第13話 白と黒①
星母の会のシェルターへと戻って来た俺は、熟慮に熟慮を重ねた結果、メアを零落スキル持ちのリリムへとランクアップさせることにした。
メアのランクアップに当たっては、大きく三つの選択肢があった。
一つ目は、今回手に入れた零落スキル持ちリリムへとランクアップさせること。
これのメリットはわかりやすい。
メリットは、確実に零落スキル持ちになれて真耐性貫通が得られることと、Aランク霊格再帰先への道が拓けて、メアが喜ぶこと。デメリットが特にないこと。
二つ目は、通常カードキーリリムへのランクアップ。
零落スキルが残ればそのまま。残らなければサキュバスにランクダウンさせて、零落スキル持ちリリムとする。
これのメリットは、零落スキルが残れば、零落スキル持ちリリムが一枚浮くこと。ランクダウンによる霊格再帰スキルの影響がわかること。Aランク霊格再帰先への道が拓けて、メアが喜ぶこと。
デメリットは、カードキーのリリムを手に入れてくるのが手間なこと。零落スキルが残るとは限らず、リリムのカードが一枚無駄になる可能性が高いこと。真耐性貫通が得られないこと(代わりに他の後天真スキルが得られるかもしれないが)。メアを実験台にするようで、心が痛むこと。
三つ目は、カードキーのヘカテーを手に入れてきてのランクアップ。
この場合は、今まで通りイライザとユウキとセット運用を基本とし、零落スキルが残らなくてもそのままとする。
メリットは、零落スキルが残れば、零落スキル持ちリリムが一枚浮くこと。今後、常に一枠でイライザ・ユウキ・メアを召喚できるようになること。
デメリットは、カードキーのヘカテーを手に入れてくるのが手間なこと。場合によっては、三相女神の一括ロストが起こり得ること。零落スキルが残らなかった場合、メアのAランク霊格再帰ルートが閉ざされ、メアが悲しむこと。
どの選択肢も、一長一短ではあるが、まず三つ目の選択肢は普通にユウキに通常ヘカテーを取り込ませた方が使い勝手が良さそうなのと、Aランク霊格再帰先の道が閉ざされたらメアが悲しむため却下。
二つ目の選択肢も、上手くいけば零落スキル持ちのリリムが浮くメリットと、Bランクのカードキーを無駄にする可能性が高いデメリットがどうしても釣り合わないため却下となった。
Bランクで、それもカードキーであるリリムを無駄にするかもしれないデメリットはあまりに大きく、そもそもメリットである零落スキル持ちリリムのカードが浮くかもしれないということについても、鈴鹿が霊格再帰先の格に飲まれたことを考えれば、まとも運用できるとは考え辛い。
……さらに言うなら、メアを普通にランクアップさせたとしても、零落スキルが残るイメージがどうしても湧かないというのもあった。
こう、なんというか、メアは主人公補正というか、ヒロイン力というか……その辺が、ね。
というわけで、他の選択肢はメリットは薄くデメリットは大きいとして、そのまま素直に零落スキル持ちリリムへとランクアップさせることにした。
【種族】リリム(メア)
【戦闘力】2300(初期戦闘力1400+成長分900+霊格強化分200-零落スキル分200)
【先天技能】
・夢魔の王女:夢魔を統べる女王の娘であり、分身。眷属であるサキュバスを召喚することができる。無限召喚型。サキュバスの先天スキルをすべて内包する。
・夢か現か:現実と夢の世界の境界線をあいまいにし、その場にいる者全員の夢と名の付くスキルの効果を上昇させる。→零落スキルにより使用不可。
・死の快楽:粘膜接触した相手に強力な快感を与えるとともに、精気を吸収、あるいは分け与えることができる。投げキッスで遠隔攻撃可能。直接接触で、威力極大上昇。相手が男性であった場合、初撃に限ってありとあらゆる耐性を貫通する。
【後天技能】
・ファムファタール
・友情連携
・中等魔法使い→高等魔法使い(CHANGE!)
・人を呪わば穴二つ
・生還の心得
・霊格強化
・耐性貫通→真耐性貫通
・詠唱破棄
・魔力の泉
・戦術
・美術
・文芸
・限界突破
・かくれんぼ
・眷属強化
・眷属維持
・追加詠唱(NEW!)
・真なる者
・真眷属召喚
・零落せし存在
「これでメアもBランク~!」
無事ランクアップを終え、リリムとなったメアがキャッキャッと部屋を飛び回る。
リリムとなったメアだが、外見に変化はそれほどない。
褐色の肌にピンクのラインが入って、角とか翼がちょっと大きくなったくらいだ。
懸念していた零落スキルによる先天スキルの劣化についても、メインである眷属召喚スキルが無事だったため、問題なし。
真耐性貫通スキルの分、十分にパワーアップしていると考えて良いだろう。
むしろ重要なのは、ここからだ。
「メア」
「うん!」
俺が名前を呼べば、メアはおやつの気配を感じ取った飼い犬のように、シュバッと俺の前へとやってきた。
そんな彼女へと、俺はリリスのキーアイテムである『創世の土』を差し出した。
霊格再帰発見当初の実験により、リリムが『創世の土』によりリリスへと霊格再帰することは世界的に知られているが、キーアイテムが『創世の土』だけとは限らない。
Aランク下位の茨木童子でも複数のキーアイテムを必要としたことを考えれば、リリスのキーアイテムについても、一般に降りてきた情報が『創世の土』だけだった、という可能性も普通にあり得る。
リリスと言えば、世界的なビッグネーム。ミカエルやガブリエルら四大天使には明確に劣る印象はあるものの、大抵の国でAランクとして出現する(Bランクが出ない)。
キリスト教の影響力が薄い日本であっても、そこそこの格があってもおかしくなく、複数のキーアイテムを必要としてもおかしくなかった。
果たして、どうなるか……。
ドキドキと見守る俺たちの前で、しかしメアは「あれ?」というように小首を傾げると。
「……これ、メアのキーアイテムじゃないっぽい」
「え?」
思わぬ言葉に、虚を突かれる。
キーアイテムじゃない……ということは、これは『創世の土』じゃなかった?
……いや、考えてみれば、リリムからリリスのイメージが強く、リリスになると思い込んでいたが、リリムだからと言って必ずしもリリスへと霊格再帰するとは限らない。
「メアの霊格再帰先がリリスじゃないとすれば……なんだ?」
俺の言葉に、カードたちも腕を組んで考え始める。
「ん~、リリス自体がメソポタミアのリリートゥが起源ですからね。そのリリートゥも、さらにシュメールに起源を辿れますし……その方面もあり得るかと」
「リリムは、リリスの子供という側面と同時に、サタンの子供でもあるわけだし、そっち方面じゃねぇか?」
「あるいは、リリスは、夜という意味を持ちますし、夜の神の可能性もあるかと」
「夜の女神となると……ニュクスとかでしょうか?」
アテナ、蓮華、イライザ、ユウキと次々に意見を上げていくが、意外と範囲が広く絞り切れない。
カードのランクアップ先は、逸話・起源・属性に関わりがあれば可能ではあるからな……。
リリスとサタンの子供であり、世に広く知られるサキュバスの原形となったリリムとなると、ランクアップ先も多岐にわたる。
「まぁ、一つでもキーアイテムがわかれば、多少は絞り込めるだろう」
ここでどれだけ議論したところで、メアのランクアップ先がわかるわけでも、変わるわけでもない。
収拾がつかなくなってきた議論を、一旦打ち切る。
「それよりも、だ。ユウキ」
俺はユウキへと、ヘカテーのカードを差し出した。
「これを取り込んでくれ」
「了解です」
メアがヘカテーになれなくなって、三相女神の一角が欠けてしまった。眷属封印のスキルを使うためにも、ユウキにはヘカテーのカードを取り込んでもらう必要があった。
ヘカテーのカードをバリバリとかみ砕いたユウキは、さっそくその場でヘカテーのカードを召喚した。
さて、アポロンの時は、シロの人格と記憶を引き継いだアポロンが召喚されたが……。
俺たちが見守る中、真昼の月のような白い髪と、夜の闇の如き漆黒のドレスに身を包んだ美女が現れる。
メアがヘカテーに変身した時とはまた違う、大人の妖艶さを漂わせた美女である。
「…………ハァ」
ヘカテーは、俺たちを見回すと、なぜか憂鬱そうにため息を吐いた。
それからゆったりとした動作で、ユウキへと頭を下げる。
「……お久しぶりです、ユウキさま。クロです」
そんな彼女へと、ユウキは怪訝そうな顔で問いかける。
「……本当にクロですか? なにか、雰囲気が変わったような」
疑いの眼差しを向けてくる主に、ヘカテー……クロは気だるげな雰囲気で頷き返した。
「まぁ、種族も大きく変わりましたし……元々のヘカテーの影響も受けていますから。いえ、どちらかというと、ヘカテーがクロの残滓の影響を受けたというべきか。……そういう意味では生まれ変わりに近いかもしれません」
クロの残滓、か。そういえば、シロもそんなようなことを言っていたな。
思い返せば、アポロンとなったシロはかつてよりも理路整然にハキハキと話すようになっていた。
……ランクアップと違い、真眷属体の人格と記憶の継承は、同一存在とまでは言えないのかもしれない。
そんなようなことを考えながら、俺はクロへと問いかけた。
「すまんが、ちょっとカード化をしてみても良いか?」
「ええ、どうぞ……」
クロの了承を得て、彼女を疑似カード化する。
【種族】ヘカテー(クロ)
【戦闘力】1350(400UP!)
【先天技能】
・欠けゆく新月の女神
・三相女神
・凍てつく月の世界
・死者達の王女
・魔女たちの女王
【後天技能】
・気配察知
・群れの主
・武術
・中等忍術
・従順
・神のプライド(LOST!)
・魔力の泉
・詠唱破棄
・追加詠唱
「やはり真眷属体は無し、か」
シロの時もそうだったが、疑似カード化すると真眷属体の表記が消えるようだ。
クロに礼を言い、ユウキの中へと戻ってもらう。
「しかし、ユウキがヘカテーを呼び出せるようになったとなると、イライザをセレーネーのままにしておくのが勿体なくなってくるな」
カードキーのセレーネーを手に入れて、三相女神をユウキに一点集中させ、イライザは別のカードへとランクアップさせるべきだろうか?
しかし、またハーメルンの笛吹き男との戦いの時のように召喚枠の少ない戦場で戦うことを強制された時、イライザとユウキが一枠で出せるのは大きい。
「うーん……保留だな」
イライザのマイナーチェンジ先か、セレーネーのカードを手に入れてから考えるとしよう。
「んで、これからどうする?」
ランクアップやら諸々が一段落ついたところで、蓮華が問いかけてくる。
「これからか……そろそろ同盟を結びに他勢力に行くべきなんだろうが……」
クリアランスレベルCのカードキーが手に入ったことで、俺の中で少々欲が出つつある。
すなわち、カードキーさえあれば、絶対解除持ちのカードが手に入るのでは? と。
カードキーは狙った種族を手にいられるほど都合が良いものではないが、それでも闇雲に宝くじのカードでガチャを引くよりは望みがある。
問題は、今回のように簡単な迷宮でない限り、Cランク迷宮の攻略には、時間がかかることだが……。
「アンナたちに頼むか?」
今、師匠にCランク迷宮の沈静化作業をやってもらっているように、アンナたちにCランク迷宮を攻略して貰えば、俺はその分、他のことが出来るようになるが……。
「さすがに、キツイか?」
すでにアンナたちは、学校の運営でかなりの仕事量がある。
これに、他のエリアへ出向させてCランク迷宮の攻略までさせるのは、さすがに無理がある。
師匠なら比較的手は空いてるが、その分ギャンブル部門が遅れることになる。
これ以上の放置は、学校内の治安とモラルを低下させ、半グレやマフィアを発生させかねない。
Cランク迷宮の攻略によって得られる戦力は、それを補って余りあるメリットがあるが……。
あるいは、いっそ小野に任せてしまうか? ……いや、ダメだ。さすがに、アイツに権限を集中させ過ぎると後々の禍根となる。小野も一度手に入れた利権は、絶対に手放さないだろう。
逆に、小野や一条さんたちにCランク迷宮の攻略を……ってのは、もっと無理だよなぁ。
やはり、俺自身がCランク迷宮を攻略していくのが、一番手っ取り早いか。
他勢力との同盟が後回しになるが……何より優先すべきは、親父との合流だ。
あんまりにも同盟が締結が遅くなると聖女に何を言われるかが怖いが……。
「やるしかない」
俺は、小さく呟き、覚悟を決めた。
聖女に、何か言われたら、対帝国のための戦力を集めていたとでも言い訳することにしよう。
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