第23話 奪われた町、ヒガシナリ(4/?)

 ダニエルは、自分自身のやらかしを説明するために、カリンに正対して懸命に口を開いた。


「僕は、カリンがあれほど反対したのに、値段を強引に決めてしまったんだ。僕が道具屋で自分の考えで経営したとき、みんなの笑顔が欲しくて、買う人に損してもらいたくないって思って、自分の商品に急に自信が持てなくなっちゃって……その結果、突っ走っちゃったんだ。ありがとうと言ってくれるのと、値段を聞いてびっくりするお客さんの顔を見て、僕は自己満足していたよ」


「卑屈な貴方らしい考え方ね。本来は物の価値が値段を決定するのに、値段が物の価値を決めるって言う逆転現象を自分自身に起こしたんですもの。自信を持ちなさいな、貴方の商品の価値は耳にタコが出来るほど言い続けたはずよ。それにあんな値段だと、それはお客さんも喜んだり、驚いたりするでしょうね。なにせ子供の小遣いみたいな値段で買えちゃうんですもの」


 ダニエルは自分の右の頬を指で擦りながら、申し訳なさそうに答えた。


「うん……僕は借金をしてまで増設した施設で、自慢の品を大量生産しちゃったんだよね。その分安く作れるようになって、また値段を下げちゃったんだ」


「借金の大量生産だったわね。本当に……借金を返す気が無さ過ぎて笑っちゃったわ」


「僕はなんで気が付かなかったんだろう……借金を返さないといけない分、商品の値段を上げないといけなかったのに。結局自分に自信が持てなかったせいで、僕のせいでみんなが損しちゃうって考えに至っちゃって、結局値上げできなかったんだよね。でも大量に作った商品は、他の人達がちゃんとした値段で売れなくなっちゃうっていう弊害があったんだ。僕はそこに全然気が付かなかった……」


「そこよ、そこに貴方のやらかしの本質があるの。もっと深堀しなさい」


 カリンはようやく気が付いてくれたかと少し安心していた。


「うん……僕らの町は、別名【始まりの町】。これから世界中に羽ばたいていく人たちが、僕らの町で仲間を集めたり、装備を整えたりしてから旅立って行くんだ。彼らは、僕らの町で、回復の薬だったり、装備品を買ったりすることを学んでいっているんだ。僕は最初のスタートダッシュで、彼らに間違った教育を施しちゃったんだね。だからこの町に辿り着いた彼らが、正常な価格で売っている道具屋さん達の商品と値段を見て、口々に罵ってしまうんだね」


 パチパチパチとカリンが手を叩いた。ダニエルは少し嬉しいような悲しいような、複雑な感情に苛まれていた。


「僕……散々カリンに金銭感覚が狂っているって言われて、僕ひとりだけが狂ってしまったって思ったんだ。でも、僕のせいでみんな……大切なみんながおかしくなっちゃうなんて……僕は誰にどうやって謝ったらいいんだろう」


「ふふふっ、ダニエルってば結論が早いんだから」


 カリンは組んでいた足を組みなおして、ダニエルに声を掛けた。


「貴方、まさか被害を受けているのがこの町だけと思って? ヒガシナリの町は貴方のやらかしの最大級の被害を受けているかもしれないけど、それだけで終わるわけがないじゃない。それだったら相当なお花畑よ、貴方がやった行為はこんなもので終わらないのよ」


「うっ……僕は想像したくなかったのだけど、実は他の町にも被害が出ちゃってる?」


「『実は』でも何でもないわ。流行り病の如くえげつない感染力よ、いろんな形に変異して、やっばい形で広がっているわよ。希望的観測だけど、この大陸中で解決出来たらいいなとすら思っているわ。だぶんもう海を越えていると思うけど……貴方がやっていることは町に被害を与えたことじゃない、世界を狂わせているの」


「そんなぁ……」


 ダニエルは自分のやってしまったことを徐々に理解し始めていたようだ。


「貴方の英才教育は素晴らしいようね。だって考えてごらんなさいな、この町を訪れた勇者様等ご一行様はここで散々商品に文句を言って何も買わなかった後に急に真人間になると思って? きっと他の町でも散々罵倒するわよ、『低品質な物がぼったくり価格で売っている最低な町だ』って。それに、貴方の作った装備品だと、こんな近くの町程度、鼻をほじっているだけで辿り着いちゃうわ」


「そんな簡単に?」


「ええ、敵が襲い掛かってきても装備品が凄すぎて簡単に撃退しちゃうわ。次の町も、次の次の町も、あくびをしている間に辿り着いちゃう、酷い話よ。もはや装備品が本隊で、人は装備品のおまけね」


 カリンは呆れるように言った。


「僕の作った装備品、優秀だね。カリンにそこまで褒めてもらえると、嬉しいなあ。でも……複雑な気持ちだなぁ」


「優秀過ぎて駄目よ。ナニワ王国の名前が、ユトリ王国に変わっちゃうわ。ユトリの国の勇者様は、世間の相場も知らず、モンスターの本当の怖さも知らず、他の町で散々商品を馬鹿にしてしまったから町に落ち着ける居場所も消え、ダニエルの武器装備が叶わなくなった瞬間に何もできなくなってしまう雑魚になっちゃうの」


「ゆ……勇者達が雑魚?」


「魔法使いなんて、使っていた低級魔法が最上位クラスの魔法みたいになっていたわよ。勇者も軽く剣を振っていただけなのに、何かの奥義みたいになっていたわ。でも所詮は道具、いつかは壊れるわ。壊れた時、彼らは戦えるのかしら?」


「その時は近くの町の武器防具屋で買えばいいんだよ」


「うふふっ、そもそも勇者様ご一行が買いたいと思った時の武器防具屋は生き残っているのかしらね? 辛いわよ、だって急に敵が簡単に倒せなくなるのだから。新しい武器防具も売っていなくて、拾い物だけで戦わないといけなくなるような、どこぞの蛮族みたいな戦い方になるわ。さて、一度心が折れた勇者様達はどうなっちゃうのでしょうかね?」


「あれ……僕って間接的に魔王討伐を邪魔している?」


「してるわよ。だって学習する機会をぜ──────んぶ奪っちゃっているのだから。私は失敗をしなさいとは言わないわ。でも苦戦してようやく理解出来るものが沢山あるのよ」


「勇者達の経験を僕が邪魔しているみたいだね」


「ええ、だって素人でも貴方の作った物ならそれなりの冒険ができると思うわ。でも余裕だった旅が突然厳しくなるの。本来は最初に味わっておかないといけない辛さが、鈍りに鈍った危機感に襲い掛かるの。怖いわよ、本当に……」

 

 カリンは少し安心していた。ダニエルの頭が本当にアッパラパーのお馬鹿さんだったら、本当に救いようがなかったからだ。最近のダニエルは本当に酷かった。カールが亡くなってから、何かに呪いでもかけられているのかと言わんばかりの狂いようだった。そもそも、ダニエルはカリンの言うことを否定してこなかったのだが、カールが亡くなってからは聞く耳を持ってくれなくなっていた。


「ダニエル、ようやく少しは冷静になってきたかしら?」


「うん? 怒り狂っていて、冷静じゃなかったのはカリンじゃないの?」


「私が感情的に怒っていたかと思ったかしら? いいこと? ダニエル、貴方は本当に狂っていたわ。いえ、まだ狂っているのかもしれないわね。」


「僕は至って冷静だと思っていたんだけど」


「貴方が本当に冷静だったら、今頃道具屋でお茶していたわ。あのお菓子屋さんのクッキーでも食べながら、今日の天気の話でもしてのんびりとね。そうだ……今の貴方なら、冷静になれた貴方なら、カールから預かっている手紙を見せてあげてもいいかも」


「えっ! お爺ちゃんって手紙を残していたの? なんで、なんで僕にだけ見せてくれないの!」


「絶対に貴方はちゃんと読めないからよ。都合の良いところだけ切り取って妄信して暴走するに決まっているもの。……結果として駄目だったけどね」


 カリンはカバンに入れていた手紙を取り出して、ダニエルに渡した。カリンから手紙を受け取ったダニエルは、目を閉じて手紙を胸に当て、カールの顔を思い出していた。


「お爺ちゃん……突然いなくなっちゃったお爺ちゃん。でも手紙を遺してくれたんだね。僕、何が書いてあっても、受け入れるからね」


 ダニエルは覚悟を決めると、手紙を開いた。

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