第12話・卒業請負人
日が落ちかけて外が薄暗くなってきた頃、その日に受けた依頼の報告で、ジークはギルドを訪れた。
いつも通りに石段を上がって木製の扉を押し開くと、中には同じように依頼報告に来たらしい冒険者の姿が十人ほど。この時間にしては少ない方だ。
目に入った顔ぶれの半分には見覚えがあったが、残りの半分は初めて見る顔だ。収入も不安定だし、常に危険が伴う冒険者の入れ替わりは激しい。数日顔を出さないだけで、面子が一変してしまう。
今日も魔の森での討伐と薬草採取の依頼を受けていた。ここに来てから見分けられるようになった草が随分と増えた。依頼で受けていない種類でも見つけたら一緒に摘んで、戻って来てから合致する案件を探すということもできるようになった。
効率よく報酬を得る為というものあるけれど、ジークは少しでも長い時間を森で過ごすようにしていた。人目を気にせずティグが自由に動き回れるのは森の中だけ。狭い宿屋の一室に閉じ込めておくのは可哀そうだと、毎日のように森に連れ出していた。
報酬の高い魔獣討伐と、時間のかかりそうな薬草採取を同時に受けることで、丸一日森の中に居ても不審がられることもない。石壁の検問人には「毎日、大変だな」という顔をされることはあるが。
ついでに集めてきた薬草の採取依頼を見つけてボードから剥がすと、それも持って受付へと向かう。追加分の報酬はあまり高くはなかったが、無いよりはマシだ。前日に受けておいた二件の依頼の報告と、今見つけたばかりの依頼の受諾と報告をまとめて行う。一度に三件を完了したことになるので担当したギルド職員は一気に慌ただしくなってしまうが、嫌な顔はされたことが無いので問題ないだろう。
ジークの様子を遠巻きに見ていた他の冒険者達が少し騒めいていたが、それはいつものこと。
たまに下衆な冒険者から「そんなに稼いで、いくら貯め込んでんだ?」と聞かれることもある。ジークが受け取っていた報酬額を覗き見て、ソロの額じゃないと妬んで言ってくるのだろうが、そういう時は笑顔で「それなりに」と答えることにしていた。幼い頃から社交で鍛えられた受け流しの術は伊達じゃない。
実際のところ、魔法使いは武具を必要としないから装備代はほとんどかからないし、ジークは酒も飲まないし煙草も吸わない。毎日のように森の中を歩いているから、すぐボロボロになってしまうブーツやローブはマメに買い替えてはいるが、それくらいだ。
家を出た時に持って来た額の何倍かにはなっているかもしれないが、定期的にギルドに預けるようにしていたので、具体的にどれくらいあるのかは確かめたことが無かった。ギルドに預けておくと、万が一彼に何かあった時には登録している受取人に全額が送金される。ジークはその受取人には弟のゾースを指定していた。誠実な弟なら有効的に使ってくれるだろうと。
依頼三件の報酬をカウンターで受け取り、その内の半分をギルドの口座に預ける手続きをして振り向くと、真後ろに見知った顔が二つ並んでいた。一緒に依頼を受けたことも無く、ロクに話した記憶もないが、かなり前からいる冒険者でジークと同じく希少な魔法使い達だった。
「ジーク、ちょっといいかな?」
ギルドの隅に設置されている丸テーブルへと誘われて、三人で囲むように腰掛ける。魔法使いが三人も揃っている珍しい光景に、他の冒険者達が遠巻きに様子を伺っているようだった。
「頼む、ジーク。俺らに冒険者を辞めさせてくれ」
「は?」
いきなり何を言われるのかと、ジークは訳が分からない。からかって言っているのでないことは、二人の真剣な表情で読み取れるが、全くもって意味が……。
「辞め時なのは分かってるんだけど、どうしても踏ん切りがつかなくってさ」
「俺ら、キッカケが欲しいんだよ」
故郷に戻って親の仕事を継ぐ覚悟はできたものの、彼らは冒険者への未練であと一歩を踏み出せないでいるのだという。憧れだった冒険者になって数年、そろそろ限界も見えて来たけれど、希少な魔法使いと周りからは持ち上げられ続けて、辞め時が見つからず迷走していた。
「で、なんで、俺?」
ジークの疑問は最もだ。冒険者稼業を卒業するつもりなら勝手にすれば良い。そこに彼は何も関係ないはずだ。脱退の手続きなら、すぐ後ろにあるカウンターで簡単にできるのだから。
「お前と一緒に依頼受けて、実力差を見せつけてもらったら、諦めきれると思うんだよな」
「頼むわ、俺らをすっぱり卒業させてくれ」
彼らが言うには、ジークと一緒に依頼に出た冒険者の約半分はその後すぐ、意気消沈とギルドを去ってしまっているらしい。冒険者キラーと陰で呼ばれているのは知っていたが、そういう意味だったのかとジークは納得した。嫌な気しかないが。
何だか面倒だな、とは思ったが、年上二人から頭を下げられては断り辛い。ティグを森に連れて行ってあげられなくなるのは困るが、近場の案件ならという条件付きで頼まれることにした。さっさと終わらせてから森に行けば良いか、と。
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