第36話・偽魔導師2
猫の後ろを特に目的もなく歩き回りながら、その日のジークはのんびりと森の散策をしていた。途中で依頼にあった薬草を見つけたら採取し、またティグを追っていく。散策とは言っても、魔獣の住まう魔の森の中だ、人の気配を感じて襲い掛かってくる獣にも何度か遭遇した。その度に討伐して素材を回収していると、猫の気が済んだ頃にはパンパンに膨れ上がった麻袋がいくつも出来上がった。
縞模様の尻尾をピンと伸ばして得意げに前を歩くティグと共に、ジークは来た道を戻っていた。毎日のように森に入って、日帰りで戻れる範囲を大方は歩き回った気でいたが、意外と知らない場所も多かった。初めて見る薬草を発見したりと、猫が案内してくれる先には驚かされることがたくさんある。
「ティグはどのくらい、この森に居たんだい?」
聖獣である猫の寿命は不明だ。どのくらい生き、いつからこの森に居たのかさえ分からない。だが、長い時をティグはここで過ごしていたということだけは確か。
にゃーん、と返事ともつかない声で鳴いてみせると、ティグは進路を遮っている倒木の上に飛び乗る。そして、すとんと軽い足音を立てて着地して、さらに先へと歩を進めていく。ジークも後に続いて倒木を飛び越えると、森の前の石壁の検問所を目指して歩き続けた。
森の出口まであと数分ほどという距離まで来た時、トラ猫がちらりと横に視線を送ったのに気付いた。ジークもそちらを確かめるように向くと、昨晩に見たローブ姿の小柄な男がしゃがみ込んで何かを探っているのが見えた。
――薬草採取かな? いつも森の浅いところで探してるって言ってたし。
ギルドで大剣持ちが言っていた通り、森の入口が見えるような場所で薬草を探しているようだった。こんな魔獣の危険性が低い所だと、街の子供達が小遣い稼ぎで入って既に取り尽くしてしまっていそうなものなのに。
「……くそっ、全然違うじゃねーか」
薬草かと思って摘んだ物が、ただの雑草だったと気付いて、ローブを羽織った男は掴んでいた草の束を投げ捨てた。朝から森に入って探し回っているのに、ちっとも見つからないと苛立ちが限界にきていた。
「はぁ……」
大きな溜め息をついてから、どしりとその場に座り込む。そのまま項垂れ、もう一度溜め息が口から漏れ出た時、目の前を縞模様の何かが横切っていくのが見えた。
「?!」
驚いて顔を上げると、縞模様の小さな獣の横に、ギルドで何度も見かけた栗色の髪の青年が立っていた。
「ごめん、ティグがどうしてもここを通るって聞かなくて」
なんだか込み入ってそうだから、少し迂回して帰ろうと提案してもティグには通用しなかった。一直線に男の前を通過していく猫の後を追いながら、ジークは苦笑いしながら男に声掛けた。
「あ、あのっ」
「ん、何?」
猫を追い掛けてそのまま過ぎ去ろうとしていたジークは、切羽詰まった声に呼び止められて立ち止まった。男の元に戻ってくると、ティグも諦めたように付いてくる。
「冒険者って、どうやったらいいんすか?」
「えっと……」
聞かれた意味が分からず、ジークはすぐに言葉が出ない。依頼を受けている時点でギルドには登録できているだろうし、彼の質問の意図が理解できない。
「どういうこと?」
「いろいろやってみたんすけど、街の外ではまともに出来る依頼がほとんど無くって、全然稼げなくって」
はぁっと大きな溜め息をついて、男は再び項垂れてしまう。話を聞く感じではジークよりは年下だろうか、名はロペスと名乗った。
「一人が無理なら、パーティに入れて貰えば――」
「あ、パーティはダメっすね。俺、武器使えないし、魔力も無いし」
ロペスの台詞に、ジークは首を傾げた。彼の装備はジークの物と大して変わらない、魔法使いのそれなのだから。剣や弓などの武器を持たず、ローブを羽織っているから魔法使いだと勝手に思い込んでいた自分が悪いのだろうか?
「じゃあ、ギルドには何の属性で?」
「特に何も……空欄でもいけたんで」
森に入る時は魔獣除けの魔石を持ち歩いてると、はにかんで見せてくるロペスはきっと悪い奴でもないのだろう。
「身を守れる手段が無いのなら、むやみに森には入らない方がいい」
別に街の中でできる依頼ばかりを選ぶのは悪いことではないし、実際にそれで助かる人もいるのだ。冒険しようがしまいが、冒険者ギルドに登録して、ギルドから依頼を受けた時点で冒険者を名乗っても問題ない。
「ただ、紛らわしい恰好はトラブルを招くよ」
「あー、これっすか。武器無しの冒険者って、ジークさんしか思いつかなくって」
力仕事をする時はローブが邪魔だと嘆くロペスに、ジークは苦笑するしか無かった。魔法使いの装備はそういう仕事には向いてないと教えてあげるのが精一杯だった。
「やっぱ、そうっすか」と納得して頷いていたロペスは、次にギルドで出会った時には作業着姿で、頭にはきっちりとバンダナを巻いていた。すれ違う他の冒険者達がもれなく二度見していたのは言うまでもない。
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