第25話 奪われた町、ヒガシナリ(6/?)

 カリンはお茶を飲みながら、頬と頭を痛がっているダニエルに話しかけた。


「さて……ある程度町の様子も分かったけど、明日からどうしましょうかね……」


「ん? 次の町に行かないの?」


カリンは飲んでいたお茶を噴出した。


「───アハッ! アハハハハハハハハハハハハッ! ププププププ! ケホケホッ……」


「えっ? 僕はそんな酷いことを言ったかな?」


「ケホケホ……あの、ダニエル? こんな町の状況を見て、『いやぁ、大変そうだったね。可哀想に、酷い目に遭ったんだねえ……よしよし、次の間に出発だー!』なんて言えるのかしら? 何度も言う通り、貴方が町を破壊したのと同等だからね」


「うん……でも僕にどうしろって言うの?」


「明日、薬屋のお婆ちゃんのところに言って、少し話をしましょうか。少しでもこの町を戻してあげる必要があるわ。きっとあのお婆ちゃんなら話が通じるわよ」


 薬屋に入った時、あの老婆がダニエルの顔をじ──っと見つめて何かを考えているようだった。もしかすると、正体がバレている可能性があり、それを分かってなお見逃そうとしている節があった。


「あのお婆ちゃん、不気味で怖かったんだよねえ。でも……うん、分かった。僕で良かったら、少しでも助けになれるように頑張るよ」


「ええ、それが今の貴方にできる善行よ。壊してしまったからには、元よりも綺麗に修復するって気持ちで頑張りますわよ」


「僕、頑張る!」


 ダニエルはグっと手に力を入れて、気合を入れていた。


「それじゃあダニエル、明日の朝から動き始めるから今日はしっかりと寝ましょう」


「ちょっとまだ日も高い気がするけど……今日は色々と疲れたや、横になるね」


 ダニエルは布団に入ってしばらくすると寝息を立てて寝始めた。どこでもすぐに眠ることが出来るのは、彼の特技のひとつなのだ。カリンは、ダニエルの頬を撫でながら、寝顔を見ていた。


「女性として、少し自信を無くしそうね」


 カリンはダニエルの姿を見て軽く苦笑した。カリンは美人であったし、それこそ町中へ行けばよくナンパをされ、告白も受けたことが何度もあった。その度に断ってきたので、未だに誰とも付き合ったことは無かった。同じ屋根の下にいるダニエルはそんなカリンに手を出す素振りすらないまま、時が流れていたのだ。


「いつの間に、こんなに惹かれるようになったのかしらね」


 カリンはかつてカールに引き取られた時のことを思い出していた。カリンが引き取られた時、親に裏切られた気持ちと、カールからのキツイお説教によって心を完全に閉ざしそうになっていた。だがその度に『カリンちゃん元気? カリンちゃん遊ぼう? カリンちゃんお話ししようよ!』とずっとダニエルが声を掛けてくれていた。  


 モノづくりに夢中な彼であったが、空いた時間はずっとカリンに話しかけていた。

最初こそ、鬱陶しい、あの鬼畜ジジイの孫が話しかけるなと邪険にしていたが、健気に話しかけてくるダニエルに、少しずつ打ち解けていき、心を開くようになっていた。カリン自身も、かつては彼に救われていたのだ。


「こんなに色々怒っているけど、感謝もしているし、期待しているのよ。私があれだけ尽くしたのも、かつて貴方が私にやってくれたからなんだからね」


「う……ん……」


 ダニエルが返事をしたように感じたが、スヤスヤと深い眠りに入っているようだった。


「ダニエル、実はカールの手紙はね、1通じゃなかったのよ。もう1通は私宛なんだけど、これは見せてあげない。だって見せるとひっくり返っちゃうもんね。やっぱりあの人は悪人よね、許さないんだから」


 カリンはブツブツ文句を言うと、窓際まで歩いて、窓を開いた後に席に座ると、カバンから手紙を取り出して、中を見た。


 ~カール・フォン・オットーの手紙~


 借金のカタに我が家に来たご令嬢、カリンへ


 この手紙を読んでいる頃には、俺はあの世に行っていると思う。なにせ、俺の寿命はダニエルの成人の誕生日にぴったりになっているからな、驚いただろう。本題はそれじゃないんだ、いくつかお前さんに頼みごとがあって、手紙を残させてもらう。


 ひとつは、町の外れにある妖精の森の泉に行って、ワインとチーズを毎年奉納してもらいたいんだ。俺は本来10年以上前に死ぬはずだったんだが、妖精達が俺を生かしてくれたんだ。毎年奉納する約束をしていてな、悪いけど代行で頼むわ。


 ふたつめは、ダニエルを守ってもらいたいんだ。きっと俺が死んだあと、あの子は狂ってしまうと思うんだ。俺も情けないことに、ダニエルにちゃんと色々教えてこれなかった。最悪暴走して言うことを全然聞かず、本当にヤバかったら【例の借用書】を使ってくれ。お爺ちゃんとしては心苦しいが、借金奴隷にすれば暴走は止まると思う。町にいる金貸し達は俺の息が全員かかっているから、上手いことやってくれ。


 みっつめは、俺の代わりにダニエルに色々と世の中のことを教えてやってくれ。これも俺が悪いんだが、ダニエルにちゃんと世間の事を教えなかったせいで、世間知らずの高枕になっちまった。すまん、両親の借金分全部チャラにしたから許してくれ。


 よっつめは、カリン、お前自身も幸せになってくれないか。俺はお前自身の人生をめちゃくちゃにしてしまった犯人のひとりだろう。そんな俺に、幸せになれと言う資格は無いと思っている。だが幸せになるために必要なことは全部叩き込んだと思っている、そしてもしお前がダニエルを選んで結ばれた時、町の外れの丘に行ってもらいたい。あの丘にはダニエルの両親が眠っている墓があるんだ。そこで報告してやってくれ。なに、お前がダニエルに惹かれていることなんてジジイの目からしたら丸わかりよ。


 じゃあな、お転婆娘。幸多からんことを。


カール・フォン・オットーより

××××××××××××××××××××××××××××××


「こんな手紙、ダニエルに見せられるわけないじゃない、なんてものを書くのよ」


 カリンは苦笑しながら手紙を眺めていた。最初から最後までダニエルにはとても教えられない内容だ。なにせ、ダニエルの暴走を食い止める方法までカールが指定しているのだ、こんなことを教えるわけにはいかなかった。


「この手紙は燃やして、一生誰の目にも止まらないようにしてあげたいのだけど……大事に持っておいてあげるわ。別に結ばれるために持っているんじゃないんだからね」


 カリンはカバンの隠しポケットに手紙をしまった。


「さてさて、明日はどんな気疲れをするのかしらね。もう回り始めた歯車は、誰かの手で止めなきゃいけないから」


 カリンは布団に入ると、明日のことを考えながら目を閉じた。

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