第4話

「国姓爺の下で働きたいだと?」


「はい。私の父は海商で、鄭芝龍様の下で働いていました」


「待たれよ。今、浙江方面の軍を指揮しているのが鄭芝龍ではなかったのか?」


 鄭芝龍に縁があるのに、鄭芝龍の下を離れて鄭成功につくというのは腑に落ちない。


「はい。もちろん鄭芝龍様にも恩があります。しかし、私は海に生きたいと考えています。今の鄭芝龍様ではそれはかないそうにありません」


「……そうなのか? 天津で船団を作っていて、それらが浙江付近にもいると聞いていたのだが」


「おります。しかし、それで勝てるとは思っておりません。鄭芝龍様も認めておられて、少なくとも三年はかかると申しております」


「そうか、確かに僻目抜きにしても……」


 正雪も清の急造水軍が鄭成功の水軍に勝てるとは思っていない。


「船は囮で、陸に近づけて陸戦で勝負をつけようと考えております」


「それはありうるな」


 というより、清の側に立つとそれしか作戦がないとも言える。


「私は海で生きたいのです。現在の清にある限り、それは難しいと言わざるを得ません。ですので、長江近辺の水賊に属そうかと思っていたこともありましたが、国姓爺が福州攻撃から浙江にも足を伸ばすということで、今回、私の才覚を見せたうえで志願しようと思っていました」


「むう……」


 正雪、忠弥、二人とも唸った。特に忠弥は痛い目に遭わされそうになったことも影響して、頷きの度合いが強い。


「攻撃すれば我々に大きな打撃を与えられる状況でも、攻撃しなかったのはそういう理由があったのか」


「いえ、日本の方々の強さを警戒していましたので、仮にそうしたことがなくても攻撃はしませんでした。多少の打撃を与えても、我々が小勢であることが分かってしまっては何にもなりませんので」


「正雪、どうする?」


 忠弥が正雪に視線を向ける。


「実際に追いかけっこをやった経験を踏まえれば、この者は相当戦力になる」


「分かっている。国姓爺に提言してみよう」


 正雪の言葉に、劉国軒は思わず手を打って喜びを表す。


「ありがとうございます。何卒宜しくお願い致します」



 折もよく、福州の鄭成功から「攻略に成功した」という報告が届いたので、浪人軍は温州を撤収して福建へと戻っていく。牽制としての役割は果たせたし、劉国軒という知将を手に入れたという土産もできた。



 永暦八年正月を、鄭成功も由井正雪も戦地で迎えた。


 その翌日、浪人軍は福州の鄭成功軍と合流する。福州は完全に鄭成功の支配を受け入れていた。市民の大半も「清よりは国姓爺の方が」という姿勢であった。


 正雪は劉国軒を連れて、鄭成功に面会に行った。


「この者は浙江において我々をうまいこと謀っておりましたが、今般、国姓爺に従いたいと下ってまいりました。見どころのある者であると考えています」


「そうですか。由井先生の見込んだ者であれば……」


 福州を落としたことに加えて、清からの降伏者がやってきたのであるから、鄭成功は更に上機嫌になる。


「して、劉国軒よ。我が父は何を考えているのか?」


「はい。当面は勝たせておいて、慢心を得たところで逆襲しようという考えを有しております」


「……なるほど。確かに我が軍はこのところ連戦連勝。油断や慢心は大いにありうるな」


「船団については、引き付けるための囮以上のものとしては考えていないと思います」


「ふうむ。今はどこにいる?」


「長江までは来ております。どこに停泊しているかまでは残念ながら」


「ま、それは調べればいいだろう。長江内まで来ているということは、敵は長江の陸地の近くで戦いたいと考えているわけだな」


「間違いありません」


「潮の満ち欠けがある海と比べれば、長江の方が清軍にとっては戦いやすい。それは間違いないだろう。ましてや船を囮として捨てるつもりであるなら、様々な作戦も打てるだろう。かといって、我々も長江の中まで入って行かなければならないから避けるわけにもいかない。何とか妙案をみつけて、相手を叩きたいものではあるな」


「必要とあれば、今後講じたく」


「承知した。期待しているぞ」


 鄭成功は劉国軒の肩を軽く叩いて、別の仕事に戻っていった。

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