閑話2

「――んで、我んトコに逃げて来たワケか……」


 ドアにもたれて呼吸を整えるわたしに、サヨ陛下は呆れたように呟き。


「ホント、紅竜王の孫どもはおもしろいのぅ」


 喉を鳴らして笑う。


「あやつ自身は、女関係イケイケだったのにのぅ」


 わたしは乱れた髪を手櫛で整えながら。


「それでもお祖父様は、お祖母様を選ばれましたよ」


 祖父の名誉を守る為にそう告げる。


「ま、そうなんだがの。でも、我も口説かれたコトあるんだぞ?

 戦場で刃を交わしながら口説かれて、危うくコロリと行きそうになったわ」


「――ご冗談を。

 陛下はその時にはもう、蒼の勇者様に惹かれていたというではありませんか」


「む、知っとったか。

 だが、口説かれたのはマジだぞ?」


 わたしはお祖父様――先代陛下を直接は存じ上げないけれど。


 伝え聞くお祖父様の若かりし頃の武勇譚を思うに、まったくのでまかせではないと思う。


「まあ、我のコトは良い」


 あまり自分の事を語りたがらないサヨ陛下は、そう言って話を打ち切り。


 コーヒーを口に運んで一息つく。


「しかしオレア殿がのう……」


 カップを揺らしながら思案する陛下は。


「……しばし待て――」


 そう仰って、姿をかき消した。


 転移でどこかへ向かったのだろう。


 わたしはソファに腰掛けて一息。


 先程の光景を思い出すと、思わず身を捩りたくなってしまうわ。


「あらあら~」


 遅れてやって来たフランが、そんなわたしを見てそんな声をあげて。


 わたしは両手で赤くなった顔を隠す。


 その間もフランはお茶の用意を始めた。


 お湯を沸かす音と、茶器を並べる音だけが響いて。


「……ねえ、フラン。

 さっきの殿下、本気だったと思う?」


 カイにどんな心境の変化があって、あんな事を言ったのか、まるでわからないわ。


 一緒に旅をしていたフランなら、なにか知っているんじゃないかと思って、そう尋ねたのだけれど。


「さてさて、どうですかね~」


 フランはそう言ってはぐらかす。


 どうやら答えてくれる気はないみたい。


「――待たせたな」


 そうして戻ってきたサヨ陛下の背後には、淑女同盟のみんなの姿。


「こういうのは、若いモン同士で話し合うべきだろう?」


 サヨ陛下は席に戻り、フランにコーヒーのお代わりを要求した。


 わたし達は各々に挨拶を交わして席につき。


 ことのあらましはサヨ陛下に聞いているのか、みんなは真剣な顔でわたしを見つめてきたわ。


「……ソフィア様、事実なのですか?」


 珍しく一番に口を開いたのはエリスさんで。


 同意するように、みんながわたしを見つめたままうなずく。


 わたしは彼女達の勢いに呑まれて、思わず息を呑んだわ。


「どうなんですの?」


 シンシアさんも追い打ちをかけてきて、わたしは観念した。


「……ええ。確かに殿下に訊かれたわ。

 その……わたしが……で、殿下を……すす、好きなのかって……」


 途端、みんなの顔が驚きに染まる。


「ついでに言うなら、セリスちゃんも言われてるね」


「――ユメ様っ!? 聞いてらしたんですか!?」


 セリスさんが慌ててユメさんを見る。


「遠話器が喚起されたままだったからね。聞こえちゃったんだよ。

 ――セリス、俺なんかを慕ってくれて、感謝する……だってさ~」


 ユメさんの殿下のものまねに、室内が黄色い歓声に包まれた。


「あ、あとね、セリスちゃんはオレアくんとキスもしてたよね」


 さらりと重要な話を暴露するユメさん。


「――ユメさま~」


 セリスさんはユメさんに抱きついて、彼女の口元を押さえた。


 この旅で、ずいぶんと仲良くなったものね。


「――なんソレ!? 詳しく!」


 一番食いついたのは、サヨ陛下で。


 陛下は身を乗り出して、セリス様に続きを促す。


「そ、その……殿下にかけられた女体化の魔道を解除するのと、魔道器官に絡みついた瘴気を整調するのに必要な行為だったのです」


「……なんじゃい。成り行きかい」


 がっかりしたように、サヨ陛下は席に戻る。


「で、でもですね!」


 セリスさんはわたし達を見回し。


「みなさんにはお伝えしなければと思っていたんです!

 <亜神>調伏のあの場で、殿下は大ステージを再び開かれました」


 胸の前で両手を組み合わせる。


「あの寒々しい荒野に……ほんのわずかですけど、緑が生まれていました。

 そして、二輪ですが……花が……花が咲いていたんです……」


 その時の光景を思い出しているのでしょうね。


 セリスさんは感極まったように声を詰まらせ、涙をこぼす。


 みんなが確認するように、ユメさんに視線を向け。


「……事実だよ。

 それがなにを示しているのかまでは、わからないけどさ。

 オレアくんの心に、変化があったのは確かだね」


 あのカイが……


 わたし達の気持ちはきっと同じね。


 それぞれ感情の表し方は異なっているけれど、みんな、カイの変化を……成長を喜んでいるわ。


「……なるほどのう」


 サヨ陛下は思うところがあるのか、顎を撫でてうなずく。


「あやつがそなたらの想いを自覚したことに、関係あるのかもしれんな」


「――いま、なんと?」


「ああ、オレア殿な、そなたらの想いに気づいておったぞ。

 目覚めた日に言っておった」


 だからこそ目覚めてすぐに気恥ずかしくて逃げ出し、この一週間というもの、ひたすらわたし達から逃げ回っていたんだそうよ。


 わたしはてっきり、わたし達がやり過ぎたからだと思っていたのだけれど。


 サヨ陛下の説明を聞き、わたし達は思わず悲鳴をあげる。


「そ、それじゃあ殿下がわたしに訊いてきたのは?」


「だからこその確認だろう?

 だがそなたが逃げてしまったからの。

 きっと自覚は勘違いと思って、元の消極的な態度に戻ってしまうだろうな」


 ケタケタとお腹を抱えて笑うサヨ陛下。


「……そんなぁ……」


 わたし達はそろって肩を落とす。


「――励むが良い、乙女達よ。

 恋とは勘違いとすれ違いの連続だ。

 それを互いにすり合わせ続けて、絆としていくものなのよ」


 そんなわたし達に、サヨ陛下は腕組みしながらそう告げた。


 見た目は幼女でも、さすがに<大戦>期から生き続ける魔王陛下のお言葉は、含蓄に溢れているわね。


 わたし達は肩を落としつつも、今回の事は少なからず一歩前進と前向きに捉えることにした。


 カイとの関係は、これからのわたし達次第ということなんだもの。


「……んで? なんでおまえだけ笑顔のままなん?」


 サヨ陛下の問いかけに、わたし達もユメさんを見る。


 彼女は自分で用意した、わたし達のとは違う緑色のお茶――苦くてわたしは苦手なのだけれど――を取っ手のない肉厚なカップですすりながら、いつものほんわかする笑みを浮かべていたわ。


「ふふ~ん。わたしは現状、一歩リードしてるからね」


「んん? どういうことだ? 説明せい」


 ユメさんはカップをテーブルに置いて、わたし達を見回し、それから両手を腰に胸を張る。


「わたし、オレアくんと一緒に寝ちゃった」


「はあああ――ッ!?」


 これにはわたし達だけじゃなく、サヨ陛下までもが立ち上がってユメさんに詰め寄ったわ!


「なに? どういう事!?

 ちゃんと説明して!」


「おまえ、そんなオモろい事になってるのに、なぜ黙っとったっ!?」


「ユメさん!」


「――ユメ様!」


 落ち着きましょうソフィア。事はホルテッサの未来も関わってくる問題よ。あのカイがそんな軽率なマネをするとは思えないけれど、アレだって男だもの。まして女の好意を自覚したとなれば、そういう事もありえるかもしれないわ。特にカイはユメさんになぜか甘いし、やたら親密だし。時々ふたりだけが通じ合ってるような仕草をする時もあるもの。昔から一緒のわたしやセリスさんにさえ見せない表情を見せるのもやっぱりユメさんだからなの――


「――ソフィア様、ソフィア様っ!」


 ユリアンに腕を引かれて、わたしは我に返る。


「だ、大丈夫ですか? なにかすごい早口でブツブツ言ってましたけど……」


「……え、ええ。大丈夫。わたしは大丈夫よ……」


 いつかはそういう事もあるかもしれないと思っていたけれど、やっぱりわたし、ショックなのね……


 よろよろとソファに腰を降ろす間も、リリーシャ様とアリーシャ様がユメさんを揺さぶっていて。


「説明してくださいませ! 早く! どういう事なのですか?」


「あの方ったら、あたしが誘惑しても、ぜんぜんなびかなかったんだよ?

 どんな手段を使ったのさ!」


 ……ちょっとアリーシャ様とは、あとでお話が必要かもしれないわね……


「も~、なんでみんな、そんなに取り乱してるのさ?

 なんだったら、みんなも一緒に寝れば良いだけでしょ?」


 んん?


 不思議そうに言い放つユメさんに、わたし達は小首を傾げた。


「ちょっと待て。ユメ、そなたまさか本当に、一緒に寝ただけなのか?」


 代表してサヨ陛下が問いかけ。


「うん。あの日はわたしも久々に<舞姫>使って疲れちゃっててね。

 しかもウォレスからお城まで跳んだでしょ?

 気づいたら、一緒に寝ちゃってたんだよねぇ」


 なんの照れも恥じらいもなく語るユメさん。


「モミジお姉ちゃんが言ってたんだよね。

 男の子と女の子が一緒に寝るのは特別な事なんだって。

 好きな人同士にしか許されない事らしいからね。

 ――わたしはみんなより一歩リードだねっ!」


 満面の笑みで胸を張るユメさんに、わたし達は安堵と呆れがごちゃ混ぜになった吐息をついてしまったわ。


「え? なに? なんでみんな、そんな反応?」


「……ユメさん、あなたには性教育が必要なようですわね……」


 シンシアさんが優しくユメさんの肩を叩く。


「せーきょういく?」


 小首を傾げるユメさんに、わたし達は思わず吹き出した。


 そうなのね。


 わたし達と違って、いつだってカイの力になってきたユメさんは。


 残念なことに男女の関係については、ひどく浅い知識しか持ち合わせていないようね。


 だから、わたし達は顔を見合わせてうなずき合う。


「ユメさん、一緒に進んで行きましょう。

 もはやわたし達は、同志なのだから……」


 はじめは乱入してきた形だったけれど、彼女がカイを想い、カイの為に動いてくれているのは、まぎれもない事実なのだもの。


 わたし達はユメさんに手を差し伸べる。


「――ようこそ、淑女同盟へ!」


 この不思議な力と行動力を持った少女を、わたし達は同志と認めるわ。

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