ツンデレ彼女の経営指南~転売屋の幼馴染が天才道具屋の僕で世界を救っちゃいました~
翔鳳
第1話 貴方の身柄は金貨1万枚で、私が差し押さえたわ!
「ダニエル! 貴方の身柄は金貨1万枚で、私が差し押さえたわ!」
彼女の燃え上がるような赤い目は、小動物のように震える道具屋の店主を捉えていた。彼女の手には羊皮紙が握られており、クルクルクルと開かれた中には
【金貨1万枚也 上記の通り借用しました ダニエル・フォン・オットー】
という文言とオットー家の封蠟、そして彼らの所属しているナニワ王国の封蠟が押されていた。
「そんな……確かに僕はお金を借りたけど1万枚なんて借りてない! だって借用書の額面は……」
「ねえ。利子って知っていて? 貴方の借りた金貨は太陽が沈むたびにどんどん膨れ上がったのよ」
ダニエルは信じられないと言った顔で借用書を手に取る。震えながら見る文字は、残酷な真実を告げるのみである。
「覚悟はできたかしら? まず道具屋は全部いただいていくわ。でもこんな店なんて価値が無いから、先回りして売り払っちゃった。悪く思わないでね」
「このお店は僕だけじゃない、君自身にとっても思い出の場所じゃないか! 昨日だって2人で楽しく働いていたのに、なんで……なんで……」
膝から崩れ落ちたダニエルの手から、借用書を取り上げるカリン。飾り気もないその紙を、改めて借主に向ける。
「さあダニエル、観念した? この借用書は特別仕様になっていてね、借りた金貨が1万枚になった時に債務者を奴隷にできるのよ。でも安心して、奴隷になったら借金は増えないから。よかったわね」
「奴隷!? まさか僕を奴隷にするって言うの? い……嫌だ!」
ダニエルは突然立ち上がると店の外へ向かって駆けだした。
カリンはハッとして大声で叫ぶ。
「“ダニエル・フォン・オットー、借用書の契約に従い、我が奴隷となれ!”」
彼女の手に握られていた借用書が輝き、逃げようとするダニエルを光が包み込んだ。輝きが消えた時には、彼はうつ伏せで拘束されていた。両手両足には、黄金で出来た輪がはまり、肉体の自由を奪っていた。
「成功したわね、もう逃げられないわよ。さぁ立ち上がりなさい、ダニエル。今日は私の奴隷になった記念日よ。……ふふ、お祝いをしなきゃね」
「うう……なんで僕がこんな目に……」
諦めたダニエルは力無く立ち上がり、カリンの下に帰ってきた。顔は涙と鼻水にまみれ、輝く金髪のお坊ちゃんのような容姿から、一瞬にして都落ちした貧民の様相となっていた。
「何も悪いことなんてしていないのに……」
ニコニコと暖かく迎えるカリンの前にたどり着いたダニエルは、助けを求める子犬のような目をしていた。
「おうこらダニエル、金を払わんほうが悪いんじゃい!」
慈悲を乞うダニエルに、豹変したように叫んだカリンが無慈悲な往復ビンタを喰らわせる。彼女の燃えるような眼は尋常ではないほどの怒りに満ちていた。
「こんなもんな、金さえ払ろたら文句ないわい! 借用書をちゃんと読まんとサインしたのはお前やろがい!」
カリンは黒髪長髪の良家のお嬢様といった容姿からは考えられない口調でまくしたてた。
いつものおてんば娘のような少女の口調が、突然取立屋を思わせるものになったことに、ダニエルは驚きを隠せなかった。頬の痛みだけでなく、彼女の勢いに押されて言い返せなかったのだ。
「返せんのなら家売らんかい! 身体売らんかい! お前が多重債務になってたもんを全部ケツ吹いてやったんやろがい。感謝はされど恨まれる覚えはあらへんど! 借りてもない金の借用書? 帳簿ちゃんと見んかい! 真っ赤っかも真っ赤っか! もう鼻血も出んぞ、お前の店!」
ダニエルの胸倉をつかみながら激しく揺らすカリン。彼は彼女より小柄であるが故に、まるで姉が至らなかった弟を叱り飛ばすような光景だった。
怒りの感情が爆発し、抑えきれない悲しさからカリンは悲痛な表情を浮かべていた。
「あなたがそんなだから私がこんなことをしないといけなくなったのよ。何も無かったら一緒にいつまでも働いていたわよ、このお馬鹿……」
呟きながらもカリンは少し泣いていた。
……しばらくすると怒りが頂点を過ぎ、手を止めた彼女は、落ち着きを取り戻していた。
「どうやってケジメつけるの? 幼馴染だからって容赦はしない。意地でも返してもらうわよ」
「でも金1万枚なんて! 馬鹿げた金額だよ、道具屋の設備から商品まで全部売ったって全然足りない! 僕はもう死ぬしかないんだ!」
ダニエルは自棄になったのか、地面に仰向けになり、じたばたと駄々をこねる。カリンはそんな醜態を見ても怒らず、むしろ諭すように語りかけた。
「何度も言うようだけど、貴方は私の物なの。勝手に死ぬなんて許さないわ」
「でも借金が……」
「今すぐ一括で払えなんて言ってないわよ。貴方は確かに道具を作ることにかけては天才的だけども、“本当に大切な足し算と引き算”が致命的に出来ていなかった」
「“本当に大切な足し算と引き算”……?」
「そうよ。あなたは分かっていない……いえ、“分かろうとしなかった”からこんな目に遭っているの。私と一緒に働いて返済しなさい、お金は借りた以上、返済する義務があるの」
少し泣いていたダニエルは、生気をすこしずつ取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。
「それに……貴方がやったことを、きちんと見て、責任を取る必要があるからね……」
カリンはダニエルに聞こえない程度にボソッと呟いた。
「うん、わかったよ。……僕は君のために働く。精一杯働いて、一生かかっても返せないかもしれないけど、できることはするよ!」
ダニエルは覚悟を決めたように少女を見据えた。
先ほどまでの川に落ちてしまった子犬のような惨めさが消え、何かを成し遂げる英雄のような目をしている。
「ところでカリン、どうやって金貨1万枚なんて肩代わりできたのさ。ずっとお店にいたじゃないか。……はっ、まさかお店のお金を!?」
見当違いな言葉に、いよいよカリンは堪え切れなくなってしまい、笑い転げてしまう。
「――アハッ! アハハハハハハハハハハハハッ! ププププププ!」
「なんだよ! まるで僕が変なことを言ってるみたいじゃないか! 何がそんなにおかしいんだよ!」
頬を膨らませて抗議をするダニエル。
だがそんな様子を見て、笑いを更に大きくした。
「アハハハハハハハハハハハハッ! もうこれ以上笑わせないでよ。良いわ、教えてあげる。ああ、これは酷い……ホントお腹痛いなぁ……」
腹をさすり、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、少しダニエルを小馬鹿にしたように彼女は語りだした。
「思い出して、道具屋の商品はいつも完売していたわね?」
「うん、いつも完売さ! 僕は作ったものが全部売れる天才だって思っているよ。なのにこんな状態になっているのが良く分からないんだ」
「簡単よ、商品を全部買ったのは私。その商品を町の反対側で10倍の値段を付けて売ったの」
「はぁ!?」
「うふふっ。いつも来てくれていたお客さんはね、私が雇ったサクラ。買った商品をせっせとせっせと私が作った別のお店に運んでくれる配達人だったの」
「そんな! 僕の商品を“転売”していたって言うのかい!? しかも10倍だって!? 滅茶苦茶な値段を付けて無理やり売りつけていたんだね、許せない!」
「いいえ。みんな喜んで買って行ったわよ」
カリンはきっぱりと言い切った。
「ええええええええええええええええ!?」
信じられないダニエルは衝撃のあまり膝から崩れ落ちた。
「貴方は自分の作っている商品の価値を理解していなさすぎよ。そもそも原価ギリギリで売る馬鹿がどこにいるの? 儲かってもいないのに“良い商品を作るんだ!”って設備投資もしたじゃない。膨れ上がる借金を見て見ぬふりしていたから今の状況になっているの!」
「でもお爺ちゃんが『質実、清廉、誠実をモットーに商売しろ』って言っていたんだよ? 僕はお客さんの喜ぶ顔が見られたら幸せなんだ。僕の作った道具でみんなが魔王討伐へと旅立って行く楽しさがカリンには分からないのかい?」
彼は本気で言っていた。祖父の商売を忠実に守っているだけなのだ。
こんなこともあろうかと、カリンは肩にかけていたカバンから杯を取り出した。
「ダニエル、この杯の底にちいさい穴が開いていたらどうなると思う?」
「馬鹿にしないでよ、少しずつだけど穴から水が漏れていくよ」
「ええそうね。杯の中の水を保ちたかったら穴から抜ける水よりも多い水を上から注ぐか、穴を塞ぐ必要があるわ。でも貴方はどちらの対策もとらなかった。外面は煌びやかでも中身は空っぽの杯、それが貴方よ」
少し遠くを見ながらカリンは淡々とダニエルに説く。まるで子供をあやしている母親のように。
「そもそも、怪しいと思わなかったの? 最初こそ道具屋に来る客が同じ人だってバレないようにしていたけど、途中からワザと同じ人達に来させていたのよ。いい加減気が付いて欲しかったのだけど?」
「道具屋に来てくれた人は全員覚えているよ。ああ、そうだったんだ……だから毎日1人で鉄の剣を5本も買っていく人がいたのか」
真相に今気付いたとばかりにダニエルは吞気な返事をする。
そんな様子を見てカリンはただただ呆れていた。
「何で変だとは思わなかったのよ……」
「僕の売った剣が脆くて、予備で買ったと思ったんだ! だからお客さんには申し訳ないと思っていたよ」
ダニエルは頭を軽く掻きながら答えた。
「貴方の鉄の剣、そこらで売られているものより5倍は丈夫よ。切れ味も全然落ちなくて評判なんだからね」
「やっぱり僕は天才なんじゃないか!」
「だ・か・ら! アホな値段じゃなくその10倍でも売れるのよ、おかげでドン引きするぐらい大儲けできたわ」
「うう、僕は安くみんなに売りたかったのに……なのにカリンに全部持っていかれただけじゃなく、転売までされていたなんて」
ダニエルは自身のポリシーを守れなかったことが悲しかったが、それ以上に彼自身を誰よりも知る、もっとも親しい存在に裏切られていたことがショックだった。
「ご馳走様、ダニエル。貴方の商品で大儲けさせてもらったわ。おかげで町一番の大金持ちよ」
カリンはすっかり気力を失ってしまったダニエルの手を取ると、少女に見合わぬ力で彼を引っ張り上げた。
「じゃあ行きましょうか」
「行くってどこに……」
「もう貴方に残されたものはこの町に何もないの。私はね、町を出て旅をしたいの、そして貴方は私のお供。返事は聞かないわ、時は金なりよ!」
カリンは後ろに控えさせていた者から旅の荷物を受け取る。どうやらダニエルの荷物も準備されていたようで、彼女よりも大きな荷物を無理矢理渡される。
「私達の冒険が始まるわ! 荷物持ち兼スケープゴート兼世話係として付いてくるのよ、ダニエル!」
胸を張って力強く歩き出したカリンと下を向いてトボトボ歩くダニエル。
対照的なふたりは、新しい世界へと一歩を踏み出した。
その旅は、天才道具屋が誤った親切心によって歪ませてしまった世界を、自分自身の目で確かめ、そして元に戻すため必死で奔走するものになるとも知らず。
【残り返済額 金貨1万枚】
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