第45話・横揺れの後

 横揺れで倒れた棚を起こしたりと、店主一人でも片付けられる状態まで手伝った後、ジークはリンと一緒に街の様子を見て回った。


「意外と平気そうね」


 レンガ造りや木造でも頑丈な建物が多いせいか、街の中ではそれほど地震の影響は見て取れなかった。勿論、あの武具屋のように家の中は散乱してしまっている可能性はあるが。


「上からナイフが降って来るとか、初めての経験だったわ」

「地震の時に一番居ちゃいけない場所だったね」


 ジークが結界を張っていなければ、刃物の一本や二本は刺さっていたかもしれない。壁一面の武器が自分に向かってくる光景を、リンは思い出したくないと首を横に振った。


「うちの工房も同じ感じだから、ちょっと心配……おじいちゃん、この時間は家で昼寝してるはずだから大丈夫だとは思うけど」


 鍛冶屋を営むリンの自宅も武器に溢れている。先程の武具屋と同じように武器が飛び交っていたに違いない。祖父に一人で片付けさせられないと、リンが荷馬車を預けているという石壁の馬繋場近くで二人は別れた。


 女将が切り盛りしている宿屋のことも気になって戻ってみたが、さすがに冒険者と旅人御用達の宿だけあり、彼が帰って来た時にはすでに男手が勢ぞろいして倒れた棚を直していた。


 テキパキと男達に指示を出している女将からは離れて、一人で心細そうに立ち尽くしていた少女はジークの顔を見てホッしたように駆け寄って来た。


「お兄ちゃん……」

「エリー、怪我はしてない?」


 大丈夫、という声が少し震えて聞こえ、ジークはしゃがみ込んでエリーにだけ見えるようにローブを捲った。中からぴょこんと顔を出したトラ猫に、少女はようやく笑顔を見せた。


「遊んでいい?」

「いいよ。少し出掛けるから、一緒に部屋で待っててくれる?」


 お母さんに聞いてくるー、とご機嫌で走っていくエリー。「お兄ちゃんの部屋で、ピグちゃんと遊んでていい?」という大きな声が食堂中に響く。


 二階の角部屋で猫と少女に留守番を任せると、ジークは一人でギルドへと向かった。地震に伴った復旧作業などの依頼が出ている可能性があるので、あれば率先して受けてくるつもりだった。


 しかし、レンガ造りのギルドの前は中に入れない冒険者で溢れていた。いつもは開け放たれている扉は施錠され、「緊急閉鎖中」と書かれた紙が張り出されていた。張り紙を指差して思い思いに推測し合う冒険者達は、誰一人として正しい情報を持つ者はいなさそうだ。


 ギルドの中も物が散乱して業務に支障が出ているのだろうかと、特に気にも留めずに来た道を戻ろうとしたジークは、レンガの壁の奥から名を呼ばれた。


「ジークさん」


 声の聞こえた方を振り返ると、ギルドの建物の脇に見覚えのある年配のギルド職員の姿があった。他の冒険者からは隠れるように、小さく手招きをしている。


「すみません。少しお時間いただけますか?」


 あくまで小声で、こそこそと隠れるように身を潜めている職員に黙って頷くと、導かれるままにギルドの建物の裏口へと回った。普段は職員のみが出入りしているだろう片扉から中へ入って男に連れていかれたのは、奥まった小部屋。内密な依頼などで使われるとは聞いたことがあったが、ジークは初めて入った。


 応接室というには簡素なその部屋は、部屋の中央に長椅子と机が置かれているだけ。促されて腰掛けて待つ間、部屋の外から聞こえてくる慌てた職員達の声に耳を澄ます。


「……位置は? どの辺りだ?」

「一匹か? 本当に一匹なのか? まさか、群れってことはないだろうな?!」


 ――大型の魔獣でも出たのか?


「……宮廷は? 今から連絡したら、いつになる?」

「さっき馬を走らせたところなので、早くても四日後かと――」

「はあ? 四日後?」


 まともな情報が無いまま、互いが互いを確認し合い、混乱しているのは分かった。周りの声を拾いながら、ジークは眉間に皺を寄せた。――何が起こってるんだ?


 半開きのまま放置されていた扉を二度叩いて小部屋へと入って来た男の顔に、ジークはさらに眉間の皺を濃くした。今まではちらりと横顔を見たことがあった程度の認識だが、男はここのギルド長だ。白髪交じりの銀髪に恰幅の良い体躯は、元冒険者の多い職員をまとめ上げているだけあり、なかなかに貫禄がある。


「お初にお目にかかります。ギルド長のディゼル・シュコールと申します」


 領名を姓に持つということは領主一族だろうか、そして右手を胸に当てて頭を下げたところを見ると、ジークの素性も十分に知っているのだろう。

 ジークも正式な挨拶を返そうと腰を上げかけたが、すぐに片手で制される。


「他領のご子息にお願いすることでないのは、重々承知の上ですが――」


 ギルド長はジークの前に腰を降ろすと、言いにくそうに言葉を続けるのだった。

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