第27話・大規模討伐

 隣の部屋を使う冒険者の扉を開閉する音で目が覚めたジークは、そろそろ夜が明け始めているのを確認すると、諦めたように溜息を吐いた。二度寝するには中途半端な時間に起きてしまったようだ。

 今朝は少しばかり肌寒いからか、いつもは毛布の上でジークの腹を枕にして眠っている縞模様の猫が、中に入り込んで彼の脇にぴたりとくっ付いている。


「おはよう」


 毛布を頭で押し上げながら顔を出した猫に、目元めがけて擦り寄られる。身体を横たえたまま、その丸い頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして懸命に頭を擦り付け続けていた。


 ベッドに寝転がったまま、両腕を伸ばしてみると、凝った身体が解れていく感覚がした。猫と密着して眠るのは温かいけれど、ずっと体勢が固定されてしまうから、朝一は身体がゴリゴリになる。だから、模擬剣の鍛錬で軽く身体を動かすようになってからは随分と楽になった気がする。


 鍛錬と朝食を終え、ティグを残して宿を出たのは普段よりも早い時間帯。すれ違う冒険者の数も多く、一日の中で一番ギルド前通りが賑やかな時刻だ。


「おう、ジーク」

「珍しいな、この時間に」


 知った顔から声を掛けられたり、肩を叩かれたりする数もここ最近で随分と増えた。かと思うと、初見の冒険者もそれ以上に多いし、いつの間にか見なくなった顔もかなりある。


 仕方ないことだと分かってはいるが、寂しいものだと思いながらギルドの木製の扉を潜った。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」


 入ってすぐ、若い職員が扉の横に立って冒険者を待ち構えていた。勢いに釣られて挨拶を返すと、これでもかという営業スマイルで一枚の依頼書を手渡される。

 指名でもない依頼をギルド側から勧められることは、これまで一度も無い。訝し気に職員を見ると、ニコニコと笑顔を張り付けたままだ。


「人数が必要な依頼なので、ご協力をお願いします」


 ジークにそう声を掛けた後、次にやってきた冒険者にも同じように挨拶をしてから依頼書を渡していた。人の出入りが途切れた途端、疲れを吐き出すかのように息を吐いていたので、彼は朝一からずっと勧誘をさせられているようだ。新人職員も大変だなと少しばかり同情の視線を送る。


 依頼ボード近くの長椅子に腰掛けて、受け取った紙に目をやる。職員が言っていた通りに人数を必要とする大規模討伐の依頼が記されていた。シュコールから西にある魔の森とは反対方向、東の農村地帯に魔鳥が大量発生しているらしい。


「魔鳥、かぁ」


 魔鳥と聞いて思い出すのは、アヴェンへの護衛で遭遇した大群。あれは中型だったが群れの規模が大きく、ティグが一緒じゃなければかなり苦戦しただろう。日の光を遮断するほどの大群はそうそうお目にかかることはない。


「魔法使いと弓使いだけに渡してると思ったら、飛ぶヤツか」


 隣にドスンと勢いよく腰を下ろし、見覚えのある大剣持ちがジークの手に持つ依頼書を覗き込んでいた。彼のような前衛タイプには挨拶だけで、一部の冒険者には何やら紙も渡しているなと気になっていたらしい。

 無遠慮に手元へと顔を近付けられて、多少はムッとしたものの、ジークは依頼書を男に渡してやった。


「うっわ、オオワシかよ……」


 受け取った紙を興味深げに見ていた男は、討伐対象種名を読み上げて、心底嫌そうに顔を歪めていた。

 オオワシ――魔鳥の中でも最大種のそれは、全長2メートルほどの体躯に、鋭い爪を持つ。群れで行動する種類ではないが、今回はなぜか農村地帯を中心に複数が居ついてしまっているということだった。


「産卵期だし、どっかに巣があるんだろうな。これ、お前が行かないと終わんないやつじゃね?」


 オオワシを倒すのに弓が何本要るんだよ、と過去に偶然目撃した魔鳥の姿を思い出し、大剣持ちは身震いした。ジーク自身はまだ遭遇したことが無く、話に聞いたり書物で読んだりしたことがある程度だ。


「すぐに帰って来れないやつは、無理かな」


 複数の冒険者との協力が必要な依頼には、さすがにティグを連れてはいけない。かと言って、一人で依頼を受けるのならすぐに戻って来れるものじゃないと、とジークはオオワシを見てみたいという誘惑と戦っていた。


「虎の子だっけ? 連れてけばいいじゃん」

「え?」

「古いヤツで、知らないのはいないぞ」


 冒険者の情報網を舐めんなよ、と揶揄うように笑って、大剣持ちは入口で依頼書を配り続けている男性職員を指差して言う。


「さっきから実力のはっきりした古いヤツにしか渡してないし、お前の契約獣見て驚くヤツはいないと思うぜ」

「……よく見てるな」

「こう見えて、観察力には自信あんだよ」


 本気で感心しているジークをおかしそうに笑って、男は依頼書を返してきた。立ち去る時に肩をぽんと叩いて行ったのは、彼なりの激励だろうか。

 戻された依頼書をもう一度見返すと、ジークは立ち上がってから受付の最後尾へと向かった。

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