第13話・卒業請負人2
シュコール領の西の端に位置する小さな町で、魔法使いのマックスは生まれ育った。元々から魔力持ちの多い家系で、父親は町外れで魔力屋を営んでいた。
親譲りの魔力持ちだった彼は、子供の頃から親の後を継ぐことを期待されていたが、石の相手ばかりしていたくないと、18で家を飛び出した。
シュコールの中心街で冒険者登録をすると、魔法使い自体が少ない為にギルドに顔を出せばひっきりなしに即席パーティの誘いを受けて、充実した日々を送っていた。魔力を持たない人間が多い中、遠隔での魔法攻撃ができることはありがたがられ、どこか天狗になっていたのは確かだ。
剣士などの前衛が動く前に魔法で先制攻撃をかけ、怯ませて隙を作る。相手からの攻撃の際には防御壁を張って仲間を守る。それが魔法使いの役割だと思っていたし、実際にそれ以上のことを求められたことはなかった。従来の冒険者としてならマックスの力は申し分がなかった。
しかし、数か月前にふらりと現れた青年の噂は規格外だった。魔法攻撃だけで魔獣の群れを殲滅してしまうなんて、宮廷魔導師でもなければ無理だ。実力の差に愕然とした。そして、前衛ありきで補助的なことしかできないでいる自分自身が少しずつ嫌になってきた。
「分かる、俺もそれは思ってた」
「誰もやれとは言って来ないんだよな、端から出来ないと思われてるから」
乗り合い馬車に三人並んで座り、依頼場所へと向かいながら魔法使いのエルは大きく頷いて同調していた。彼が冒険者の辞め時だと思った理由も似たようなものだった。
補助が必要だから重宝してもらえるけれど、主戦力とは思われていない。それに気付いてからはただただ限界しか見えなかった。誰かと組まないと依頼も受けられない自分が、冒険者を名乗って良いのかと。
「お前、なんで冒険者なんかやってんの?」
「そうそう、ジークくらいなら宮廷から誘われんじゃねえの?」
その冒険者なんかをこれから辞めようとしている癖に何言ってんだという感じだが、当然の疑問だった。
「あー、宮廷は冒険者を辞めることがあれば、かな」
やっぱそうだよなー、と二人は納得。彼の実力なら宮廷から声掛けられていない訳がない。魔法使いじゃなくて、ジークは魔導師だった。自分達と違って当然だった。
「実は今日、結構楽しみにしてたんだよな」
「あ、俺も俺も」
これから冒険者を卒業しようとしているはずの二人はやけに明るかった。最後の依頼になるかもしれないと、終始しんみりとした雰囲気になるかと思っていたジークは密かに拍子抜けしていた。
「そっかー、ジークは魔導師だったかぁ。さらに楽しみになってきたわ」
分かる分かるとエルも同調して頷いた。魔導師の放つ魔法が見れる、それは魔法使いにとって憧れだ。
「前にジークに絡んでた大剣持ち、飲み屋で泣いてたの見たぜ」
「あいつ、後衛は危険が少ないって報酬の取り分にめっちゃ差つけるし評判悪かったよな」
魔法使いはしょせん補助だとバカにしていた前衛主義者のことだろう。ジークと組んだ後にギルドから姿を消したらしいが、飲み屋で泣いていたとは情けない。
「ちゃんと報酬、分けてもらえたか?」
「ああ、うん。9割も置いていったよ」
ぶはっと二人は揃って吹き出した。それでも1割は持って行くんだと、荷馬車の席で笑い転げている。
三人が受けた依頼場所は農村近くの洞窟だった。以前にも魔獣が住処にしていたが、その駆除後にまた別の魔獣が巣くってしまったらしい。なので、討伐と洞窟の破壊の依頼だった。
確かに洞窟の奥には何かの気配が数頭分ある。中型の魔獣だろうか。誘き出すためにジークは小石を一つ拾うと、いつもと同じ要領で洞窟めがけて投げつけてみる。その一連の動作に、二人の魔法使いは目を丸くする。
「何、今の? 風魔法を乗せた?」
ジークの邪魔にならないよう一歩下がったところに避難して、ただただ感心している。彼らの目的は依頼達成ではない。ジークの力を目の当たりにすることで冒険者稼業に見切りをつけることだ。
ガン、という鈍い音が洞窟の奥から聞こえた後、唸り声を上げて出てきたのは猪型の中型魔獣。家族単位の群れで行動することが多い。
勢いよく出てきたところを、ジークが普段と同じように炎の渦で包み込んでまとめて焼き尽してみせる。
「やっぱ、魔導師だな。段違いだわ」
「何だよ、あの威力……魔導師、こえー」
すげーな、と二人は揃って素直に感心している。誰かと一緒に依頼に出て、こんな反応を貰ったのは初めてだ。
「奥にもう一匹残ってるけど、二人もやってみたら?」
言った後、ティグじゃないんだから順番とか無かったか、とジークは思わず苦笑した。少し考えていた様子だが、二人ともすぐに魔法発動の体勢を取ったので、ジークはまた小石を拾い上げ、洞窟の中へ投げ入れた。
「きた!」
出て来たのは少し小ぶりだったが、二人はほぼ同時に全力で魔法を放った。マックスは風魔法、エルは炎魔法が得意らしく、魔獣へ向けて撃てる限りにぶつけていく。繰り返し繰り返し、これでもかと撃ち続けられる魔法。風と炎の攻撃を同時に受けて、魔獣はしばらくふらつきながらも三人の方へと向かって来ていたが、途中でバタリと倒れ込んだ。
「ふぅ。今までで一番、魔力使った気するわ」
「俺も」
ジークの魔法を見てしまった後だ、生半可はものは撃てないと本気でやった。それでも二人で一匹を倒すのがやっとだった。力の差は十分に見せてもらえたし、もう心残りはない。冒険者をやめてしまえば、滅多なことでは攻撃魔法なんて使うことはないだろう。丁度いい撃ち納めもできたし悔いはない。
清々しい気分でジークの方を見ると、当の魔導師は顎に手を当てて何かを考えてる様子だった。
「二人とも、魔力が広がり過ぎてるから、杖を使ったらいいのに」
「俺ら、これで辞めるって言ってんのに……」
「今、それ言う?」
杖で焦点を絞れば威力も上がるはずだとアドバイスすると、二人に揃って笑い飛ばされた。その後の洞窟の破壊はジークが風魔法を放って天井を崩し、入口を塞ぐことで難なく完了した。
帰りの道中も行きと変わらずの明るい雰囲気だったが、ギルドに着いた後はやはり報酬は要らないという二人をなだめて、ちゃんと三等分にしてもらった。今回は二人も討伐に参加しているので無理矢理に納得してもらった。
別れ際、「寄る所があるから」と二人は別々に去って行ったが、その後に武具屋で鉢合わせし、揃って大爆笑したという話をジークが耳にするのは少し後のことだった。今回の卒業請負は失敗に終わった模様だ。
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