第46話・解かれし封印

 白髪交じりの銀髪を後ろへ撫でつけたギルド長は一度だけ目を伏せて気持ちを落ち着けてから、わざとらしいほど静かな口調でジークに告げた。


「先ほど起こった地揺れにより、古代竜の封印が解けました。場所は魔の森の南」

「古代竜?!」


 ジークは一瞬、己の耳を疑ってしまった。ギルド長のディゼルは机の上に地図を広げて、竜の目撃地点を指し示す。近隣の領土を表したかなり詳しい物で、一般には手に入らない類いの地図だ。

 発見したのは冒険者だったらしく、パニック寸前で戻って来た彼らから話を聞いて発覚した。森を管理下に置くグラン領へはギルドから職員を走らせているところだ。


 森の奥に封印された遺跡があるのはジークも知っていた。だが、大昔に祭事か何かで使われていた建物の跡地程度にしか考えていなかった。まさか、その下に竜が眠っているとは想像だにしなかった。


「王都への応援要請を送ってはいますが、今日明日という訳にはいきません」


 ついさっき、扉の向こうではギルド職員が「四日後?!」と悲痛な叫び声を上げていた。王都までの距離を考えると、寝ずに馬を走らせても片道二日は掛かる。今から伝聞を送り、向こうから人を送って貰うとなると思った以上に時間が要る。応援を待っている間に竜が覚醒して暴れ出さないとも限らない。


「戦える冒険者を招集されるんですか?」


 王都から騎士団や魔導師団が来るまでの時間稼ぎは必要だろう。ここは冒険者の街だ、戦い慣れた者ならすぐに集まるはずだ。

 ジークの問いに、ギルド長は顔を曇らせて首を横に振った。


「いいえ、ただの冒険者が束で挑んだところで、竜には歯が立たないでしょう。それに、混乱を避ける為に公にはできません」


 討伐することができず、封印という形でしか排除できなかったような存在が今再び出現したとなれば、グランは勿論、隣接するシュコールからも人は消える。今後の2つの領土の存続に大きく関わってくる。


「竜を目撃した者は?」

「報告を受けた後、忘却の魔法により記憶は消してあります」


 この話をジークにしてきたことで考えられる理由は二つ。一つ目は彼が魔の森を治めるグラン領主の嫡男であり、隣領との早急な情報共有の為。そして、二つ目は――。


「俺が竜の討伐に?」

「街への被害が出ないよう、応援が来るまでの時間稼ぎをお願いしたい」


 封印が解けたばかりの今でさえ、並みの冒険者では足止めにすらならないだろう。けれど、宮廷魔導師への誘いを受けている程のジークならば。ギルド長としては一か八かの賭けだった。


「グランへ向かわせている者には、報告と確認の文書を持たせております」


 現況の報告と共に、息子であるジークに討伐へ向かわせて良いかの両親への確認。親としては子供を危険な場所に送り込むことは避けたいだろう。ましてジークは領主の直系だ。なのに今回のは言ってみれば、捨て駒の扱い。

 けれど、ジークは顔を上げて言い切った。


「確認の必要はありません」


 さらに詳しい状況をディゼルから確認し終えると、ジークは宿屋へと一旦戻った。宿の中はすっかり元通りに片付け終わり、一仕事を終えた男達が食堂で賑やかに飲み食いしていた。

 二階の角部屋の扉をそっと開くと、ベッドの上には仲良く寄り添って眠る少女とトラ猫の姿があった。


 足音を立てないように静かに歩み寄ると、ジークはティグの頭を撫でながら声を掛けた。耳はピクピクと動いているので、眠っている訳ではないようだ。


「ティグ、ちょっと森に行こうか」


 トンと軽い足取りでベッドから飛び降りると、猫は急かすように扉の方へ先に向かう。ジークは幼い少女に布団をかけ直してやると、ティグを追って部屋を出た。途中、食堂に顔を出して、女将にエリーが部屋で寝ていることを伝えていく。


 石壁の検問所を出て、森の入口まで来ると抱えていた猫をローブの中から出す。地面に降ろすとティグはいつも通りに伸びをした後、ふいと顔を一方向に向けた。縞模様の毛が僅かに逆立っているように見える。


「分かる? 今日はあれを倒しに行こうと思うんだけど」


 猫が気にしているのは、古代竜が覚醒した遺跡のある方向だった。獣は本能的に自分との力の差を理解する。さすがにティグでも竜の相手は嫌だろう。


「無理しなくていいから」


 屈んでから、丸い頭を優しく撫でる。先に宿に戻ってていいよ、と声を掛けると、トラ猫は彼の足に一度だけ擦り寄ってから、そのまま森の奥へと進み始めた。


「にゃーん」


 早く来い、とでも言うように、ジークを振り返って鳴いて呼ぶ。

 森の奥深く、強い気配が少しずつ動きを取り戻そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る