⑤⇒〖もう実際にやってしまおう〗

『──────────』

『望ちゃん?』

『ちょっと待って。今、考えてる⋯⋯から』

『う、うん。じゃあ俺も、考えるよ。なにか策を』


 十数分くらいだろうか。二人揃ってベッドの上で考える人のポーズを取った後、わたしが先に声をあげた。


『よし、決めた!』

『なにを?』

『しよう! 今から!』

『? もしかして脱出?壁を破壊するとか?なら俺も手伝うよ』

『違う。手伝うとかじゃなくて、君がいないと始められない』

『俺が⋯⋯。分かった。なんでも言って。ここで男、見せるから』


 珍しく覚悟を決めた表情を見せる彼である。こういう時の空君は、確かに本当にかっこいいので、ちょっとずるい。


『うん。じゃあ脱いで』

『え? 脱皮なんてすぐにはできないけど』


 時間さえあればできるという意味なのだろうか。


『そうじゃなくて。服。服を脱いでって』

『は?』

『服! 脱いでっ! ⋯⋯何度も言わせないでよ。男、見せるんでしょ?』

『ぇ⋯⋯いや、いや。いやいやいや、ちょちょ、そういう意味じゃないんだって。誤解誤解』


 うーん。察しの悪さだけはギネス更新を狙えると思う。


『⋯⋯~~~⋯⋯~~!!』


 そんなことはどうでもよくて。この鈍感アンポンタンのズボンを両手で掴みにかかる。こうなれば実力行使だどうにでもなれ。


『あーもう! わたしが脱げって言ってるのッ!』

『ますますなんでさッ!?』

『察すりゃいいじゃん! 犯人の言う通り、⋯⋯その。⋯⋯⋯⋯せい、こう。しようって! ⋯⋯言ってるの』

『⋯⋯⋯⋯。まじ?』

『次疑問形使ったら男のソレ引き抜くね』


 言って、今の今まで脱がそうとしていたズボンの中央部を指さす。


『⋯⋯⋯⋯でも。本当にこんな状況でやっていいのかな。望ちゃんだって、さっき早いって言ってたのに』

『それはそうだけど。でも、ここでうじうじしていても一生出れないかもしれないし、えと、わたしは⋯⋯心の準備ができてないだけで、⋯⋯…や。やって、みたい⋯⋯とは思ってるし。空君のこと。好きだから』

『っ───。望ちゃん』

『空君は、だめ? わたしと、したくない?』

『⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。したい。です』

『もっとはっきり言ってよ。じゃないと、さっきのわたしの恥と割に合わないじゃない』

『⋯⋯うん。俺は! 望のことが好きだから!一緒になりたいですっ!』

『⋯⋯ぷ』

『笑わないでよ! 人生で一番になるくらい勇気絞り出したんだから!』

『最後、ちょっと噛んだでしょ?』

『⋯⋯⋯⋯うん。なんで気づいちゃうのさ……。いや、流石というかなんというか。ちょっと血出てきたし』

『舐めとったげよっか?』

『え─────ん、ず』


 油断した彼の口に、わたしの唇は吸い込まれるように消えていく。

 気がつけば、がちん、と歯と歯が当たってしまって、すぐにお互い顔を引いた。


『つつ、あ、ごめん。勢い強すぎた』

『こ、こっちこそごめん。俺もびっくりしちゃって。⋯⋯もう一回、リベンジ、いい?』

『うん。いいよ』


 今度はゆっくりと。唇と唇を重ねていく。最初はお互い慎重に、浅く。優しく。そして、何度か重ねた後は、


『舌⋯⋯入れるよ?』

『⋯⋯うん⋯⋯』


 不器用だと自覚しながら、いつぞや観たえっちなビデオを脳内で再生しつつ、舌を絡めていく。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 ふわふわと、気が抜けていく。反して心臓の鼓動は早まっていく。フラッシュバックしていたえっちなビデオはぷつりと消えて。いつの間にか、彼のことで頭がいっぱいだった。


『望ちゃん、』

『なに?』

『服、脱いだ方がいいかな』

『いいよこのままで。恥ずかしくて余計時間掛かりそうだし。それに───』

『それに?』


『こっちの方が、もっとコーフンするから』


 ぼ、と真っ赤になっていく彼の顔と、震える唇に蓋をするように、また勢いよく唇を重ねた。今度は歯がぶつかることもなく、ただ甘く、吐息と唾液の絡まる音だけがきこえていた。


       ◆


『服もスカートも、しわだらけになっちゃったね』

『うん⋯⋯ごめん』

『なんで空君が謝るの。全部犯人のせいだよ。こうして付き合い始めて一日目にこんなことになっちゃったのも、全部』


 二人揃って毛布を被り、暗闇の中───うっすらと互いの顔が見える、十センチぴったりくらいの距離で会話をしている。


『そんな簡単に割り切れるもんかなぁ』


 あんなことをしたというのに、すっかりと元の表情に戻っている彼の顔がなんだかムカつくので、でこぴんをお見舞いした。びち!と快音がした。


『いだだ』

『三回もやっといて、なにのほほんとしてるの』

『え!? いや、別に。こんな時どんな顔してればいいのかよく分かんなくて』

『素直でよろしい。でもわたしだって分かんないよ? ⋯⋯あ。いいこと思いついた』

『嫌な予感がする』

『幸せと呼びなさい。ほら、なら互いの表情が分からなくなるくらい近くにいればいいんだよ』


 と、もう一度彼の口を塞ぐ。


 部屋の扉が開いたかどうかなんてすっかり忘れて、ただただ幸せな時間に溺れていったのでした。


NEXT EPISODEコイノアジ


───────────────

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