某月某日

高山小石

某月某日

 人を殺した時のことを、思い出すことはできる。作業が大変だったとか、気持ち悪かったとか。願ってもないのに夢で何度も反芻したので、妙によく覚えている。

 それが何月何日だったかは、覚えていない。秋だったような、夏だったような。その日の前後の行動も覚えていない。いったい自分は、なにをして、なにを考えていたのだろう。


 そう話すと不思議がられた。重要なことをどうして覚えていないのか、と。覚えていないものは仕方ない。大体、何年も昔のことを正確に思い出せる人間が、そういるとは思えない。



 話を聞いていて、私はため息をつきたい気分になった。

 この子供と私は、同じ人間なんだろうか。一緒の部屋で、同じものを見ているはずなのに、違うものを見ているようだ。


 子供にとっては日常も、透明で分厚い膜を通して経験していたように思えた。自分の存在が希薄で、自分に起こった出来事も、どこか他人事に感じるらしい。だから、その日のことも、自分がしたにも関わらず、劇中の出来事のような印象しか残ってないのだろう。

 毎日が死んでいるような子供にとって、誰かの死など、特別ではなかったのだ。

 なにが子供をそうさせたのか。

 子供は罪を償って、やがて社会に戻るだろう。はたしてその時、子供は膜を破って『人間』になっているだろうか。切に子供に望むのは、誰かの死を悼む気持ちなのだが。


 この世界にいるのは、人間を含む多くの生き物だ。

 人間は、人間なら誰もが自分と同じものを見ていると信じて生きているが、実際は、誰も自分と同じものを見ていない。

 いつか世界は、膜をかぶった人間だけになるだろう。

 年老いた私は、そんな世界になる前に死ねるから幸せだ。


 そう他人事として考える私も、すでに膜を被っているのだ。

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某月某日 高山小石 @takayama_koishi

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