王太子、漢を語られる

第7話 1

 夏の暑さも収まりを見せ始め、木々が赤や黄色の彩りを見せ始めた。


 薄着だった民も一枚多く羽織るようになり、市場に並ぶ商品も、今年の収穫の豊かさを誇るように多くの種類が並んでいる。


 俺はいつものようにリステロ宮廷魔道士長に頼んで、姿変えの魔法をかけてもらって、お忍び街歩きを楽しんでいる。


 同行しているのはシンシアだ。


 幼い頃からスラム通いしていたという彼女は、化粧だけでうまく庶民に化けている。


 以前、ユリアンとそうしたように、いろんな店を回って買い物を楽しみ、記念になにかと頼まれて、舞いの際に映えるよう金細工の腕輪を送った。


「あ、オリー! 人形劇ですって!」


 きなこ砂糖をまぶした揚げパンを片手に、上機嫌のシンシアは興奮したように俺の手を引く。


 演目はホルテッサ王家初代を扱った「勇者と竜」だ。


 要約すると、この地に眠る竜――コラーボ婆の噂を聞きつけた初代が腕試しに訪れ、三日三晩の殴り合いをした挙げ句、意気投合して和解し、初代は人の姿をとったコラーボ婆と恋に落ちるという、ツッコミどころ満載の物語だ。


 そう。コラーボ婆は現ホルテッサ王家の古い先祖に当たる。


 本人は恥ずかしがって当時の事を詳しく話してくれないのだけれど、帝国時代の貴族名鑑の妻の欄にコラーボ婆の名があるから、少なくとも俺にもその血が受け継がれているのは間違いないのだろう。


「……いつも思うのですけれど。

 これって、実話なのですわよね?」


 前世で言うところの桃太郎レベルで有名な話だ。違うのは、ほぼ事実という点。


「戦闘描写は多少変えられてるけど、ほぼ事実なんだよ……」


 俺もガキの頃、あまりにも荒唐無稽に思えて調べてみたんだ。


 だってさ、当時、初代は<王騎>どころか<兵騎>すら持ってなかったんだぜ?


 つまり竜体のコラーボ婆と、生身でガチンコの殴り合いしたって事だ。


 その理由が腕試し。


 頭おかしいとしか言いようがない。


 けれど、調べれば調べるほど、出てくるのはそれが事実だという証拠ばかり。


 城を囲う湖あるじゃん?


 アレ、初代とコラーボ婆が激突した衝撃で出来たっていうんだ。


 地質調査でもそれが真実だと立証されてて、調べてた当時の俺は頭を抱えたよ。


 ……物語の戦闘描写、現実的な方に修正されてるじゃんって。


 まあ、そんな身体能力に優れた初代と、知勇にも優れたコラーボ婆だからこそ、帝国で成り上がり、その後の群雄割拠の戦国時代に王国を興せたのだろうけれど。


 二人の血を引くホルテッサ王族の者には、時折、初代ほどではないにしろ、恐ろしい身体能力を誇る者が現れる。


 今代で言えば、出奔したカリスト叔父上がそれだ。


 学生時代に身分を偽って冒険者のバイトをしていた彼は、勇者認定されそうになって、城にバイトがバレたという武勇伝を持つ。


 もちろん王族である為、勇者認定はされなかったのだが、それだけの武勇を誇っていたという事だ。


 人形劇が終わり、観客達から拍手とおひねりが飛ぶ。


 シンシアも楽しげに拍手して、慣れたように銀貨を放り投げた。


「――ねえ、ガル。竜って本当にいるの?」


 と、隣で肩車されていた子供が、肩車している男に尋ねる声が聞こえた。


 魔属なのだろうか?


 真っ白な髪をポニーテールにリボンで括り、縦線の入った瞳の色は綺麗な真紅だ。


「おお、いるぞ。あの話の中の竜はまだ生きててな。俺もガキの頃に会った事がある」


 そう答えた男はザンバラに切った黒髪に無精ヒゲで――黒髪?


 前世の記憶で忘れそうになるが、この国では黒髪は王族だけの色だ。


 俺はその男の顔をまじまじと見つめ――


「――カリスト叔父上!?」


 記憶にあるより多少老けてはいるが、俺が幼かった頃の父上にそっくりだから、間違いない。


「ん? おまえ誰だ?」


 そうだ。俺、今姿変え中だ。


「オレア――カイですよ! 今はお忍び中なので、姿を変えてます」


「――マジか?」


 カリスト叔父上は驚いたように目を見開く。


「ねえ、ガル。だぁれ?」


「オリー、どなたですの?」


 叔父上の頭の上の幼女と、シンシアが同様に尋ねる。


「とりあえずどっか店に入るか。落ち着いて話そう」


 そうして俺達は、叔父上を先頭に、酒場を兼ねた大衆食堂に入った。


 席について軽食を注文し、先に出された果実水――叔父上は果実酒だったが――を飲んで一息。


 俺は姿変えを解いて、元の顔に戻る。


「あー、確かに兄上の若い頃にそっくりだ。本当にカイなんだな」


 そう言うと、叔父上は嬉しそうに握手を求めてきた。


「今は成人してオレアの名を頂きました」


 俺は答えて、その手を握り返す。


「で? そちらのお嬢さんは? 婚約者か?」


「友人のシンシア・リステロです」


 俺が紹介すると、シンシアは会釈する。


「――お目にかかれて光栄です。王弟殿下」


「よせよせ。そんな地位は大昔に捨ててるんだ。

 今は冒険者のガルだ。そう呼んでくれ」


「サラは~、サラだよ!」


 カリスト叔父上の隣で果実水をすすっていた幼女が、右手を上げて自己紹介する。


 そこでシンシアも幼女が魔属だと気づいたらしい。


「あの……ガル様、この子は……」


 魔属は五十年ほど前の大戦以降、南にある魔属の国であるホツマから滅多に出てこない。


 当然、ホルテッサではまず見られない種属なのだ。


 叔父上は困ったように頭を掻いて、苦笑する。


「俺がこの国に帰ってきた理由が、この子なんだ」


 そうして叔父上は、サラとの出会いを語りだす。

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