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「なーんにも、無くなっちゃったねぇ」
部屋を引き払う日の前夜。
理菜はチャーを撫でながら、ガランとした部屋の中をぐるりと眺めた。
チャーの飼い主になる覚悟をした後すぐに、理菜はペット飼育可のアパートを探し、引っ越すことを決めた。
今のこの部屋も気に入ってはいたのだが、ペットの飼育は禁じられている。
ルールは、守らなければならない。
何よりも、チャーのために。
「あっ・・・・こら、チャーちゃん!」
気づくと、チャーは長い尾を振り回して、明日の朝使うためにと理菜が床の上に並べておいた化粧水や乳液のビンをなぎ倒している。
チャーがこのようなイタズラをすることは珍しいことだ。
不思議に思いながら、仕方なく倒されたビンをもう一度並べ直すも、チャーはまた、それらを全てなぎ倒し、近くに置いた鞄の横に静かに座った。
まるで、『全部鞄に入れろ』とでも言うように。
明日は、今出してある寝袋と、チャーの横にある鞄、それから、チャーのトイレだけを持って部屋を出る予定だった。
鞄の中には、引っ越し会社に運んでもらったもの以外の殆どのものが入れてある。
チャーの水入れもエサ入れも、チャーが朝ごはんを食べ終えたら鞄に入れ、身支度を整えた後に、理菜の化粧水や乳液のビンなども全て、鞄にしまうつもりでいた。
「どうしたの?チャーちゃん」
理菜の問いかけに、チャーはチラリと倒れたままのビンに目を向け、その目を鞄に移したあとに、理菜の顔をじっと見る。
「全部、しまわなきゃ、ダメ?」
ニャ。
「今すぐ?」
ニャ。
一向に譲る気配の無いチャーの姿に、とうとう理菜は吹き出した。
「わかったわかった。ちゃんとしまうから、ね?」
そう言うと、チャーはようやく立ち上がり、寝袋の中へと潜り込む。
「意外と、頑固なのねぇ、チャーちゃんは」
呟きながら、チャーに倒されたビンを全て鞄にしまうと、理菜も寝袋の中に潜り込んだ。
温かく柔らかなモノが、強い力で理菜の頬を何度も叩く。
ニャーオゥッ!
「・・・・なに、チャーちゃん・・・・?」
今まで聞いたこともないようなチャーの鋭く大きな鳴き声に、眠い目を開いた理菜は、ガラス越し、ベランダを覆う真っ黒な煙を目にして飛び起きた。
「えっ?!火事っ?!」
直後に、けたたましい非常ベルが、アパート内に響き渡る。
「チャーちゃんっ?!チャーっ!」
慌ててガランとした部屋の中を見回すと、チャーは床に置いた鞄の横に座り、理菜をじっと見つめている。
迷うことなくチャーを抱き上げ、鞄を手に持つと、理菜はドアを開けて部屋から飛び出した。
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