第22話 奪われた町、ヒガシナリ(3/?)
完全に歯車の狂ってしまった服屋を後にしたカリン一行は、宿へと向かった。ヒガシナリの町の宿はグレードがあり、最低ランクであれば、他人と雑魚寝行きである。当然そのような状況をカリンは嫌がり、上級グレードの宿を取っていた。
「とんでもない服屋さんだったね。それだけじゃなくて、道具屋だって武器防具屋だって、薬屋だってみんな酷い目に遭っているみたいだよ。本当に、一体誰がこんなに彼らを苦しめているんだろうね、きっとこの町を潰したい人の陰謀なんだよ!」
同じ部屋に止まっているダニエルは、カリンに対して興奮気味に言った。
「武器防具屋さんなんて……息子さんが帰ってきたときに更地になっていたら、ショックで倒れちゃうよ。出来たら続けてもらいたいんだけどねえ」
カリンは黙って立ち上がると、部屋の窓を全て閉めた。そして部屋の鍵を全て締め切ってしまった。
「あれ……カリン? なんで急に全部閉めたの。それに何だか顔が怖いよ、どうしたの?」
カリンは大きく息を吸い込むと、ダニエルに向かって吠えた!
「ふぅぅぅぅぅざけんなよ なにを善意の第三者みたいな顔してんだよお前えええええええ! ぜ──────んぶてめえのせいだろうがYOOOO!!」
「えっえっ?」
「何が誰のせいだ! 何が怖いなぁだ! 私はてめえの方がよっぽど怖ええええよ!」
ダニエルはただただ戸惑っていた。
「お前だよ! お前のせいなんだよ! お前のせいで道具屋の経営は立ちいかなくなったし、武器防具屋は息子が帰ってくる店が無くなってしまったし、薬屋は壊滅したし、服屋もクレイジーピエロみたいになっちまったんだぞ!」
「僕が一体何をしたって言うのさ!」
「おいおいおいおい、マジかよ! お前思い出せよ、明らかにダンピング仕掛けている商売やっとったやんけ!」
「はい?」
「じゃあ一例だけどよ、お前の包丁、いくらで売っていたか思い出せ!」
「ほぼ原価だね、素材も安かったから安価で売ってあげたよ! 買ってくれたみんなは大喜びさ!」
「ガァッッッッッデェェェェェム! 馬鹿野郎! ちょっと頬だせ!」
ダニエルの胸倉を掴んで、カリンは右手を大きく振り上げた。
「この痛みで理解しろ、反省しろ、悔い改めろ!」
「うわあああ! カリン怖いよ、助けてぇ! 嫌だぁ! 嫌だよぅ! 嫌だぁ!!」
「暴れるなお前、くっそ足踏んずけてやる、変な所に当たるから動くな!」
ダニエルはひたすら逃げ回るように暴れていたが、カリンの剛腕から逃げ出すことは出来なかった。あまりに暴れるので服がちぎれるほどであったが、彼が丈夫に作り過ぎているため、ちぎれて逃げ切ることは不可能である。とうとう体力切れを起こし、釣り人とファイトして限界まで弱り切った魚のようになっていた。カリンの右手が動き始めると。
「お許しを! 嫌だぁぁぁぁぁ!」
と断末魔の叫びが部屋に響き、カリンビンタが炸裂した。パチンッ! という音が部屋に響き、そのまま勢いは止まらず、ダニエルはベットへと吹き飛んだ。
「うっ……うっ……えっぐ……痛いよぉカリン、なんでそんな酷いことをするのさ!」
「学習能力の無い奴は嫌い! サルでもイモ洗い程度には学習するぞ、サル以下の学習能力は本当に許さんぞ! 馬鹿野郎め……はあ、でもこれってカールのせいなんだからね、あんたの教育が悪いんだから」
カリンはブツブツと呟いて、亡きカールへの文句を言っていた。
「いいかポンコツ、よーく聞けよ。お前はひじょ──────に不愉快なことだが、“モノづくりだけは”天才的なんだよ! そんなお前が作った包丁はな、そこいらで売られている高級包丁よりよっぽど重宝されるんだよ! そりゃそうさ、クッソ安いくせによく切れて切れ味が落ちねえんだからな! それをお前、原価、いや原価割れで売っていたんだぞ。それをどれ程の罪かわかっとんのかボケッ!」
「原価割れしたって、僕が損するだけじゃないか!」
「お──────まえ記憶力どこにやったんだよ! お前は損しているだけかもしれんがな、客はお前の包丁を覚えちまったんだぞ! そしてその包丁がバイオテロみたいにこの町でクラスターして、それでみ──────んなお前の包丁に感染されちまったんだ。おかげで、この町の道具屋の包丁は全部不良在庫だ! これもまだほんの一例だからな!」
「うう……そこまで言わなくてもいいじゃないか!」
カリンはかつてのカールを思い出させるかのようにダニエルにキレていた。
「お前の好意は、他人にとっての悪意なんだってことに何故気が付かない。全くお見事だよ、他の商売人を抹殺することにおいてはダニエルの右に並ぶものなんていないんだから。狙っていた? 他の町を壊滅させておけば自分の商品が儲かるって思ったの? ああなるほど、世界を平和にするためには自分以外を全員抹殺すればいいって理論の応用かしら。それなら正しいわよ」
「ち……違うよ! 僕はみんなのため、良かれと思っていたんだよ」
カリンは容赦なくノーモーションで2発目のビンタを放った。ダニエルは右と左の両方がビンタの餌食になった。
「痛い……痛いよぉ……うう、お爺ちゃん……」
ダニエルが頬を抑えながら泣くのを必死に我慢していた。
「ハアハア……カール、せめて遺産を残すなら良い遺産を残しなさい……恐ろしいほどの負の遺産よ、これ。よくもこんな爆弾の処理を私に投げたわね……」
興奮しすぎたカリンは軽い酸欠状態になって、息を切らしていた。
「そうだ! 薬屋は? 薬屋のお婆ちゃんは幸せそうだったよ。ほら、少なくともお婆ちゃんは幸せに出来たし……」
ダニエルは、少しでも自分に良いところが無いかを探して自己弁論をし始めた。
「ば……馬鹿野郎! お婆ちゃん以外の薬屋さんがダンピング良品に戦いを挑んで無惨にも壊滅したのを忘れたのか! それに、もしあのババアがくたばった時にどうなるのか、お前分かっているのか!」
「えっ?」
「この町で唯一の薬屋だぞ、あの婆さんが寿命が来て天寿を全うしたとしたらどうなるか考えて見ろって。その考えることを放棄して口だけ明けて餌を待っているひな鳥さんはいい加減成長してもらっても良いと思うんですが、分かっていらっしゃいますかねえ。一度教会の鐘に108回ほど頭を突かせれば多少改善されるのかしら?」
「う~んと……あっ! この町から薬屋が無くなっちゃう!」
ようやく答えを一つ出したダニエルに、カリンは少しほっとした。
「そうだよ、お前さんはこの町から【医療】というものを無くそうとしているんだよ。医療が無いっていつの時代に戻そうとしているのか分かっているのか! ……はあ、ねえダニエル、貴方ははっきり言って危険人物よ」
「僕が危険人物?」
「もう一回おさらいしてあげるけど、ヒガシナリの町の【道具屋を全て倒産】、【武器防具屋のメンタルダウン】、【ヒガシナリの町の医療崩壊】、【服屋の店員の発狂、店長鬱病の発症及び衣服の質がゴミカスレベルに低下】、これって全部、ダニエルのせいなんだけど、本当に理解できている?」
「たぶん?」
「じゃあ……自分の言葉で言語化してよ。貴方の理解度を私が図ってあげる」
カリンは椅子に座ると、机に用意していたお茶を飲みながらダニエルを見つめていた。
「ちなみに、答えが出るまでずっと貴方の事を見つめ続けるわ。貴方が嫌だと言ったり、考えるのを止めたとしても、ずっと見つめ続けてあげる。だから早く答えを出してね」
「カリンが怒ったまま僕をずっと見つめ続けるなんて、うう……あの目は本気だ。三日三晩でも僕のことを見続ける気だ」
ダニエルは頭を抱えたまま唸って考え始めた。『原価割れ……営業妨害……ダンピング……』と答えを出すための単語を必死に絞っていた。
「カリン、もし間違っていたらすぐに教えてもらってもいい?」
「よくってよ、今日はもうやることがないもの」
「じゃ……じゃあ僕が考えた答えを出すね。と言っても、今日色んな人から聞いたことのままなんだけど」
ダニエルはおどおどしながら、不安そうな顔でカリンに正対した。
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