16. ステラの想い


■ フォルティス家別館


「じゃあステラ、いってきます」


襟の詰まったブラウスに紺色のスカート、髪をひとつに結い上げて、たくさんの荷物を持ったリリアナお嬢様は笑顔で出かけて行った。


今日は、私が突然フォルティス家に仕えることになって二日目の朝。


「さて、やるぞー!」


雑務室から掃除用具を持ち出し、お嬢様のお部屋の掃除に取り掛かる。


一昨日の夜は、不安がっていた私のために、専用の部屋と日用品から寝具まですべて新しいものを用意してくれた。

昨日は研究を休んでまで、この館で私がやるべき仕事を丁寧に教えてくれ、しかも夜のお食事までご一緒させていただいた。

フォルティス家のこと、お嬢様が今取り組んでいる研究や趣味のこと、母校である礼節学校のお話など、楽しすぎて食事の時間があっという間だった。


リリアナお嬢様は聡明でお話がとても上手い、そして貴族とは思えないほど気さくだ。

学校にいる間から才媛との噂は聞いていたけど、実際に会うと本当にたくさんのことを知っていて、時間が忘れるほど話をしてしまった。

もう、尊敬と憧れがとまらない。

しかも可愛い、年上で貴族のお嬢様に可愛いというのは失礼なのはわかっている、でも可愛いものは可愛いのだ。


突然ここで働くことになり、承知したのは自分だけど、正直不安で押しつぶされそうだった。

でもそんな不安はリリアナお嬢様が解消してくれた、本当はお嬢様のほうが不安なはず、私は支えにならなくちゃいけないのに!


「うー、掃除するとこがない……」



リリアナお嬢様が全く贅沢をされていないのは、部屋を見ればよくわかる。

ここにあるのは古い調度品ばかりだ、衣装もパーティ用のドレス以外は、華美なものがなくとてもシンプルだ。

この部屋で新しいものは辞書と部屋で育てている植物くらい。

今朝、窓際に置かれたたくさんの小さな鉢植えに、霧吹きで水を吹きかけているお嬢様はとても楽しそうで愛らしかった。


本や資料がとても多く、年頃の女の子にしては寂しい感じもするがそれがまたいい。

整理整頓されているので掃除もとても楽だ、私本当にこれだけでいいのかな、もっとお役に立ちたいな。


そういえばレイナード様によると、この屋敷内にお嬢様をよく思っていないやつがいるとか……。

こんなに素敵なお嬢様になんてこと。


巷では、お嬢様の母上である侯爵夫人の噂を耳にすることはあるけど……噂は噂、自分の目で見たわけじゃないから、ここは信じちゃだめよね。

でも、もし本当に、リリアナお嬢様を悪く思うやつがこのお屋敷にいるとしたら……。

誰であろうと絶対に許さない、レイナード様のお屋敷に行くまで、私がお嬢様を守るんだから!


ふぅーなんだか暑くなってきたわ、お天気もいいから窓でも拭こうかな。

新しい掃除用具を取りに行くため廊下に出ると、中庭が目に入る。

お嬢様が住む別館の中庭からは、本館にある使用人口が見えるようになっている。


あれ? 人がいる、本館に何かが届いたみたい。

今日もまた、たくさんの荷物だわー見に行かなきゃ。

掃除用具をいったん片付け、小走りで中庭の廊下を抜けて広間に向かう。


「おはようございます!」


届いた荷物を仕分けている侍女に挨拶をすると、びくっと肩を震わせ、小さな声で「おはようございます」と返事をしてくれた。

あぁ、私声が大きいのね、気をつけなきゃ。


「リリアナお嬢様あての荷物はございませんか? お手伝いします」

「だ、大丈夫です! すべてミレイアお嬢様宛ですから!」


荷物を分けていた侍女は、まだ選別が終わってないように見えた荷物も、宛名を見ないまま積み上げてしまった。

え? と思っていると、まるでこちらから逃げるように広間を横切り、あっという間に奥の廊下へ消えてしまった。


えーなんなの、やっぱりおかしい。


年頃の令嬢が二人いる侯爵家、普通ならば服飾店や宝飾店から、パーティで使用

して貰うためにブローチやネックレスなど流行の物が送られてくるはずなのに……。

やっぱり気になるなあ、これはもう一度メモしてクロード様に連絡しておこう。


そしてまだ、フォルティス侯爵夫人に会ってない。

リリアナお嬢様の侍女になることが決まった翌日、ブラッツさんが屋敷で働いている人たちを紹介してくれた。

侯爵様は外交で他国に行っているとのことだったので、侯爵夫人に挨拶するのかと思ったら、構わないと。

自分の娘じゃないとはいえ、フォルティス家長女の侍女になる者のこと、まったく気にならないのかしら。

口に出しては言えないけど、なんかムカつくー。


その侯爵夫人の娘、リリアナお嬢様の妹にあたるミレイア様。

眩しいほどの金髪に蒼い瞳、まるでお人形のような容姿をしていて、真っ白な肌は陶器みたいだった。

こちらも挨拶はしていないけど、屋敷内をいつもうろつ……えーっと、とにかくよくお見掛けする。

ブラッツさんの話によると私と同い年で、体が弱くて学校には行かれてないみたい。

その割には派手に着飾ってるし、毎日のように出かけてるし、大きな声もよく聞こえてくる。

ま、私はリリアナお嬢さま専属だからたしかに気にしても仕方ないわね。


さて、お部屋に戻って、そろそろ昼食の準備をしなきゃ。

今日はお嬢様がいる温室へ、お食事を持っていく約束になっている。

いま研究している珍しいお花を見せてくれるそう、あー楽しみー。



■ 二日後 ローデリック家


クロードが、ステラからの手紙を届けてくれた。

前回から特に変わったことはないようだが、フォルティス家へ届く荷物のことが気にかかるらしい。


そういえばリリアナに贈り物を届けるということをあまりしていない。

どうしても会いたいので、プレゼントは毎回手渡しだ。

ステラも気にしていることだし、こちらから何か送ってみるというのもありか……。


ちょうど昨日、頼んでいた荷物が届いたばかりだ。

くそぅ、本当はリリアナに会って渡そうと思ってたのに。

ん……やはり持って行こう……いや、ここは送ってみるべきか、仕方ない……はぁ。


届いた品物は、魚の形をしたペーパーナイフ、目には翡翠が嵌められていて、造形がとても美しい。

ナール国には海がないので魚を象った物が少ない、これは東洋の細工物だ。

遠征で見た時、きっとリリアナが気に入るだろうと思い、細工の注文をして、出来次第すぐ送るようにと手配しておいた物だ。


はぁ、リリアナの喜ぶ顔が見たかったな、仕方ない。

そうだ、ステラにも刺繍ができるように一揃いの道具箱を送ってやろう。

ペーパーナイフが入った箱のふたを閉め、クロードに渡す。


「ん、どうした?」

「いや、ステラからの手紙読んだらさ、送ってみたほうがいいかなと思って」

「ああ、確かにそうだな、じゃあ手配するよ」


侍従室へ戻ろうとするクロードに、ステラのために刺繍箱を一緒に送るように頼んだ。

その後、手続きを終えたクロードと相談をし、先にステラには、12日に荷物が届くという内容の手紙を送ること、そして箱は鮮やかな緑にして、目立つように金色のリボンをつけることにした。


二人とも喜んでくれるだろうか。

ああ、やっぱり会いに行きたいな。

いや、それより仕事だ、なんたっていつ夢を見るかわからない。

その時が来たら、すぐに行動できるようにしておかなければ。

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