第9話・大剣使いのユバ
いつも通りにトラ猫を先に宿屋に送り届けた後、ジークは一人でギルドへと向かった。少し遅い時間だったこともあり、冒険者の姿はちらほらといった感じで、受付は閑散としている。ギルド職員は一人を残して、他は受付以外の仕事に回っているようで、多い時には三つある窓口は今は一つしか開かれていない。
今日の依頼の達成報告と、素材になりそうな部位の買い取りを手早く終わらせると、ジークは翌日に受ける依頼を探して壁際のボードを見上げた。
ティグが一緒だから、やっぱり森の依頼になるかな、と栗色の前髪をわしゃわしゃと掻き上げる。困ったり迷っている時の癖で、髪が乱れるのが分かっていてもついやってしまう。身だしなみにうるさい執事のいる実家でやってしまうと大変なことになるが。
他の冒険者と鉢合わせしなさそうな場所の依頼となると、森の奥に行くしかない。時間を掛けて行くのなら、それなりの報酬が欲しいところ。なかなか良い条件の物が見当たらず、また前髪へと手が伸びる。
そんな時、背後から声を掛けられた。振り向くと大剣を背負った大柄の男がニヤニヤと笑いながら立っている。ボサボサの髪と日焼けした肌、太い二の腕はジークの太腿くらいありそうだ。その男の顔には全く見覚えがないから、最近シュコールに来た新入りだろうか。
「なあ、ジークって、あんたのこと?」
「……そうだけど?」
初対面で一方的に名を呼ばれるのは、あまり良い気がしない。他の冒険者から噂でも聞いて、興味本位でからかいに来たのだろうか。デカい図体で上から見下ろされるのも、ジークのことを値定めするかのような視線も、少し気に食わなかった。
男が動く度にガチャガチャと大剣が音を立てていたが、そんなにうるさいと獲れるはずの獲物が逃げてしまわないんだろうか。ティグは足音も立てずに歩くから、狩りも上手だったなと今日の依頼中のことを思い出す。
「あんたと一緒に依頼受けたら、めっちゃ楽できるって聞いたんだけど」
「は?」
これは初めて出会ったタイプかもしれないと、ジークは吹き出しそうになるのを必死で抑える。他力本願の、何もせずに報酬が貰えても遠慮なく喜べるタイプ。所謂、新人類っていうやつだろうか。力試しがしたくて集まってくる冒険者が多い中ではかなり珍しい。
「悪いけど、誰かと一緒にやる気は無いんだ」
ニヤニヤ顔に切り捨てるように言うと、ジークは依頼ボードへと視線を戻した。猫の存在が無くても、この男とはあまり関わりたくない。彼の力を真っ向から疑っているような、小馬鹿にした態度が気に障ってしょうがない。
「なんだ、やっぱり大したこと無いんじゃないの? オーバーなんだよな、あいつら」
忠告と言ってわざわざ噂を吹き込んで来た奴らに悪態をつく。戦わなくても報酬が貰えるなんて美味し過ぎるだろと、この時間まで待ち伏せた意味が全く無かったじゃないか、と。
「しょせん、魔法使いは後衛で、補助でしかないんだよな」
何でも力で押し切ろうとする典型的な前衛主義。この男の態度の全てはそれに基づいているようだ。フンと鼻で笑ってから立ち去ろうとする大剣使いに、ジークは静かに言い放った。
「分かった。一回だけ受けてやるよ」
「マジか。ラッキー」
ジークの物言わぬ苛立ちには気付いてない様子で、男はご機嫌で一枚の依頼書をボードから剥がしていた。会う前からすでに目星を付けていたのだろう、ソロでは受けられない大型魔獣の群れの討伐案件で、当然のように報酬は高い。
ユバと名乗る男はシュコールに来る前も別のところで冒険者として生活していたと自慢気に話していた。ここほど大きなギルドも無く、登録している人数も少なかった為、魔法使いに会ったのは数人くらいしかいなかった。どの魔法使いも前衛が攻撃する為の時間稼ぎ程度だったから、魔法っていうのはそういう物だと思っていた。
なのに、ここのギルドで出会った冒険者達は、ジークのことを強過ぎて次元が違うからとか言うじゃないか。魔法使いなのに、そんなのありえる訳ないだろ、と全く信じていなかった。多少は強いのかもしれないが、しょせんは魔法使いだ。
まあ、万が一に本当に強いのだったら、バカ高い報酬をただ見ているだけで貰えるなんて美味し過ぎるだろ、と出ていた依頼の中で一番高いやつを選んだ。万が一失敗しても、魔法使いのせいにすればいい。
翌朝、ジークはティグにお留守番を言い聞かせて、一人で宿屋を出た。ギルドで会った大剣使いと一緒に依頼を受ける為だ。
正直言って、全く乗り気じゃなかったが、あのまま黙って好き勝手に言わせておけなかった。それに、急げば昼過ぎには戻って来れそうな案件だったし、ティグもそれぐらいなら留守番できるだろう。
街から出ている乗り合い馬車で目的地の近くまで来ると、ジークとユバは住民が皆避難してしまい完全に静まり返った小さな村へと入っていく。依頼書によると、この村のすぐ裏手に大型の魔獣数頭が数日前から居ついているとのことだった。今はまだ裏手の畑の被害だけで済んでいて村の中まで押し入ってくることは無かったが、放っておけばそれも時間の問題だろう。
「うっわ、マジかよ」
村の裏に着くや否や、目に入ったのは荒れた畑とそこで自由きままに野菜を貪っている四頭の熊型の魔獣だった。特に大きなのは親で、他の一回りだけ小さいのは子供だろうか。この種の魔獣は、ティグと初めて出会った時以来だ。踏み荒らされ、食い荒らされた畑では今季の収穫は絶望的だ。
見ているだけと宣言してはいたが魔獣の群れを前にしてしまうと、ユバもわが身が危ないと背中の大剣に手を伸ばした――が、それはほんの一瞬の出来事だった。彼の手が大剣の柄に触れるより前に、魔獣達が彼らの存在に気付く前に、ジークの放った炎が魔獣の親子を包み込んでいた。渦巻く紅蓮の炎はあっという間に現れて、消えていく。残されたのは焦げ付いて横たわっている獣が四体。
ユバの大剣が鞘から抜かれることは無く、魔獣の駆除は終わった。
街へ戻る為の乗り合い馬車に腰掛けながら、ユバが一言も発さないことには気付いていた。行きはうるさいくらいに自分語りしていたのに、まるで別人のようだと思ってジークはおかしくて仕方ない。
「……なんか、すまない」
ギルドに着いて討伐報告を終えると、ユバはそれだけを言うと背中を丸めて帰って行った。報酬の9割をジークにくれたところを見ると、そこまで悪い奴ではなかったのかもしれない。それ以来、ギルドで彼を見かけることはなくなったけれど。
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