第15話 3

「――リック、あんまりキョロキョロするな。

 捨てていくぞ……」


 不機嫌そうなヴァルトの声に、俺は慌てて奴の後を追う。


「だってよ、面白そうなモンがあちこちにあってなぁ」


 俺は頭を掻きながら、ヴァルトにそう言い訳する。


 『亜神の卵』の贋作師の情報を求めて、俺達は工房街に来ているんだが。


「わかる! なあ、ヴァルト――殿。

 ちょっとだけ覗いていかないか?」


 オレア――今はオレーリアか。間違って呼ばないように気をつけないとな――が、さっきまでの俺と同じように、興奮気味に周囲を見回す。


「――さすがフラムベールの工房街。

 王都でも見た事ないものがたくさんだ」


 ちなみにロイド先輩はフラン先輩と共に消耗品の買い出し。


 パーラとメノアはその荷物持ちで、宮廷魔道士見習いのライルはステフの助手だ。


 セリスは代官屋敷で、王城に連絡を入れてもらって、今回の件に関する第二騎士団やサティリア教会の動きを調べてもらっている。


 そんなわけで、捜査に出てきているのは俺達三人だけだ。


「それなら特使見習い殿はリックとふたりでどうぞ。

 調査は僕ひとりで行いますので……」


 と、ヴァルトは素っ気なく答えて、そのまま足を進めてしまう。


 オレーリアは――学生時代のあいつとの態度の落差に、肩を落としちまった。


「……気にするな。

 あれが普段の『氷の貴公子様』だ」


 学生時代のあいつのあだ名だ。


 ツラが良いから、女達にきゃーきゃー言われてんのに、いっさいなびかないもんで、いつからかそう呼ばれるようになったんだよな。


 ヴァルトが笑うのは、オレアがそばにいる時だけだった。


 だから逆に、オレアは普段のヴァルトの顔を知らねえんだよな。


 ふたりで先を行くヴァルトに追いつき、今度はよそ見しないように後に続く。


 ヴァルトは俺達を一瞥すると、鼻を鳴らして歩を進めた。


 ……機嫌わりーなぁ。


 まあ、いきなりぶっ飛ばした挙げ句、事情知ったかぶって協力を申し出たんだから、わからんでもないが。


 きっと不機嫌なのはそれだけが理由じゃないだろう。


 会ったこともない女が、オレアの名代を名乗ってるのが気に食わないってとこか。


 それでも協力を受け入れたのは、その名代という肩書があるからだろう。


 ヴァルトは昔から、恐ろしくプライドの高い男だった。


 どーせ今も自分の家の不始末は、嫡男である自分が片付けるとか考えてるはずだ。


 そこにオレアの名代として、国内視察をしている――という設定の――オレーリアが協力を申し出てきたんだ。


 ヤツとしては、気に食わないわけがない。


 よせば良いのに、オレアのヤツ、「殿下だって、きっとそうする」なんて言っちまうんだもんな。


 ヴァルトにしてみたら、オレーリアが「私の方が殿下を知ってます」と宣言したように感じたはずだ。


 なんとも微妙な空気のまま、俺達は目的地の工房にたどり着く。


 表通りから一本入ったところに構えられた、錬金細工師の工房だ。


 ヴァルトが先日から調べてきたところによると、この都市に数いる職人の中でも、『亜神の卵』の精巧な贋作を製作できるのは、この工房くらいなのだという。


 工房主はいかにも職人といった様子の角刈りの親父だったが、錬金細工師という事は魔道にも精通しているのだろう。


 工房内には、大きな棚が設置されていて、ぎっしりと魔道書やスクロールが収められていた。


 作業台には積層刻印によって作られた魔芒陣が描かれ、工房主はそこでなにかの作業中のようだった。


 俺達の来訪に気づいて顔を上げた工房主は。


「へい、らっしゃい」


 職人気質で偏屈な印象を受けたんだが、思いのほか愛想の良い笑みを浮かべてそう挨拶する。


「――すまない。工房主殿。

 訊きたい事があって訪ねさせてもらった」


 ヴァルトはトゥーサム侯爵家の嫡男の証である指輪を示し。


 それから贋作の『亜神の卵』を懐から取り出して作業台に載せる。


「これを造ったのはあなたで間違いないな?」


 工房主は濃紫色をした卵サイズのそれを、目の高さに持ち上げて目を細めて眺める。


「――ああ。そうだな。ひと月ほど前に依頼されたものだ。

 お貴族様が訪ねてくるなんて、この依頼、厄介事だったのかい?」


 どうやら工房主は、なにも知らずにただ依頼をこなしただけらしい。


「いや、貴方に責はない。

 ただ情報が欲しいのだ。

 ――しかし……ひと月前……」


 ヴァルトは顎に手をやって呟く。


 すり替えられた時期がわかったのだから、その頃の事を思い出しているのだろう。


「――依頼者の名前は? どんな感じの奴だった?」


 オレーリアが作業台に身を乗り出して尋ねる。


「ブロンドの若い女だ。

 フレイアと名乗っとったが……本名かはわからん」


 その名前は王妃陛下の御名で、国王陛下とのご成婚以降、庶民達は生まれた娘にその名を付ける者が多い。


 俺のリックという名前も、国王陛下のリチャードにあやかって付けられたものだ。


 爺様が学生時代に陛下の先輩で、恐れ多くもその略称で呼んでいたのだとか。


 王室の名にあやかって、子に名付けるというのはよくあることなんだ。


 だからこそ、リチャードやフレイアという名前はありふれていて、本名を隠すのに使われる事がある。


 オレアの幼名であるカイってのも、俺達の世代の庶民には多い名前だ。


 ヴァルトは鼻を鳴らし。


「――ひょっとしてこの女では?」


 と、右手を振ると、幻像が俺達の前に現れる。


 写真器にも使われてる、幻影の魔法だな。


 学園の制服を着た女。


 セミロングの金髪に黒のカチューシャを付けている。


 工房主はその幻像の顔を眺めて。


「ああ、確かにこの娘だ」


「んん? 見た事のある顔だな?」


「あ、お――私も……」


 俺とオレーリアが揃って首を傾げると。


「一時期、学園では有名人だったからな。

 特使殿が知ってても不思議ではないが……リック、おまえは覚えてないのか?」


「そう言われても……俺、興味の無い奴の顔を覚えるの苦手だしなぁ」


 それに俺、一途だし。


 他の女の顔なんて、いちいち覚えちゃいられねえんだ。


 ソフィアやセリスは別枠だ。


 あいつらは仲間だしな。


 苦笑する俺に、ヴァルトは眉根を寄せる。


「ミレディ・ログナー……元外務副大臣、ログナー侯爵の養女だ」


「あー、思い出した。

 一時期、やたら俺達に粉かけてきてたな!」


 一気に当時の記憶が蘇ってくる。


 思えば不思議な女だった。


 まるで心でも読めるみたいに俺の悩み事を言い当ててきて、不気味に感じていたんだ。


 養女とはいえ侯爵家令嬢だけあって、男女を問わずに人気があったのだが、きっとあの話法にやられた奴も多かったんだろう。


「……ログナー家は外患誘致で取り潰しになっただろう?

 娘は今は平民のはずだ。

 なぜここで彼女が出てくる?」


 オレーリアはヴァルトに尋ねる。


「その取り潰し直後に一度、彼女は当家管理の墳墓を訪れています。

 反逆者の娘という事もあって、来訪目的を尋ねたところ、平民として暮らしていける土地を探していて、その途中での観光だとその時は言っていました。

 そしてひと月前にももう一度、彼女は墳墓を訪れています」


 墳墓は自由に見学できるのだが、内部を見る際には記帳が必要となる。


「一度目はたまたま僕が受付をしていたのですが、二度目の時は席を外しておりまして。

 目的不明の来訪だったので、記憶に留めていたのです」


 そして『亜神の卵』のすり替えが発覚し、ヴァルトの中でミレディは容疑者リストに加えられたというわけか。


「ブロンドの女と聞いて、もしやと思ったがまさか当たりとは……」


 ヴァルトは顎に手を当てて、また思索に耽る。


「なあ、オレ……オレーリア。

 ミレディが犯人だった場合、なにが目的なんだ?」


「……わからん。

 単純に考えるなら、御家取り潰しの復讐なんだろうが……

 それで『亜神の卵』まで持ち出すか?」


「――後のない奴ってのは、突拍子もない事を考えるモンだぜ?」


 などと俺達が話していると。


 ヴァルトは顔を上げて、俺達を見る。


「とりあえず彼女の足取りを追う事にしよう。

 ――特使見習い殿。

 貴女の権限は、王室準拠とみなしてよろしいのですか?」


「あ、ああ」


 オレーリアが不思議そうにうなずきを返す。


「ならば大図書館に向かいます。

 無駄足になるかもしれませんが、戸籍照会して現在の彼女の居住地を調べます」


 言うが早いかヴァルトは工房から出ていく。


 俺達は工房主に礼を言うと、わずかばかりの礼金を払って、ヤツの後を追った。

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