34.ステラからの手紙
クロード様
落ち葉舞い散る季節、リリアナお嬢様のお世話をするようになって早二カ月です。
最近になって、侯爵夫人の姿をお見かけするようになりました。
ご挨拶に伺おうとしたところ、ブラッツさんに止められたので挨拶はしておりません。
先日、その侯爵夫人が、ご友人と思われる女性を屋敷に連れてこられたのですが
なぜかリリアナお嬢様と同じ髪色、同じ髪型で、ドレスの雰囲気もとても似ていらっしゃいました。
一瞬、お嬢様がお戻りになられたのかと思うくらいでした。
ご親戚の方かもしれませんが、裏口から出入りしていたようでいつの間にかいなくなっていました(夫人も)
お顔もお名前もわからないままで、少し気になりましたのでご報告しておきます。
あと、これは困っていることなのですが、ミレイアお嬢様からやたらと物をいただきます。
ハンカチ、ペン、手袋、カチューシャ、香水、これらがここ二週間でいただいたものです。
断ると機嫌が悪くなるので仕方なく受け取っています。
リリアナお嬢様が結婚式で着られるドレスや宝飾品が気になるようで、何かを受け取るたびに聞かれてうんざりしています。
そうそう! ドレスと言えば、なぜかミレイアお嬢様がドレスを準備している様子が見受けられません。
毎回パーティの前には、仕立屋や宝飾店の遣いの者が出入りするのですが、今回は全くと言っていいほど来ていません。
どこかでドレスを注文なさったと言う話も聞かないので、とても不可解です。
だって自分の姉が結婚するんですよ、今まで着たドレスを使い回すなんてありえないです。
これは本館の侍女たちの間でも噂になっています。
あと、あの胸飾りの件ですが、前にお手紙に書いてあったようにすればいいのですよね。
任せておいてください! 実は先の手紙をいただいた後、既にそのようなお話をして承諾を得ています。
リリアナお嬢様に確認していただいた後、ブラッツさんに頼んで本館で保管していただくようにしております。
なので、この件はご安心くださいませ。
さて、リリアナお嬢様ですが、お変わりなく日々研究にいそしんでおられます。
最近では結婚式が近いせいか、お茶の時間などにボーっと何かを考えて頬を赤く染められている姿を見るようになりました。
本当に素敵で可愛いお方です。
お優しいうえに聡明で、お嬢様のお世話係になれて私は幸せ者です。
もう、結婚式が楽しみで仕方ありません。
明日が結婚式当日ならいいのに! と毎日思いながら過ごしています。
では、報告は以上です。
なにかありましたら、すぐに連絡いたします。
ステラ
* * *
「ふぅ」
クロードはステラの手紙を読み上げたあと、眼鏡をテーブルの上に置き、少し冷めてしまったお茶を飲みほした。
「気になる点が多すぎるんだが……」
「確かに、読んでいてあれ?と思う箇所がいくつかあった」
「だよな」
顔を見合わせ、二人でもう一度手紙に目を落とす。
まず、なんだこの侯爵夫人が連れていたという女は。
偶然とはいえ、背格好や髪の色までリリアナに似ているなんて気持ち悪すぎる。
それに加え、ミレイアがドレスを用意していない事も引っかかる。
死んでしまう夢を見たあの日から、いったい何度、自分の過去を見ただろう。
そこに出てくる馬鹿な俺は、ミレイアの策略にハマり、まんまと婚約を破棄した。
しかし、今はどうだ、どう考えてもミレイアに付け入る隙を与えていないはずだ。
まさか、まだ婚約破棄になると思っているのか? もしかして恐ろしく楽観主義なのか?
それとも、この状況をひっくり返すくらいの計画を考えているのだろうか……。
手紙に書かれていた二つの謎に頭を抱えていると、クロードはテーブルに盛られた果物の中から蜜林檎をひとつ口にいれ、最高!と言いながらこちらを見た。
「見た目だけ天使のお嬢さんは、一体何を考えてるんだろうな」
「天使どころか、最近は名前を思い出すだけでも寒気がするようになってしまったよ」
俺の言葉を聞いて、クロードは眉を下げて笑う。
「まあまあ、レイにとっては悪魔だろうな。しかしそんな恐ろしいお嬢さんでもあの金髪は見事だ、皮肉なことにまさに天使のようだよ。たしか侯爵夫人が北のスナッグ地方出身なんだっけ?」
そうだった、現侯爵夫人であるミレイアの母親はスナッグ地方出身だ。
我々が住むムーン国と隣接するテント国との間には二つの山があり、その地域一帯がスナッグ地方と呼ばれている。
その地域の出身者は、色彩の違いはあれど必ず金髪に青い瞳をしている。
他国の者と婚姻をしても、生まれる子供にはその二つが引き継がれるのだ。
「えーっと、たしかリリアナの母親が逝去して喪が明けた一年後、フォルティス侯爵が遠方の仕事を開始したんだよ、そこでスナッグ地方の巡回に行ったかと思ったら突然一人の女性を連れて帰ったとか……」
「それがいまの侯爵夫人か、なんていうか急すぎる話だな」
「ああ、俺たちは子供すぎて知らなかったけど、社交界は騒然としたそうだよ」
クロードはうんうんと頷きながら、また蜜林檎を口に運ぶ。
「俺が初めて夫人に会ったのは、リリアナ6歳のお披露目パーティーだったけど、特に金髪だ! とも思わなかったな、ただ派手なドレスの人としか……」
話しながら、ふとあの誕生会を思い出す。
たしか周りの夫人たちが、侯爵夫人の噂話をしていたような気がする。
既にリリアナに夢中になっていたせいではっきり思い出せないが、何かが引っかかる感じだ。
しかしなぜ、妻の死を悲しむ男が、仕事を再開してすぐの旅の帰りに女を連れ帰ったのだろうか?
一目ぼれだって有りうるから、好きになってしまったら仕方がないことだろう、それにしても早すぎる決断だ。
しばらく考え込んでいると、クロードが肩をぽんぽんと叩いた。
「なんだ?」と言いながら顔をあげたと同時に、果物を口にほうりこまれた。
「レイ、眉間の皴凄いぞ、これ食べてみろ、今年の蜜林檎は素晴らしく出来がいい」
言われるがまま、口の中にある果実をグッと噛みしめる。
瞬間、果肉がはじけ爽やかな酸味と、あふれんばかりの果汁が口の中に広がった。
本当だ、今年のは例年以上に出来が良い。
「これは北の領地スネイヴで採れたものか、最高の味だ。スネイヴといえばもっと北に行けば今話してたスナッグ地方だな」
「ああ、イメージ的にはもっともっと北だ、一回だけ行ったことがあるが寒すぎるんだよな、そういえば一つ目の山向こうの果樹園が荒れ地のようになっているとベクターさんが言ってたな、領主はなにをしているんだろう」
「荒れ地か、あの辺りは寒いからこそ上質な果実が採れるというのに、管理を任せている者に問題があるの……」
と、言いかけてふと思う。
スナッグ地方に領地を持っているのは、フォルティス家だけではなかったか?
クロードは俺の顔を見て頷きながら、胸ポケットから手帳を取り出しパラパラと捲った。
「えーっと、スナッグ地方の領主はフォルティス侯爵、そして郡代はサフィロ子爵家。あ、ミレイアの母親、現フォルティス侯爵夫人の生家とあるぞ。しかも子爵はずっと病に臥せっているらしい、マジかよ」
「病だと? 荒れ地になるくらいの長い期間、領地に手を付けないのはおかしくないか?」
「そうだよな、他の者に任せるか手伝わせればいい」
「……」
荒れ果てた土地、そこはフォルティス侯爵の領地であり、侯爵の現在の妻である夫人の生家がある場所だ。
クロードによると、サフィロ子爵家とフォルティス家は、夫人が生まれる前から交友があったそうだ。
そんな信頼関係が深い両家、しかも娘を嫁がせている。それなのに、なぜ管理する土地が荒れたままなのだろう。
病に臥せっている義理の父親を、フォルティス侯爵は放っておくような男なのか……。
おかしい……胸がモヤモヤする。
「んーーーー」
「どうしたレイ、そんなに丸くなって。腹でも痛いのか?」
「違う、子供みたいに言うなよ、んーー……」
何かが引っかかる。フォルティス侯爵と夫人が結婚して、ミレイアが生まれたのはいつだ?
そういえば二人は結婚式を挙げていない。
リリアナの母親である前夫人の喪が明けたばかりで、夫人が内々で済ませたいと希望したからだと、婚約の食事会でフォルティス侯爵が言っていた。
「……」
こんなことを気にしても仕方ないのか? でも気になってしまう、確かめたい。
まず、侯爵があの広大な土地を放っておくのがおかしすぎる。
そしてただただミレイアの母親、現フォルティス侯爵夫人の来し方が気になるのだ。
俺は今、人生をやり直している。
不甲斐ない俺を見て、哀れに思った神様が与えてくれた一度きりの贈り物だと思っている。
普通は後悔しても生涯をやり直すなんてことは出来ない、俺はとても幸運な男だ。
だから、そんな俺が気になるということは、きっと必要なことに違いないんだ、そうだ!
「よし!決めたぞクロード! 明日以降の予定はどうなってる?」
「な、なんだよ突然」
クロードは頬張っていたビスケットを慌てて飲み込み、眼鏡をかけなおして手帳を捲る。
「えーっとそうだな、今週末までは特に出かける仕事はないな、明日は招待客の最終確認があるくらいだ」
「そうか、ありがとう。食事が終わってからでいいのでスネイヴのベクター男爵に、三日後訪問すると連絡してほしい。蜜林檎の出来がいいから報酬を出したいんだ。あと、スナッグ地方のサフィロ子爵にも、三日後挨拶に伺いたいと手紙を送ってくれないか」
「サフィロ子爵に?」
「うん、そうだ、義理とはいえ婚約者の母親の実家、挨拶に行ってもおかしくないだろ?」
「まあそうだな、だが急なうえに子爵も病気だ、面会は無理かもしれないぞ」
「んー、それでも送るだけ頼むよ」
「了解」
クロードは手帳を閉じ、パンやフルーツを一つの皿に盛り付け直した。
そしてティーポットから新しいお茶を注ぎ、テーブルの上をあっという間に片づけた。
「そんなに急がなくていいのに」
「大丈夫俺はもう腹いっぱいだ、お前のは少し置いておくからしっかり食べろよ」
片付けた食器をワゴンに乗せ、「また後でな」と言いながら部屋を出て行った。
クロードも朝早くからフォルティス家に出向き、相当疲れているだろう。
結婚式までもう一カ月もない、こんなに頼りっぱなしではいけない。
行動できる範囲であれば、これから自分でも動かなければ。
さて、サフィロ子爵……会えるだろうか。
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