第10話 6
「――そんなわけでアリーシャが学園に通う事になった」
俺の言葉に、向かいのソファに座ったエリスとシンシアが目を丸くする。
エリスの腕には、先日の街歩きで孤児院に行く前に買ってやった、シンシアとおそろいの腕輪がきらめいている。
こいつら、本当に仲良いよな。
その割にお互いに贈りあった物を着けずに、俺の贈った物を着けて登城するんだから、律儀なもんだ。
「――どなたの後見ですの!? わたくしが散々誘ったのに、あの子、自分には向かないと断ってましたのよ?」
学園は試験さえ突破できれば、平民であっても入学できる。
ただし、貴族の後見が必要だ。
要するに有能な人材のパトロンになって育成するという、一種の青田買いだな。
シンシアとしては、自分が目をかけていたアリーシャが掠め取られたような気持ちになっているのだろう。
んー、エリスも知ってる事だし、こうなったら隠すより公開した方が本人の安全に繋がるのか?
化粧をしてないアリーシャは、双子というだけあってリリーシャ殿下とよく似ている。
いずれはバレてしまう事だろう。
……どうすっか。
シンシアを見ると、本気でアリーシャを心配しているのが伝わってきて。
これは白状するまで逃さないという顔だ。
「情報公開するかは、これから相談が必要だから、ここだけの話な。
――リリーシャ殿下だよ」
そうして俺は、殿下とアリーシャの繋がりを説明する。
「――あの子、ご家族が残っていたのね……」
俺の話を聞き終え、シンシアはハンカチで目元を押さえながら呟く。
一見するとキツイ印象を受ける顔立ちをしているのに、シンシアはひどく情に篤い少女だ。
今も我が事のように喜んでいる。
「驚いたのは、試験を全教科ほぼ満点で突破した事だよ」
カンニング判定の為の大学卒業レベルの魔道刻印応用理論だけは、さすがに解答できなかったようだが、それ以外はすべて正解している。
「古代ツガル語なんて、あいつどこで覚えたんだ?」
「北方の部族で一部、いまだにツガル語を使ってる人達がいるそうで」
エリスが困ったような苦笑を浮かべ。
「それで万が一、そういう人達がお客様でいらっしゃったら対応できないと申しますもので、わたくしが教えました」
「古代ツガル語だけじゃなく、あの子、東方域の言葉や南方域の言葉も読み書きできるんですよ?」
ふたりは自慢げにアリーシャの頭脳デキを語る。
「――殿下。王都屈指の娼姫というのは、並大抵の努力でなれるものではありませんの。
あの子はお客様を喜ばせたいという一心で、それらを身に着けたのですわ」
「リリーシャ殿下も驚いてたよ。
学園では主に貴族マナーや慣習を学ぶ事になるだろうな」
勉強そのものは、すぐにトップに立てるだろう。
「それで、おまえらの方はどうなんだ?」
俺の問いに、ふたりは顔を見合わせて微笑む。
「ホツマはすごいです!」
「学園ではどうしても武術は殿方のものとして、わたくし達は携われませんでしたが、ホツマでは男女の別に関わらず、希望すれば学ぶ事ができるのです」
シンシアは乗馬が趣味なのだそうだが、それさえもホルテッサの男性貴族には良い顔をされなかったのだという。
そういえばソフィアも宰相代理就任直後は、女という事でナメられてたって言ってたっけ。
まあ、あいつの場合は実力で片っ端から黙らせて行ってたんだけどな。
今じゃあいつをナメてた官僚達は、あいつが通るとへらへら愛想笑い浮かべて通り過ぎるのを待つんだ。
先代王――祖父の代に起きた大戦で、男が激減した為に女が家を継ぐ事を可能にしたのだが、まだまだ女性は『嫁に行って男に従うもの』という意識は根強い。
ユリアンが性別を偽って騎士団に入ったのも、そういう意識があった所為で、騎士団の改革が進んでいなかった為だ。
行き過ぎた平等主義が社会にとって害悪になるのを、俺は前世の記憶で知っている。
だが、望む者に対して機会を与えない事もまた、社会にとって害悪となるのもよくわかってるんだ。
この辺りは完全に市井に寄り添って耳を傾けて、さじ加減していくしかないよな。
ふたりはホツマでの日常を語り終えると、アリーシャを祝いに行くのだと去っていった。
「――次の予定は……」
「外務省事務次官が面会を求めています」
ロイドが手帳をめくりながら答える。
こいつ、本当に秘書だか近衛だかわからなくなってきてるな。
いや、そうさせてる俺が言うのもなんだけどさ。
「なんの用だろうな?
ラインドルフ殿下の件で、またなんとか外務も噛ませろって陳情かな?」
「それならば内務省から苦情が来るでしょう。
調整部分での相談ではないでしょうか?」
ふむ。
ロイドはメイドを呼んで、控室で待っている次官を呼ぶように声をかけた。
ほどなくして、いかにもお役人といった――七三分けの白髪交じりの茶髪に銀縁眼鏡という外務省事務次官――サリウス伯爵がやってくる。
先日までは賄賂漬けにされて羽振りのよかった親パルドス派が外務省を牛耳っていた為、彼は閑職に追いやられていた苦労人だ。
パルドス戦役の際に、親パルドス派を一掃した結果、比較的まともだった彼が外務省の事務方トップの座に着いたわけだが。
挨拶もそこそこに、俺はサリウス伯爵に本題を促す。
「――殿下。市井にミルドニア皇国の遺棄された皇女が紛れていらっしゃるそうです」
俺は表情が変わらないように努めた。
「……ほう、どういう事だ? 詳しく聞かせろ」
あくまで初耳である風を装って。
「私も詳しくは……ただ、省内で噂になっておりまして。
ログナー副大臣が秘密裏に捜索させているようです。
ミルドニアの第一皇子がいらっしゃるこの時期という事もあり、殿下のお耳に入れておかなければと、本日は参りました」
ログナー侯爵は親パルドスというわけではなかったが、日和見主義なところがある男だ。
前大臣らを更迭した事で、繰り上がりで副大臣に着任したのだが……欲が出たか?
「ご苦労だった。サリウス伯爵。
おまえのような者が外務省に残っていてくれたのを嬉しく思う。
今後も省内がおかしいと思ったら、すぐに知らせて欲しい」
まさか褒められるとは思っていなかったのか。
「は、はい! ホルテッサの為に精一杯努めます!」
彼は眼鏡を上げて、嬉しそうにうなずいた。
ホント、こういう人物が残っていてくれたのは、外務省にとって――いや国にとって幸いだ。
サリウス伯爵が退室すると、俺はロイドを見て。
「――ソフィアのところへ行く。
おまえはログナー侯爵を呼んできてくれ。
どこでアリーシャの事を知ったのか問い詰めなきゃな」
どうにも良くない予感がする。
ログナー侯爵の目的が読めない。
アリーシャを使ってなにかさせたいのか?
それともミルドニアに対して、なにか手札にするつもりなのか。
どちらにしても、ロクな事にならないだろう。
親パルドス派を一掃して、大臣に叔父上を据えた事で完全に油断していた。
あの日和見に大それた事などできないと、高を括っていた俺の過失だ。
俺はソフィアの執務室に着くと、まずはフランにアリーシャの暗部の護衛を増やすよう命じ。
「――ソフィア。面倒な事になったかもしれん」
サリウス伯爵からもたらされた情報を説明するのだった。
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