第20話 奪われた町、ヒガシナリ(1/?)
××年××月××日 ダニエル・フォン・オットーの手記
お爺ちゃんの嘘つき! お爺ちゃんは最強のお爺ちゃんだもん! 僕が今からいっぱい幸せにしてあげようとしたのに、なんで……なんでいなくなっちゃうんだ! どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、もう帰ってこれないんだね。
お爺ちゃん、お爺ちゃんもお父さんとお母さんみたいにお星さまになって見守ってくれるの? おじいちゃん、親孝行できなかった分、おすそ分けでみんなを幸せにするね。みんなが幸せになる【世界一の道具屋】として、僕がお爺ちゃんの後を継ぐから。僕なりの形で、みんなを笑顔にするから。
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「さあダニエル、そんなにゆっくり歩いていてはいつまで経っても目的地には着かないわよ!」
カリンはトボトボと歩いているダニエルの手を引くと、元気に引っ張り上げていた。
「僕のお店もなくなっちゃったし、頑張って借金を返そうと思ったけど、どうやって返したらいいか皆目見当もつかないんだ」
「言ったでしょ、今すぐ返せなんて言ってないわ。何だったら返済期限も特に設けていないわ。でもね、返さない限りはずっと奴隷なの。奴隷は嫌でしょ?」
「そうだね……早く金ぴかの輪っかから解放されたいよ!」
ダニエルは両手の黄金の輪を見ながら答えた。知っている者が見れば、明らかに奴隷の証であることが明白なのだ。また、黄金の輪は借金で首が回らなくなってしまった原因までを知らしめてしまう見せしめとしての効果があった。
「ところで……目的地ってどこなの?」
「とりあえずは近くの町ね。えっと、名前は……」
カリンはカバンから地図を取り出し、指でなぞり始めた。
「ヒガシナリの町ね。いつも仕事で溢れていて、いろんな国や町から日雇い労働者が集まって、結構盛んだとは聞くわね……去年までは」
「人がいっぱいいそうだね……ん? 去年に何かあったの? ちょうど僕が自分で道具屋を始めた時期ぐらいだね」
「ええ、何があったんでしょうね」
カリンは少し悲しい様子で答えたが、ダニエルは気が付かなかった。カリン自身も町を出る余裕は無かったので、伝聞だけであったが、色々と噂は耳にしていた。
「僕は道具屋で物を自分で作って売るのが大好きだけど、他の人達が作っている物を見るのも好きなんだ! 違う町にはどんな商品があるんだろう、楽しみだなぁ……」
カリンは特に返事はしなかった。どうせ嫌でも現実を見ることになるのだから。
───カリン達一行は、1夜を野宿で過ごし、翌日の昼頃にはヒガシナリの町の入り口に辿り着いた。
「わあああ、見てよカリン、この町ってとても大きいね!」
「世界中から労働者が集まるからね、その分治安も怪しいから、特にダニエルは気を付けなさいな」
ダニエルの見た目は明らかに良家のお坊ちゃんだ。日雇い労働者達のなかに放り込めば、たちまち憎しみの対象になってしまうだろう。
ダニエルはキョロキョロしていると、大きな建物の近くに、張り紙付きの掲示板を見かけた。
「う~ん、あっそうだ! カリン、ここで僕が働いたらあっという間に借金が返せるんじゃないかな! ほらほら、求人情報が書いてあるよ……お給料は……安っ! こんなんじゃ何時まで経ってもカリンに返しきれないよ!」
ダニエルは掲示板の張り紙を見て、ひとり興奮した。彼の『安っ!』という発言のせいで、周囲から冷たい視線が突き刺さり、何故かカリンまで加害者になっているかのように感じた。
「え……ええ、貴方がした借金ってそれほど大きいということが分かったかしら? そもそも、貴方の金銭感覚が壊れ過ぎなのよ。この張り紙はね、確かに安く感じるかもしれないわ。でもね、仕事を求めに来ている人達をひとり雇うとしたら、相場はこんな感じなのよ。貴方が例え同じ労働をしてもそんな金額になるわ」
「うう……先は長いなぁ……」
カリンはダニエルを嗜めていると、後ろから数人の屈強そうな男達に話しかけられた。
「おいガキども、掲示板前をそんなデカい荷物を持ちながら占領しているんじゃねえぞ。仕事をしたくねえならさっさと失せろ」
「あら、それはごめんあそばせ。ダニエル、行くわよ」
ダニエルとの手を取って去ろうとするカリン。だがそんなカリンの肩を大柄の無精ひげを生やした男が掴んだ。
「てめえ、さてはヒダコチの町の女だな。夜は花を売っているくせに昼間はここであくせく働いているとは感心じゃないか。どうだ、俺達の今日の賃金の1割を出し合ってやる、相手してくれよ」
「その手を放してもらえるかしら。浮浪者みたいな人と思春期の男の右手にはなるべく触られたくないものよ。それに、お金なら別に困っていないの。言わば社会見学みたいなものね」
カリンの肩を掴んでいる手が更に強くなった。
「て……てめえ、舐めてんじゃねえぞ! どうせその金だって、てめえが股……」
カリンは言い切る前に男の足を踏みつけていた。男は悶絶して飛び跳ねており、周囲の他の男達も殺気立ってしまった。
「あら、虫かと思って踏みつけたら足でしたのね。まあどっちでも構いませんけど。貴方達がどけと仰ったのですから、道を開けてもらってもいいかしら?」
「行かさねえよ馬鹿野郎。お前ら、こいつらを路地裏に連行してやれ!」
大柄の男の後ろにいた数人がカリン達を取り囲んだ。ダニエルは震えることしか出来なかったが、カリンは特に表情を変えることは無かった。
「はぁ……カール、やっぱり貴方の言うことは正しかったわね。結局は腕っぷしが無いと、言葉を尽くしてもダメって言うことが良くわかるわ」
呆れてカリンは空を見つめていた。カリンの空虚な呟きは、空の彼方へと飛んでいき、虚しく風の音だけが聞こえていた。
「ボコボコにされて、商品になれないようにされたくなかったら、大人しく来いや!」
「貴方達こそ、変な動きをしないでね。久しぶりだから……手元が狂うと危ないのよ」
「生意気な女め、泣きわめいても、もう止まらんからな」
カリンは返事をすることなく、喋っていた男の腹に一撃を加えた。いきなりのことに動きを取れなかった残りの数人は、カリンに一撃を加えられていき、立っている者をはいなくなってしまった。
「怪我をするような殴り方をしていないわ、気絶しているだけ。それじゃあ行きましょうか、ダニエル。どういった町なのかよく分かったでしょ、これが理解出来たら迂闊なことは言わないこと! お願いよ」
「う……うん、気を付けるよ!」
「きっと何が悪いのかも分かっていないのだろうけど、人間……成長する……わ……よね?」
カリンは苦しそうに声を出していた。何時までも能天気なダニエルが反省してくれる日はいつになるだろうか心配だった。
──────労働者の町ヒガシナリ。世界中から人が集まるということは、それだけ物に溢れている町。人がいれば食べ物が必要になり、食べ物を調理する器具が必要になり、夜を過ごすためには宿が必要になり、余裕ができれば嗜好品に手を出すようになっていく。近くには男を喜ばせる町が隣接しており、相手と遊ぶための贈答品や、行為をするための道具が売れ、それを加工するための用品が必要になってくる。
そんな町のはずなのに、ひとりの天才が近くの町に住んでいたことが全ての不幸の始まりだった。
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