第6話 9
俺の背中に顔を押し付け、フラン姉が泣いている。
俺はどう声をかけたら良いのかわからず、ただ空に浮かぶ四角い月を見上げていた。
今日は丸くて白いディオラはお休みで、赤く四角いモニアの夜らしい。
そんな事を考えていると、フラン姉の嗚咽は小さくなっていき、ぽつりぽつりとなにがあったのかを囁き出す。
ロイドと踊れて嬉しかったこと。
令嬢達に囲まれていて、いやな噂を聞いたこと。
ロイドに想い人がいたこと。
クレアが現れて、一緒に踊りだしたこと。
それらを涙ながらしゃくりあげて語り、彼女は俺の肩を掴む手に力を込める。
「ねえ、カイくん。
こんな気持ちのままじゃ、もうロイド様の前に出られない。
お願い。わたしの真実の愛を壊して……」
吐き出すような、フラン姉の訴え。
「それは――俺にはムリだよ。フラン姉……」
俺の言葉に、フラン姉の顔が背中から離れる。
「なんで!? アンタ、ずっとそうしてきたじゃない!
なんでムリなの? お願いだから、わたしのも壊してよぉ……」
まるで子供のように泣きじゃくるフラン姉に、俺は唇を噛み締める。
そうじゃねえんだよ。フラン姉。
「――殿下? それに……フラン殿?」
テラスに続く階段から、そう声がかけられる。
見ると、赤い月に照らされて、ロイドが降りてくるのがわかった。
背後でフラン姉が身体を震わせるのがわかった。
「……フラン殿が泣いているように見えましたが。
――殿下、なにをなさってたのです?」
ロイドの歩速が上がって、駆けるように階段を降りてくる。
「おいおい、変な誤解すんなよ? 俺はただ――ぶっ!?」
視界がブレて、俺は地を転がった。
さすが近衛。良い拳だぜ。
「――カイくんっ!?」
ロイドは慌てて駆け寄ろうとするフラン姉の手を取って抱き寄せると。
「――フラン殿を泣かせるのなら、たとえ殿下でも許しませんよ!」
俺を見下ろしてそう宣言する。
いいね。それでこそだ。
どうせ俺はへたれだ。
道化にだってなってやる。
「あ、あの! ロイド様!」
「――フラン殿。一人にしてしまって申し訳なかった」
そう言って彼は、フランを抱きしめる。
「唐突に思われるかもしれないが、今晩、話すと決めていた。
フラン殿。どうか私と将来を共にしてほしい」
「……それってどういう」
「まずは婚約から……では不満だろうか?」
ロイドらしい、生真面目で実直な答えに、俺は思わず笑みがこぼれてしまう。
「ですが、先程聞きました!
あなたはずっと想っている人がいると……」
するとロイドは照れくさそうに頭を掻いて。
「それが君だ。図書館の主」
フランの目が見開かれて、彼女は口元を抑える。綺麗な涙がこぼれ落ちた。
「――ご存知だったの……」
「図書館で初めて君と出会ったあの日、君は眼鏡を外してうたた寝していた。
――正直、なんて綺麗な子がいるのだろうと、窓から落ちそうになった」
そう照れ笑いしてみせるロイド。
「あの時、いろいろあって図書館に行けなくなったまま卒業してしまって、ずっと諦めようと思っていた。
だが、君と城で再会して……君は俺の事なんて知らないフリを続けるから――それなら、もう一度、最初からはじめようと努力した」
ロイドはフランを正面から見つめて、首を振る。
「だが、君はあの時に俺が持っていったお茶や菓子を覚えてくれていて。
一緒に出かけるたびに、この想いは募っていった。
――フラン殿。
俺は君に恋い焦がれている!」
「でも……あなたはクレア様と――」
「ああ、その事なんだが……」
と、その時、テラスに当のクレアが現れる。
「――お待たせ致しましたわ。ロイド様!
わたしと踊りたいという男性方が、なかなか離してくれませんでしたの!」
彼女はまるで俺やフランが見えてないかのように、両手を広げて中庭に降りてくる。
俺も空気は読まない方だが、こいつは極めつけだな。
「五年経っても、わたしの想いに答えてくださるなんて……これこそ真実の愛!」
俺は立ち上がって、ロイドの肩を叩く。
「フラン姉を頼んだからな。ロイド」
そうしてフランを見て。
「あいつを諦めさせる為に、ロイドはダンスに応じたようだが……逆効果だったみたいだな」
苦笑しながら俺は言う。
「俺には恋い焦がれる想いを壊したりなんてできない。
壊せるのはせいぜい、欺瞞と打算に満ちた想いだけだ」
そうして俺は、歯を剥き出して笑ってみせる。
「――そこで見ていろ、フラン姉。
あいつの真実の愛なら……ブチ壊してやる!」
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