔をしつつも、今回はちょこちょこと鉄鉱石や銅鉱石が混じっている状況に期待が高まっていく。


「来て、来て、来て……!」


 必死の祈りに触発されて、私も一緒になって祈りだす。

 そうして、山のようだった鉱石がみるみるうちに小さくなっていき、そして……。


「き、来た!?」


 最後の最後に、虹色に輝く不思議な鉱石が残っていた。


「おお!? なにこれ!?」


「《虹色鉱石》……激レアアイテムだ、私、こんなの初めて引いたよ!!」


 興奮を隠せない様子で、ティアラちゃんは虹色鉱石を手に取った。


 確か、私達が受けたクエストの中に、それを納品するのがあった気がする。

 えっと、《金持ちドラムの宝石趣味7》だったかな? 受注する時、運が悪いと丸一日かけても達成出来ないかもってスイレンが言ってたからよく覚えてる。代わりに、報酬がすごく高額だとも。


 それをあっさり引くなんて、ティアラちゃんも運が良いなぁ。


 そんな風に思いながら、しばしその鉱石の輝きに目を奪われたティアラちゃんを眺めていると、くるりと振り返って私に抱き着いて来た。わぷ。


「ありがとう、これも全部クレハちゃんのお陰だよ!!」


「いやいや、私何もやってないからね!?」


 首飾りはあげたし祈ったりもしたけど、全部気休めだし。誰がどう見ても私は関係ないでしょ。


『本当にご利益あったよこの子』

『強すぎる』

『やはり幸運の女神か。拝もう』

『クレハ様、どうか俺にも幸運をお恵みください!!』


「あんたらもかー!!」


 ティアラちゃんはギリギリこう、これまで不幸続きだったらしいからわかるけど、なんで視聴者のみんなまで乗っかってくるのさ! ノリ良すぎでしょ!


「いやー、可愛い子が抱き合ってる姿は眼福だねえ……でもティアラちゃん、ここではレア鉱石はさっさとインベントリに仕舞った方がいいよ? アレが出るから」


「あ……そ、そうでしたね!」


 騒ぐ私達の元にやって来たスイレンの忠告に、ティアラちゃんは少し顔を赤くしながら大慌てで離れる。


 アレって何? と思いながら、ティアラちゃんが虹色鉱石をインベントリに収納しようとするのを眺め……ひょい、と。


 小さなネズミが、それを横からかっさらっていく瞬間を見た。


「ふえ?」


「えっ」


「あっ」


 私達三人、突然の事態に一瞬だけ反応が遅れる。


 辛うじて小さな盗人の方へ目だけ向ければ、スタコラサッサと逃げていくところだった。速っ!?



種族:アイアンラット

レベル:12



「ま、待って!! それ返してぇ!!」


「あ、待ってティアラちゃん、危ないよ!!」


 すぐに取り返すべく走り出したティアラちゃんだけど、運悪くすぐそばに採掘ポイントに擬態したゴーレムがいた。


 ゴゴゴ、と地面を揺らして現れたそいつのせいで、ティアラちゃんがその場に尻餅を突く。


「《サンダーランス》!!」


「きゃあっ!」


 そこへすかさず、スイレンからの掩護射撃。一撃でゴーレムを粉砕した。


 ふう、ティアラちゃんが無事で良かった……って、言いたいところだけど。

 今の流れで完全にアイアンラットを見失ってしまい、ティアラちゃんは目に見えて落ち込んでいた。


『おおう……』

『よりによってこのタイミングでクソネズミ出るとかツイてないな……』


「みんな知ってるみたいだけど、あのネズミ何なの?」


「この辺でたまに出るレアモンスターだね。鉱石を掘ってるプレイヤーに近付いて、レアな鉱石を奪って逃げてく厄介者だよ」


「なにそれ迷惑」


 一応、探索タイプのモンスターとしては優秀らしいんだけど、あくまで採掘しているプレイヤーを襲う形でしか現れず、鉱石を一つ盗ったら超スピードで逃げていくその特性もあってテイムの難易度は高いらしい。なるほどねー。


「盗られた後すぐに倒すなりすれば取り返せるんだけど、速すぎてまず無理なんだよね……逃げる方向が分かってれば、待ち伏せが有効なんだけど」


「そもそも、そんなの警戒してなかったもんね」


 だからどうしようもなかったのだと、スイレンと私は結論付けたものの……被害に遭った当人はそれで納得出来るわけでもなく。


「うぅ……やっぱり私、ダメな子だ……」


 一度は掴んだ幸運が逃げていったからか、反動で凄まじい負のオーラを纏い始めたティアラちゃん。


 もはや半端な慰めの言葉は逆効果になりそうな状況に、どうしたものかと悩んでいると……どこへ行っていたのか、トコトコとポチが戻ってきた。


「どうしたのポチ、今はちょっと取り込んでて……」


「クオォ、オン!」


「ん?」


 ずっとサボってたはずのポチが、私に向かって顔を突き出す。よく見れば、何か口に咥えているらしい。


 なんだろうと思いながら手を伸ばすと……《気絶》状態のアイアンラットと、《虹色鉱石》が転がって来た。ほわい!?


「えっ、ポチどうしたのこれ!?」


『どこ行ってるのかも把握してなかったけど、さっきネズミが逃げた先に偶々そいつが待機してたのか』

『そして偶々ネズミが来た瞬間にやる気出して自動で攻撃したと』

『偶々が多すぎてもうわかんねえよ!!』


 ポチのサボりモードが、まさかの超ファインプレー。

 あまりの展開に誰もが声を失う中、ポチ当人だけは得意げに鼻を鳴らす。


 うん、後でいっぱいご褒美あげよう。好きなご飯は何かな?


「取り敢えず……はいティアラちゃん、これ返すね」


「あ、ありがとう……やっぱり、クレハちゃんはすごいね……尊敬しちゃう……!」


「いや、その……あ、ありがとう?」


 今回は受け取ってすぐにインベントリに収納しながら、私に虹色鉱石よりもなお眩い輝きを放つ円らな瞳を向けるティアラちゃん。


 うん、本当に私、何もしてないんだけど。こういう時どういう顔をしたらいいの?


 そして、そんな私の葛藤を察しているであろうスイレンは、お腹を抱えて爆笑していた。ぐぬぬ。


「あははは……! それでクレハ、都合よく気絶状態で運ばれて来たそのネズミ、どうするの?」


 笑い終わったスイレンは、ポチが捕ってきたもう一つの戦果についても言及する。


 どうするって……そりゃあ、こんな風にお膳立てされたら、やることは一つだよね?


「もちろん……《テイム》!」


 狙ってた探索タイプ、それもあれだけの敏捷を持つ優秀なモンスターだ。きっと役に立つと思う。


 そんなわけで、無事ティアラちゃんは鉱石を取り戻し、私も新しい仲間を手に入れるのだった。



名前:なし

種族:アイアンラット

タイプ:探索

レベル:12

体力:50/50

魔力:60/60

筋力:20

防御:30

敏捷:150

知力:50

器用:80

幸運:60

スキル:《もの盗り》《逃亡者》

特殊スキル:《隠蔽》

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