第5話・虎の子供
困ったな、とジークは横に並んで歩いている猫を見て、頭を悩ませていた。あまり深く考えずに一緒に帰って来たものの、街中を聖獣を連れ歩いていたら大騒ぎになるはずだ。
少しばかり考えた後、石壁の検問所を前に、足元のティグへと手を伸ばしローブの中に包むように抱き抱えた――これは、隠し通すしかない。
「大人しくしてて。鳴いたらダメだよ」
「にゃーん」
「しーっ!」
検問人に冒険者プレートを提示してから、背中に負った荷物のチェックを受ける。一通りの確認が終わった後、若い検問人はジークのローブをちらりと見た。
「その、腕に抱えているのものは?」
まあ、見つからない訳はない。そこまで甘くはない。仕方ないなという風に、ローブの一部を捲ってみせる。中からティグが丸い顔だけをひょっこりと出した。
「虎の子供です。契約済なので、暴れることはないです」
「へー、虎か、初めて見たよ」
森で出会ったんです、と本当のことも混ぜ込んで話すと、特に疑われることは無かった。いろいろ考えて、表向きはジークの契約獣ということにしておくことにした。契約済なら街で連れて歩いても咎められることはない。
勿論、ジークはティグと契約を交わしてはいない。獣と主従関係を結ぶには自身の血を用いた契約の魔法儀式を行う必要がある。契約することである程度の意志の疎通も出来るようになるし、その獣を従えさせることができる。
そもそも聖獣と契約なんて出来るかどうかさえ分からないし、契約なしの状態でもそれなりに意志の疎通は出来ているみたいなので問題なさそうだ。
ギルドに依頼達成の報告をしに行く前に、拠点にしている宿屋に一旦戻る。さすがにギルドに猫は連れていけない。
「すぐに帰ってくるから」
「にゃーん」
個室の床にそっと降ろすと、ティグは興味津々で部屋の中の匂いを嗅いでいたが、一通り回って気が済むとベッドに飛び乗って、その上で毛繕いを始めた。ジークは縞模様の頭を優しく撫でてやりながら、猫へお留守番を言い聞かせてみる。こちらの話す言葉をどれくらい理解してくれているかは分からないが、何となく大丈夫な気もする。
最初は嫌だった広い角部屋だが、猫の存在を隠すにはちょうど良かったかもしれない。これが狭い相部屋ならこうもいかなかった。
宿に猫を残してギルドに向かい、今日の依頼の報告して報酬を受け取った後、次の依頼を探そうとボードを覗く。できるだけ人目に付かず、猫を連れていけそうな依頼となると、魔の森周辺の案件がほとんどになりそうだ。さすがにティグをお供にして護衛依頼なんて受けられない。依頼の選択肢が狭まってしまうが、致し方ない。
しばらくボードの前をウロウロしていると、短剣を腰に装備した細身の男に肩を叩かれた。振り返ると、満面の作り笑顔で手に持つ依頼書を差し出される。
「なあ、一緒にコレ受けないか? 君、魔法使いだよな?」
「あ、ごめん。今はソロで出来るやつを探してるんだ」
ジークの噂を知らないということは、最近シュコールへ来たばかりだろうか。断るとあっさりと引き下がって、また別の冒険者に声を掛けに行ってしまった。
ティグと出会っていなかったら迷わず誘いに乗ったところだが、今は毛むくじゃらの相棒が優先順位の最上だ。
結局、無難に今日と同じような薬草採取と魔獣討伐の依頼を受けて、猫の待つ宿屋へと戻る。帰り途中で目に付いた屋台で、ティグも食べられそうな食料をいくつか調達するのは忘れなかった。
部屋の扉を開けると、すぐ目の前にトラ猫はちょこんと座って待っていた。それまでは何をしていたのかは分からないが、足音を聞いて出迎えてくれたのだろうか。
「ただいま」
「にゃーん」
嬉しそうにジークの脚に擦り寄ってくる。抱き上げてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして、頬や顎に小さい頭を押し付けてきて、長い髭が首などに掠って少しくすぐったい。
食堂で借りてきた皿に買って来たパンとチキンをちぎって乗せてやると、ティグは昼間と同じようにあむあむと声を出しながら貪っていた。その丸まったフサフサの背中に手を伸ばしかけたが、食事中のお触り厳禁なことを思い出して我慢する。また威嚇されたらショックだ。
猫が食べている様子を見ながら、備え付けの小さな机に自分の分の食事も広げる。特にチキンの食いつきが良さそうなので、もう少し切り分けて猫の皿へと足してやると、あっと言う間に食べ切られた。
「チビなのに、よく食うなー」
肉を好んで食べているところを見ると、森の中でも他の獣を狩っていたのだろう。触った感じの肉付きもそれなりに良かったので、食べるのには苦労してなさそうだ。
「明日もまた森に行くけど、ティグも一緒に行ってくれるか?」
「にゃーん」
前足を使って口の周りの手入れをしていた猫は、当たり前だと言うように返事してくれた。
そして、その夜の猫はジークの眠る布団の上を陣取って眠った。猫の体温と息遣いでジークはいつもよりも寝つきが良かったが、一晩中同じ体勢を強いられたおかげで、翌朝は身体がギシギシと痛かったのは言うまでもない。
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